第284話「小悪魔劇場の裏側⑤」

 場面は再びトゥリアーノン宮殿の国王シャルルの執務室に戻り、セシロクマから負のエネルギーがこもった禍々しい手紙が届いた数日後。




「さて、何とか『内政が得意な人』以外は準備が出来たから、先にお急ぎ便で送るとして……」


 娘のオーダーを処理した宰相エクトルが安堵と共にそう言った。


「この数日であれだけのものをよく準備したね?」


 それに対して、数日ぶりに顔を合わせた国王シャルルが驚きながら言った。


「ああ、出来る限り手を尽くしたし、それに殿下も動いてくださったからな」


 聞かれはエクセルは疲れた笑みを浮かべてそう答えた。


「そっか、流石は我が息子だ……だけど大丈夫かな」


 だが、シャルルはエクセルの苦労はスルーして息子の心配を始めた。


「確かに心配になるな……殿下のオフィスの横に仮眠室だけでなく、シャワールームまで作って仕事に励まれるとは……これは先日の殿下に関する報告よりかなり酷いぞ」


「ああ、同感だ、特に改築の話を聞いた瞬間耳を疑ったよ、移動時間まで惜しんで仕事がしたいとは……これは流石にワーカホリック過ぎないかな?」


 シャルルが困惑しながら言った。


「全くだ、繁忙期の我々ですら遠く及ばないぞ」


「これは……もしかして頑張り過ぎてメンタルをやってしまったのかな?……仕事をしていないと落ち着かないとか?」


 そしてシャルルの心配は更に深まった。


「あり得る……真面目で頑張り過ぎる人間ほど心を壊しやすいからな……」


 エクセルがそう言ってシャルルの不安を増大させた。


「なあエクセル、予想よりマクシミリアンの労働環境が酷いんだけど……これは色々不味いんじゃないかな?このまま行くと未来の国王が過労死だ……」


 それからシャルルが一見とんでもないが割と可能性が高い結論を導き出した。


 というか、今この瞬間に過労死しても不思議ではないレベルなのだが。


「だから僕は無理にでもマクシミリアンを休ませる必要があると思うのだけど?」


 そして彼は割と順当な対策を提案した。


「ああ、確かに。だが今からいきなり殿下を長期間業務から外すと我々を含めた政府全体が大変なことになるぞ?」


 エクトルは理解を示したが、その弊害について指摘した。


 正直、この二人もシャケに結構依存気味なので、他人事ではないのだ。


「うん、だからマクシミリアンには取り敢えず数日間だけでも王都から離れてのんびりして貰うのはどうかと思うのだけど?」


 それを予想していたシャルルは現実的な落とし所を提案した。


「なるほど……その程度ならば全体への影響も少なく、また全ての騒動が鎮火するまで殿下の命……じゃなかった、体力を持たせることが出来るな」


「そう言うことさ」


「……だったら何かの名目で出張ということでどうだろう?」


 ここでエクトルがシャルルの提案を実現するすべく、そう言った。


「おお!それはいいね!直ぐに手配してくれ!」


 シャルルは大いに喜び、その案で行くことに決めた。


「分かった、これで一安心だな」


「さて、これでマクシミリアンのメンタルに関しては取り敢えずケア出来たとして……」


 と、二人がマクシミリアンへの応急処置が上手く出来たと喜んだのだが、実はそうでも無かったりする。


 そう、二人は分かっていないのだ。


 ブラック企業において事故、ケガ等で仕事を無理矢理休まざるをえない状況になると、その分の仕事は自宅や病院でやらされるか、そうでなければ後日利息がついて本人に降りかかってくると言うことを。


 だが、まるでそのことに気付かないまま、二人はここで話題を変えた。


「問題は今まさにこちらへ連行中のマリー様だな」


 そう、マリーへの対処についてだ。


「お説教の内容は考えているのだけど……正直、マリーについての事前情報がもっと欲しいところだよ」


 そして、彼女への対応を準備しているシャルルが言った。


「ああ、実はそれについて考えがあるのだが?」


 すると、直ぐにエクトルがそう提案した。


「おお、流石我が友インテリイケメン!」


 シャルルが感動して若い頃のように叫んだ。


「その呼び方はやめろ!……コホン、それでだ、マリー様のお付きの連中のことは覚えているか?」


「お付きというと……」


 言われたシャルルがマ☆リ☆ア☆ノを思い出そうと頭を捻っていると、


「女官のアネット=ルフェーブル、メイドのリゼット=ホルスタイン、そして最近増えたノエル=ルーセルという騎士見習いだ」


 代わりにエクトルが答えた。


「うん、それで?」


「マリー様と話をする前に、まず彼女達と話をするべきだろう」


 先を促された彼は言った。


「なるほど、それはいい考えだね」


「ではマリー様一行がここへ到着したら、マリー様が余計なことをする暇がないように、そのまま移動を……あと、わざと遠回りしながらこの執務室へ来て頂き……」


「それで?」


「お付きの三人は横の控室に入れて君が出向き、先に話をすればいい」


「なるほど」


 こうしてマリーを大人しくさせる為の段取りが、また一つ整ったのだった。




 それから約一週間後、夜中のオフィスにて。


 突然のルーアブル軍港への出張が決まったことを聞かされたシャケは……。


「は?はぁあああああ!?この忙しいのに出張だと!?父上達は無休&無給で働いている私に死ねと言うのか!」


 一人虚しく、怒りを露わに叫んだのだった。


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る