第279話「小悪魔劇場の裏側①」

 この度、セシロクマと小悪魔リーという夢の(完全に悪夢だが)コラボレーションが実現し、遂に世界の終わりが来てしまった……のかもしれない訳だが、折角なので何故そうなってしまったのか、その裏側を見てみよう。




 それはマリー達がブルゴーニュ公爵邸から強制連行される数日前、トゥリアーノン宮殿内のいつもの執務室で始まった。


「やっと終わったなぁ、エクトルー」


「ああシャルル、ようやくな」


 ついさっきまでランスに滞在していたストリア皇室御一行様を正面玄関で丁重に見送り、足取り軽く執務室に帰ってきた国王シャルルと宰相エクトルは、接待をやり遂げたという達成感、そして安堵から自然と笑みが溢れた。


 だが、実はこの二人が安堵したのは接待期間が終わったからではない。


「「これで『悪夢』から解放される!!」」


 次の瞬間、二人が見事にユニゾンしながら叫んだ。


 そう、二人がようやく解放される!と喜んでいるのは、ストリア皇族達をエスコートする大変さから、などではない。

 

 それは文字通り接待が決まった日から毎晩見る『悪夢』のことなのだ。


「これで毎晩夢の中にアメリーが現れて『この浮気者!』と叫びながら僕の首を絞めることはないんだよね!」

 

「私も同じく夢の中にナディアが出てきて『私というものがありながら!』とヒステリックに叫びながら、しばき倒されることはないんだな!」


 二人はマクシミリアンに頼まれて接待を引き受けた瞬間から、ずっと見えない何かに酷い目に遭わされていた。


 まあ、見えないだけでその正体は分かってるのだが……。


 だがそれも接待が終了した今、悪夢やポルターガイストはこれで綺麗サッパリ終わる筈だった。


 そして、


「いやー、これで妻達を怒らせずに済むね」


「ああ、その通りだ」


 そう思い込んだ二人が言い終わった瞬間。


 パリン!と派手な音を立てて、最近新調したばかりの花瓶が砕け散った。


「「……」」


 しばし沈黙した後、二人は身の危険を感じつつ、


「と、取り敢えずそれは置いておいて……」


「そ、そうだな……」


 強引に話題を変えることにした。


「え、えーと……そうだ!エクトル、あの件に関する報告が届いたよ!」


「そ、そうか、それは早く確認しないと!」


 そして二人は強引に話題を変えると、『あの件』に関する報告書を確認し始めた。


 因みにこの時、今度はシャンデリアの一つが砕け散ったが、二人は見なかったことにした。


 別に二人にやましいことなど一つもないのだが、どうらや見えない何かの嫉妬心は相当なものらしく、当分は収まらないらしい。




 それから約一時間後。


「……うん、そんな気がしていたけど、やはりそうだったか」


「同感だ、私も何となくおかしいと思っていたんだ」


 報告書を読み終えた二人の口から同じような感想が出た。


 因みにその報告書の内容は……。


「やはり……マクシミリアンは無実だった」


「ああ、あの聡明な殿下が独断で同時多発的に、しかもあれほど強引に物事を運ぶのは不自然だからな」


 そう、今回の一連の騒動の原因についてのものだった。


 実は二人がマクシミリアンのテレビショッピング:Reを見た時、その場では彼のトークによって、その素晴らしく充実した内容と莫大な国益を確保できるという謳い文句に流されて『欲しい!今すぐ電話しなきゃ!』となってしまい、細かい点をあまり気にしなかったのだ。


 だが、やはり少し時間が経ってから冷静に考えると、今回の商品……ではなく、今回の騒動のどれもがかなり強引なやり口であり、それに二人が違和感を覚え、密かに調査をさせていたのだ。


 やはり、その辺りは二人が猛獣達の被害者という立場な為、本能的に何か感じるものがあったのかもしれない。


 閑話休題。


「思った通り、全ては連中の独断での暴走だった。そして事態を知ったマクシミリアンはそれらを放っておけば大変なことになってしまうと危惧し、同時に首謀者である彼女達が罰せられてしまうと考えた。当然、それを見たくなかった優しいマクシミリアンは彼女らを守ってやる為、自らが全ての首謀者だと名乗って代わりに動き、それぞれの暴走をうまく利用して莫大な国益を確保した、というのが全容だね」


 と、報告書を見ながらシャルルが言った。


 するとエクトルが若干興奮しながら、


「正直、殿下は連中に甘過ぎると思うが……これだけの利益を出しつつ、同時に身内の罪をカバーしながら事後処理まで完璧に対処されるとは……殿下の手腕は凄いの一言に尽きる!」


 と、感嘆の声を上げた。


「やはり次期国王は彼しかいない」


 それから自信を持ってそう付け加えた。


「全くその通り、僕も同じだ」


 シャルルも当然だとばかりにそう言って、頷いた。


「少し驚いたのは、あのフィリップ殿下がその当たりのことをよく理解されており、実はマクシミリアン殿下の為に動いておられるようだ、ということだな」


 ここでエクトルが意外そうな顔で言った。


「うん、アレは今、積極的にマクシミリアンを王にする為に動いていると見て間違いないよ。そしてそのフィリップを変えたのは他ならぬマクシミリアンで、どうやら前回の婚約破棄騒動後に話をした時に改心させたようだよ?」


「それならフィリップ殿下に関してはこのまま自由に動いて頂くとしようか?」


「ああ、それでいいだろう……というか、我々では他の連中だけでも手に余るしね」


 シャルルが苦笑しながら答えた。


「そう考えると、そんな危険な連中を上手に利用してしまうマクシミリアンは殿下は本当に素晴らしいな……だが、いささか……」


 ここまでシャケを褒めちぎっていたエクトルが顔を曇らせた。


 そして、同じく顔を曇らせたシャルルが言った。


「分かってるよ、エクトル。マクシミリアンはどう見ても働き過ぎだ。バイエルライン、ムラーン=ジュールと立て続けに現地へ入って指揮を取り、王都にいる時も外交、各方面への物資や人員の配分、様々な調整など膨大な仕事をこなしている。まさに獅子奮迅だ」


 エクトルがその通りだ、と頷く。


「だが、その所為で休日どころか睡眠時間まで削っているようだ……一体何が息子をそこまでさせるのだろうか?」


 ここでシャルルが難しい顔で呟くと、


「それは勿論、王族としての矜持だろう。あの方は口では自由を求めて廃嫡を!などと仰っておられるが、その実、心の奥底では王族として絶対に民を見捨てられないのだろうな」


 するとエクトルがすんなりとそれに答えてみせる。


「なるほど、確かに」


 それを聞いたシャルルは納得した。


「ああ、だがこのままでは殿下の御身が持たないぞ」


 今度はエクトルが、深刻そうな顔で告げた。


 するとシャルルは自重気味に笑いながら、


「分かってる、だから我々大人が将来ある若者に対して、何をしてやれるかを考えようじゃないか」


 と答えたのだった。

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