第281話「小悪魔劇場の裏側③」

「……ここで話を元へ戻すけど、我々大人が今マクシミリアンにしてやれること、それは……」


「それは現在、最も大きな不安要素であるマリー様を我々が大人しくさせる、ということか」


 宰相エクトルが国王シャルルの代わりに言った。


「その通り、マクシミリアンの為にマリーには悪いけど、暫く大人しくしていてもらいたいんだ」


「その意見には賛同する、だが、問題は……」


「そう、問題はどうやって彼女を大人しくさせるのか、だ……エクトル、どう思う?」


 シャルルが微笑と共にそう問うと、


「無理だ」


 若干ベクトルは違うが、似たような感じのヤバい娘を持つ百戦錬磨の宰相は即答した。


「即答だね」


 苦笑しながらシャルルが言った。


「シャルル、君には妙案が?」


 すると逆にエクトルが聞き返した。


「無い」


 そして、こちらも即答。


「ではどうする?マリー様はウチのセシルと双璧をなす危険な存在で、正直何をやっても無駄な気がするんだが?」


 それから経験者は語る、と言う感じで妙に実感が籠ったセリフをエクトルが言った。


「確かに君の言う通りだ、マリーは手元に置いておけば暴れ出すし、かと言って強引に遠方(ストリア)に送り出したら大爆発してマクシミリアン諸共、我々もこのザマだ」


 シャルルはそれを素直に認め、疲れた笑みを浮かべて花瓶の残骸の方を見ながら呟いた。


「はぁ……でも泣き言ばかりも言っていられない、なんと言っても我々は大人なのだから……さあエクトル、何とか考えてみようじゃないか」


 彼はため息をついてから、気を取り直してそう言った。


「ああ、そうだ、我々大人は辛い現実から逃げることは出来ないからな、それで何からいく?」


 エクトルはそれに同意し、先を促した。


「うん、まずは正攻法を検討してみようか。つまり、話し合いや、お願いでの解決だ」


 シャルルがそう言った瞬間にエクトルは無理だと思ったが、一応検討し始める。


「マリー様相手に正攻法か……うーん、十中八九彼女は気に入らなければ我々を含めた誰のいうことも聞かないぞ、あの方が素直にいうことを聞くのはマクシミリアン殿下だけだ………………そうだ!それなら殿下に頼んで話を……」


 悩んだ末、エクトルは閃いたが……。


「無理だ」


 即、却下さらた。


「理由は?」


 折角のアイデアを即座に否定されたエクトルは不満そうに理由を問うた。


「マリーはたとえマクシミリアンが相手でも、気に入らなけば聞き入れないよ……本当に嫌な時は嘘泣きや情報操作をして、自分にとって都合が良いように誘導してしまうだろうし……あとエクトル、そもそもマクシミリアンになんて言わせる気だい?」


「え?」


 想定外の質問にエクトルは一瞬ポカンとしてしまう。


「マクシミリアンがマリーに跪いて『僕の可愛いマリー、君が暴れると迷惑だから暫く離宮で謹慎していてくれるかい?』とでも言わせる気かな?」


「あ……」


「まあ、今のは流石に冗談だけど……兎も角、彼女に普通にお願いをするのは無理だ」


「……そうだな」


 シャルルの説明にエクトルは納得し、深いため息をついた。


 そんな彼に苦笑しつつ、シャルルは話を進める。


「では次に力で強制するパターンだけど……」


「力で強制?話し合いや、お願いをする以上に無理な気がするぞ、マリー様ならたとえ地下牢に閉じ込められても牢番を部署ごと買収するか、若しくは脅迫するかして出てくるだろうし……それがダメなら躊躇なく手下を使って施設ごと破壊して出てくるだろう」


 ここでエクトルがとんでもない予想をするが、シャルルはあっさり同意する。


「うん、そうなる気しかしない」


「因みにウチのセシルなら、そもそも連行することも不可能だがな」


「ああ、マクシミリアン以外の異性が彼女に触れたりしたら病院送り間違いなしだからね……あ、連行が不可能と言えばウチのマリーもだよ?多分、事前に察知して逃げ出すか、反撃される」


「確かにやりかねないな……仮に、もし強制的にやるなら前回同様、作戦を直前まで伏せておき、メイド隊を奇襲的に突入させるしかない……だが問題はその場でマリー様を拘束出来てもその後が……」


 エクトルが困った、という感じで言った。


「そうやって無理矢理ストリアに送った結果が、今な訳だからね」


 同感だ、とシャルルは頷く。


「あとは……買収?」


「君の娘同様、マリーはマクシミリアン以外に心から欲しいものなど無いよ」


「だよな、では……脅迫?」


「その翌日には我々のあることないことを国中、いや世界中にばら撒かれるよ?」


「ああ、分かってる、一応言ってみただけだ」


 エクトルが肩をすくめた。


「はぁ、やっぱりマリーを何とかするなんて無理なのかなぁ、マクシミリアンが仕事を終えるまでのごく短期間でいいんだけど……マリーを何とか出来ないものかな」


 シャルルが諦めるようにそう言った、その時。


「……ん?短期間?……そうか、短期間でいいんだ!おい、シャルル!」


 何か思いついたらしいエクトルが叫んだ。


「な、何だい!?」


「我々はゴールを見誤っていたようだ!」


「え?どゆこと?」


 訳が分からず、シャルルが聞いた。


「短期間でいいのなら他国へ送ったり、強引に拘束して閉じ込める必要はないんだ!」


「?」


「少しやる気をなくして貰えばいいんだよ!」


 そして、エクトルが結論を口にした。


「え?」


「先日のコモナの件を使ってマリー様にお説教するんだ!」


「ああ!なるほどね、キツめのお説教でマリーを凹ませるんだね?でも、どうやって?今回のコモナに関するマリーの手際は見事なもので、殆どケチのつけようがないよ?」


 シャルルが残念そうに言ったが、


「ああ、そこは少し可哀想だが、汚い大人のやり方で行こう」


 エクトルはニヤリとしながら答えた。


「ああ、重箱の隅を突いたり、でっちあげたりするんだね?はは、最低だ」


 それを聞いたシャルルは苦笑しながら言った。


「そう、最低なやり方だ、あとは……マリー様に倣ってマクシミリアン殿下の名前を借りようか」


「それは確かに効果的だろうね……でも、どんな感じで?」


「実際はマリー様だけの所為ではないが、あたかも殿下が酷い目にあっているのは全てマリー様が原因かのように言う、あと殿下の体調の悪さも盛ろう」


「なるほど、嘘と真実をブレンドすれば真実味がますからね……」


「あとはマリー様がマクシミリアン殿下の名前を出されて動揺したところを、現地を離れたのは無責任だとか、政治は遊びではないとか、大勢の人間が迷惑しているとか、適当にそんなことを言いながら勢いで押し切る」


「それで?」


「そしてマリー様が弱ったところで、彼女に暫く離宮で謹慎するように申し渡す」


 エクトルが作戦の全容を説明すると、


「当然、マリーに話をするのは僕の役目だよね?」


 シャルルは静かにそう聞いた。


「そのつもりだが、嫌なら変わるぞ?その為の宰相だからな」


「いや、やるよ。僕は彼女の親だ」


 それから自重気味に言った。


「そうか」


「それにマリーはまだ幼いから、他の猛獣達と違って更生の余地があるしね、そういう思いもこめて僕の口からお説教するよ」


「分かった、しっかりな」


 エクトルが戦地に旅立つ友を見送るかのような目で言った。


「うん、じゃあこれで決まりだ!僕達は後で地獄に落ちるかもしれないが……マクシミリアンやこの国の将来の為ならば、この身も惜しくはないさ」


「よく言った、友よ。私も同じ気持ちだ!」


「エクトル……」


「では手始めに遺言書の準備とマリー様を確保する部隊の編成だが……」


 と悲壮な覚悟の下で『王女マリーを凹ませろ!大作戦』の準備に取り掛かろうとしたところで……。


「失礼致します、宰相閣下、お嬢様よりお手紙が届いております」


 と侍従が恭しく銀のトレーに一通の手紙を載せてやって来た。


「セシルから手紙?ああ、いつものか……困ったものだ」


「ん?ああ、いつものほしい物リストかい?」


「間違いない、全く……セシルは私をアマ◯ンの定期お得便か何かと勘違いしているらしい」


 手紙を受け取ったエクトルはそう言って肩をすくめたのだった。

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