第280話「小悪魔劇場の裏側②」

「だがこのままでは殿下の御身が持たないぞ」


 深刻な顔でそう告げた宰相エクトルに、国王シャルルは自重気味に笑いながら答える。


「分かってる、だから我々大人が将来ある若者に対して、何をしてやれるかを考えようじゃないか」


「そうだな、少しでもマクシミリアン殿下の助けにならねばな」


 エクトルはそう言って頷いた。


 それを見たシャルルが、資料を片手に説明を始める。


「さて、ではまずマクシミリアンの現状を整理してみよう、対策はそれからだ」


「ああ」


「我が息子はまず、休暇中に猛獣達が起こした暴走を知り、何とかする為に動き出した。それから王都を拠点に情報収集、外交、各方面への物資や人員の配分、調整などをしつつ、バイエルライン、ムラーン=ジュールへ直接出向き、立て続けに事態を収集した」


「うん」


「そして現在は王都へ戻り、再び膨大な仕事をこなしている訳だが過労や睡眠不足、そして心労等で相当疲労が蓄積していると思われる……ただ、ムラーン=ジュールから戻った後にマクシミリアン付きの武官になったレオンハート海軍少将や、先日雇った金融担当メイドのエリザ女史の二人が優秀な為、過労死は免れているようだ」


 因みにエリザはメイドのコスプレをしたシャケの秘書であって、『金融担当メイド』などという謎の役職ではない。


 しかし、彼女の手腕が凄過ぎるのと莫大な成果を上げている為、いつの間にか金融担当の地位に君臨していたりする。


「レオンハート?情報局のレオンハート副長官と関係が?」


 だがシャルルはそれよりもレオンハートという名字の方が気になっていた。


「双子の妹らしいよ?確かシュバリエの任命式の時の資料にそう書いてあった」


「なるほど……それなら優秀なのも分かるが……人格的に大丈夫なのか?」


 エクトルは彼女がレオニーの妹ということを聞いて優秀だという点に納得しつつも、同時に不安も覚えた。


「えーと、報告では幸い姉の方とは違い、今のところはマクシミリアンの虜にはなっていないようだ」


「そうか……良かった、それで、メイドの方は?」


 何が良いのか知らないが、とりあえず納得して話をエリザへと変えた。


「ルビオンからの亡命貴族の娘らしいのだが、非常に優秀だよ」


「ほう」


「元々は秘書のつもりで雇ったらしいのだけと、いつの間にかマクシミリアンの個人資産を元手に莫大な金額を稼ぎだし、今は金融担当メイドとしてこの国に大いに貢献してくれている」


「ん?ああ、そう言えば前にそういう女性を秘書として雇用したいと仰っていたような……まあ、優秀な人材を確保して何とか仕事を回せているのなら、安心とまではいかなくても悪くない状態なのでは?」


 ここまで話を聞いていたエクトルが、不思議そうに言った。


「確かに今は……ね」


 するとシャルルは勿体ぶった言い方でそれに答えた。


「というと問題が?」


「うん、資料によると二人とも近いうちに王都を離れるらしい」


「え?それはまずいな、何とかならないのか?彼女達を引き留めの為に必要なら法外に高い給金でも豪邸でも手配するが」


 ここでエクトルがシンプルな手段を提案したが、


「今僕もそれを考えたのだけど、そうではないらしい」


 シャルルが無理だと応じた。


「?」


「まずレオンハート少将は根っからの船乗りで艦隊勤務を強く望んでいるらしい。しかもマクシミリアンは彼女に何か借りがあって船を与えるという約束をしているようで……海軍大臣とも話をしたらしいよ?」


「むう……あ、そう言えば先日の海軍大臣との会食で、改めてマクシミリアン殿下に畏怖と敬意を抱いたとか、忖度が難しいとか言っていたような……あ!なあシャルル」


「ん?何だい?」


「海軍大臣から内々に打診され、君に図ってほしいと言われていることがあるんだが」


「あの海軍大臣が僕に直接確認したいことか……珍しいね、それで?」


 シャルルが意外そうな顔で先を促した。


「何でも現在建造中の新鋭艦か、ドックで改修中の大型艦の名前を変更してはどうかと」


「船の名前を?何故それを僕に聞く?」


「私も不思議に思ったのだが、それらの船の名を確認したら得心したよ」


「?」


「それぞれ『キングシャルル号』と『グレートランス』号というらしい」


「ああ、なるほどね!僕とこの国の名前が付いた船だからってことか」


「そうだ」


「え?でもそれらを変更したいってよっぽどじゃないのかい?」


「ああ、それも聞けば納得する筈だ、彼はどちらかの船を…………という名前に変えてはどうかと言っているんだ」


「なるほど、忖度が上手い彼らしい理由だね……でもこの提案は僕も良いと思う」


「そうか、実は私もそう思うんだ……で、どちらを変更する?」


「え?あー……どうしようか、あ!そうだ!それなら……」


 ……。


 …………。


 ………………。


「……ま、まあ、いいんじゃないかな?」


 若干顔を引き攣らせたエクトルが言った。


「よし!決まり!今のを海軍大臣に伝えておいてね」


「……分かった、君がいいならそう伝えておくよ」


「うん、よろしく!マクシミリアンは喜んでくれるかな」


 満足げな顔でシャルルがそう言うと、


「親バカめ……」


 ボソリとエクトルが呟いたのだった。


「あ!ごめん、話を戻すね、えーと、次にエリザ女史だけど、実は現在政治的に混乱しているルビオンの反体制派のキーマンなんだそうだよ」


「ほう」


「彼女をルビオン本国へ資金その他の支援物資と共に送り返すことにより、反皇太子派の力が強くなって戦いが激化する、つまり……」


「宿敵ルビオンの国力を戦わずして大きく削ぐことが出来るチャンスという訳か……それなら彼女を本国へ返さない訳にはいかないな」


 エクトルが渋々納得した。


「そうなんだよ、だからその二人に関しては地位や金ではどうしようもないんだ」


 そしてシャルルが残念そうに言った。


「だが、それでは殿下の負担が倍増するぞ、どうする?」


「うん、それなんだけど……多分、あと少し耐えれば何とかなると思うんだ」


「何?」


 シャルルの意外な言葉にエクトルが怪訝そうに言った。


「エクトル、考えてみてくれ、今マクシミリアンが大変な目に遭っている原因は、猛獣達が放火して回ったからだよね?」


 そのセリフでエクトルは彼が何を言いたいのか悟った。


「なるほど、それらの火事は殿下の頑張りで鎮火しかけている、ということは……」


「ああ、バイエルライン方面はセシルちゃんが現地に残ってガッチリ抑えている……というか寧ろ元気に周辺国相手に暴れ回っているし」


「すまん……」


「仕方ないさ、で国内の裏社会の方もレオンハート姉が上手く取り込み、安定している……どころか、絶賛海外進出中らしい」


「ええ……」


「そして、コモナ方面はマリーがストリア帝室を巻き込み、ついでに我々も接待要員として頑張った結果、コモナ公国を滅ぼし、上手く我が国へ取り込むことが出来た」


「ああ、頑張ったからな」


 エクトルが感慨深そうに言った。


「そう、マクシミリアンと僕らという尊い犠牲の上にもたらされた成果だよ……他にはフィリップがアユメリカ植民地増強の為にアレコレやっているようだが、そこは気にしなくていいと思う」


「それはつまり……」


「つまり、結論としてはもうすぐ全ての火消しが終わり、マクシミリアンは仕事から解放されると言うことさ。これらが片付いて落ち着けば、再び息子に休暇を取らせてやれると思う」


「それはいい、あ、それなら提案だが……」


「ん?」


「今回の件が全て片付いたら殿下に褒美を与えたらどうだろうか?」


「褒美か……確かにそれはいいね」


 シャルルは快諾した。


「私としては豊かで広大な領地を与えて力を付けて頂き、休養しつつ国王就任に向けて足場を固めて欲しいと思う」


「うん、それがいい……けど、それはまた後の話だ、まだ全てが完全に片付いた訳ではないし、一つ大きな不安要素がある、それは……」


「マリー様か」


 シャルルの言葉をエクトルが継いだ。


「そう、マリーはセシルちゃんやレオンハート姉とは違って現地に釘付けにはならず、現在フリーの状態なんだ」


「確かにそれは非常にマズイな……」


「彼女はコモナ制圧後、原因は不明だけど何故か突然機嫌を悪くして故郷のブルゴーニュへ戻って不気味な沈黙を保っている……正直、この後何をしでかすか分からない……」


「そうだな」


 エクトルが渋い顔で同意した。


「……ここで話を元へ戻すけど、我々大人が今マクシミリアンにしてやれること、それは……」


「それは唯一の不安定要素であるマリー様を我々が大人しくさせる、ということか」

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