第285話「小悪魔劇場の裏側⑥」
シャ畜の実態を知らない国王シャルルと宰相エクトルの二人が善意から、シャケにとって非常にありがた迷惑な出張を決めた翌日。
いつもの部屋で二人が最後の打ち合わせをしていた。
「さあ、いよいよだぞシャルル、準備はいいか?」
クールなイケメン宰相のエクトルにしては珍しく、硬い声で言った。
「うん、出来る限りのことはしたし、あとは神のみぞ知る、だ」
一方シャルルはやれることは全てやったとのだからと、逆に落ち着いてそう返した。
「よし、では最後の確認だ」
「ああ」
そして、作戦の最終確認が始まった。
「まずマリー様を乗せた馬車が王都に入ったら見張りから知らせが届く、そうしたら我々は配置につく」
「うん」
「次に馬車が宮殿に着いたら、玄関で待機している侍従長がマリー様だけを連れて先に移動し、同時に他の侍従がお付きの者達をこの執務室の横にある控室に案内する」
「ふむふむ」
「そして、侍従長がマリー様をわざと遠回りしながらこの部屋へ案内して時間を稼ぎ、その間に我々がお付きの者達から話を聞く」
とエクトルがそこまで説明したところで、
「なあエクトル」
シャルルが話を遮った。
「ん?なんだ?」
怪訝そうな顔でエクセルが言った。
「作戦としては申し分ないのだけど……」
「けど何だ?」
「マリーに付く侍従長は大丈夫かな?」
家臣思いのシャルルは長年王家に仕えてくれた侍従長の身を心配していた。
だが、同じく誰よりも忠実に王家に仕えている宰相エクトルは、国益の為ならたとえ気心の知れた侍従長であろうとも、躊躇なく切り捨てられる男だった。
「……戦いに犠牲は付きものだ、それにきっと彼も主の為なら喜んで犠牲になるさ」
そしてエクトルは遠い目をしながら言った。
「すまんな、侍従長……」
彼の決意を見たシャルルも悲壮な覚悟を決めた。
「さて、話を戻すと注意しなければならないのはお付きの者達から話を聞く際、時間が無いということだ。恐らくお前の息子同様、その甘いイケメンスマイルがあれば大丈夫だと思うが、ダメなら金とスイーツで引っ叩いてでも喋らせろ」
更にエクトルは躊躇なくそう言い切った。
「レディ達相手に身も蓋もないね」
一方、根が優しいシャルルは苦笑している。
「マリー様がそれだけ危険な相手だと言うことだ」
相変わらず幼女相手に酷い言い草である。
まあ、それだけの前科があるのだが……。
「まあ、確かにそうだけど……」
「では躊躇うな」
エクトルが念を押すように、真っ直ぐシャルルの目を見て真剣に言った。
それはまるで、厄介な政敵を抹殺する計画でも進めるかの如くだ。
「……分かった」
シャルルは目を瞑り、静かに頷いた。
まあ、などとシリアスな感じで話してはいるが、要は若い娘達を魅力的な笑顔と甘いお菓子で釣って少しばかり話をするだけなのだが。
「よし、それで話を聞けたらレディ達には引き続きスィーツと紅茶を楽しんで貰い、我々はここへ戻る、そして……」
「そして、いよいよ舞台の幕が上がる訳だね……」
それから間も無くして、塔の上の見張りから王女マリーが王都へ入ったという知らせが届き、彼らは慌しく配置に付いたのだった。
一方その頃、離宮にある会議室では……。
「ハッハッハ、何処へ行こうと言うのかね?」
シャケが偉そうに言った。
すると、
「は?見りゃ分かるだろうが?まだメシが終わってないテメーの代わりにオフィスに戻って仕事だよ、ああん?」
問われたレオノールが半ギレでそう言ってから、会議室を出て行った。
「ですよねー……はぁ」
そう、実はこのシャケ、ランチミーティングなのに忙しくてランチが食べられず、冷めたイカスミパスタと一緒に会議室に一人残されたところなのだ。
「おっと、遊んでいる場合じゃないな、早く食べて父上のところへ決済を貰いに行かないと……」
そして、慌ててパスタを掻き込もうとした、その時。
「ぎゃあ!イカスミソースが跳ねて目に入ったぁ!目が、目があああああ!」
と、急いで食べようとして酷い目に遭ってしまったのだった。
その後、シャケが慌てて顔に付いたイカスミソースを手で拭った際、いい感じにそれが顔全体に広がってしまい、ただでさえ疲れ果てていたシャケの顔が、まるでゲッソリと痩せた重病人のようになってしまったのである。
こうしてある意味、こちらもスタンバイが完了したのだった。
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