第274話「小悪魔の背伸び④小悪魔一味、連行される」

 現在、マリー他三名の乗せた馬車は近衛騎兵に厳重な警護(と言う名の監視)をされながら、王都への道を走っていた。


 そして、馬車の中では折角機嫌が治ったのに再びブスッとしているマリーと愉快な仲間達が、特にすることもないので自然と今後の展望について話していた。




「まさかお義父様がここまで強引にやるとは……これは今回、ちょっとだけやり過ぎてしまったのかもしれませんね」


 マリーがあざとく頬杖をつきながら、少し考えるような顔で言った。


「「「ちょっと?」」」


 すると、コモナ騒動の前から彼女と行動を共にしてきたリゼット、アネット、ノエルが見事なユニゾンをキメながら、すかさずツッコミを入れた。


「……何ですか?この私に文句でも?」


「「「いいえ……」」」


 だが、マリーのひと睨みで三人は即座に黙らされてしまった。


「でも……どの部分がライン超えだったのでしょうかねー、うーん、分からないです……確かに目的は私利私欲から来たものですが、バッチリ結果を出して十分過ぎるぐらいに国益は確保してますし、大義名分だってちゃんと作りました。多少の犠牲は出ましたが、コモナの王族以外はみんなハッピーだから大丈夫ですし……と考えるとやはり分かりません。」


 そして、本当によく分からないと、ここで可愛く小首を傾げた。


「「「えー……」」」


「強いていうならお義兄様のお名前を無断で使ってしまったことでしょうけど……お義兄様はお優しいから絶対に怒ったりしませんから違いますよね!(確信)……ということで私の行動は全く問題なかったのです!……みんな、そう思いませんか?」


 そこまで一気に捲し立てると、マリーは三人にそう問うてきた。


 一見、結果を出しているのだから文句はないだろう?と優秀なトップセールスマンが社内で増長して好き放題しているような感じに聞こえるが、マリーの場合は実はベクトルが違っている。


 彼女はすこぶる頭が良く、また普段の言動が大人びている為に忘れられがちなのだが、まだまだ無邪気で純粋な子供の部分がある。


 そう、マリーは自分がやったことに対して全く良心の呵責を感じていないのだ。


 それを側から見るとまさに……。


「「「……(サイコパスだ……)」」」


 三人は目の前にいる善悪の基準が非常に曖昧な権力者の姿に戦慄した。


 だが、一応王女殿下に下問されているので黙っている訳にもいかず、頼れるお姉ちゃんことアネットが口を開いた。


「全部じゃない?」


 そして、あっさり言いきった。


「アネット様ぁ!?(死にたいのですかぁ!?)」


「アネットお姉ちゃん!?(早まっちゃダメー!)」


 彼女があまりにズバッと言ってしまったので、リゼ・ノエが大いに慌てたが、当のアネットは涼しい顔だ。


「誰かが言ってあげなきゃずっと間違ったままでしょ?折角の機会だし、マリーにはもっと常識を知って貰いたいの」


「た、確かにそうですがぁ〜」


「今はまずいんじゃ……?」


 そう言って二人が恐る恐るマリーを見ると、


「ふぇ!」


「ひぅ!」


 そこには悪魔がいた。


 そう、これはもう小悪魔なんて可愛いものではない。


 禍々しいドス黒いオーラが溢れ出す、やばい物体。


 ダークプリンセス『大悪魔リー』。


「ほう?私に常識を教えると?アネット、貴方偉くなったものですね?」


 大悪魔リーは低く怒気を孕んだ声で言った。


「まあ、女官だし?お小言を言うのも仕事の内でしょ?」


 だが、アネットはそれに肩をすくめてながら平然と答える。


 そして、次にどんなヤバいセリフが飛び出すのかとリゼ・ノエは顔面蒼白だったのだが、


「ふん、面白い、では言ってみなさい!その代わり私が納得出来なければ罰ゲームですからね!」


 マリーの口から出てきたのは『罰ゲーム』という意外と可愛らしい単語。


 てっきり彼女が死刑とか、極刑とか、処刑とか言い出すと思っていた二人は胸を撫で下ろした。


 どうやら王女の皮を被った悪魔も、数少ない友人には甘いらしい。


「いいわよ?で、罰ゲームって?」


「抱き枕の刑を一ヶ月です、そのエロい身体を存分に堪能します」


 マリーはそう言って手をワキワキさせた。


「エロい身体って……だったらリゼットのがいいんじゃない?」


 それに対してアネットは至極当然の疑問をぶつける。


「あれは大き過ぎして不自然だから嫌です」


「ふぇ〜酷いのですぅ〜、流れ弾でディスられたのですぅ〜!!」


 流れ弾が直撃したリゼットは、これは天然で全然自然なのですぅ!とか意味不明に憤慨しながら喚いている。


「そうなの?じゃあノエルは?」


 アネットは乳牛の嘆きをスルーして次に行った。


「スレンダー美少女をもて遊ぶのも悪くはないのですが、今のノエルを抱きしめると屈辱的な気分になるので嫌です」


 マリーはそう言ってプイッと横を向き、


「……なんかボク複雑だよ」


 ノエルが何とも言えない顔でそう呟いた。


「……分かった、まあいいわ」


 そして、アネットは微妙な顔で無理矢理納得した。


「で、もし私が納得出来たら……何か希望はありますか?」


 今度はマリーが少し挑発するように言ったが、最近姉というよりママ味が強くなっている気がするアネットは怒ったりせず、頬に手を当てて何がいいかを考え始めた。


 しかし、王女の女官という、割と高級取りの今の彼女に特別欲しいものなど無かったが、ふと何か思いついた。


「うーん、特に無いかなー……あ、そうだ!」


 そして、彼女の口から出てきたのは、


「有給取らせて?」


 まさかのそれ。


「え?……有給?」


 マリーはアネットの言葉の意味が分からず、キョトンとしてそのまま聞き返してしまった。


「うん、だってよく考えたら私、女官になってからずっと無休だったし……だから下町や孤児院に全然顔出せてないのよねー、あ!ついでにリゼットとノエルの分もお願い」


 するとアネットは説明ついでに他の二人の分もねじ込んだ。


「アネット様〜」


「アネットお姉ちゃん〜」


 おこぼれに預かった二人はアネットをまるで女神のように崇め奉った。


 それも当然だろう、何せ二人は休みがないばかりか、アネット以上に大変な内容で長時間働き、更に命の危機があるにも関わらず給金は驚きのロープライスなのだから。


「……そんなの普通に言ってくれれば取らせてあげますよ?これでは私、王女というよりブラック企業の社長みたいじゃないですか」


 一方、マリーは怪訝な顔でそのやりとりを見てから、不満そうに言った。


 まあ、世の中を知らない王女様から見たらそうなるのは当たり前である。


 それに対してアネットが呆れたように答えた。


「いや、同じようなもんでしょ?それに普通は王女様に向かって、休みを下さい!、なんて言えないわよ、ねえ?」


「なのですぅ〜」


 リゼット、激しく同意。


「むぅ……あ、貴方達……ノ、ノエルは!?」


 アネ・リゼの反応を見てマリーは狼狽し、今度は可愛い妹分(物理的には姉貴分)に救いを求めるように言った。


「……ごめんなさい、ボクもちょっと疲れたかも……」


 しかし、返ってきたのは無慈悲な答えだった。


「うぐっ……こ、心に重いものが……」


 これが珍しく小悪魔のメンタルにダメージが通った瞬間だった。


 こうして、アネットのお小言が始まる前にマリーは手負いの状態になってしまい、それに続く本丸、今回の騒動の何が悪かったのか、というアネットの懇切丁寧な説明を聞き終わった頃には弱りきっていた。


「……分かった?結果が出ていれば何をしてもいい訳じゃないし、例え幸せになる人の方が多くても貴方の命令一つで大勢の人生が左右されるんだから、今後はちゃんとそこを考えてから動いてね?あと振り回される私達だって大変だし。いい?出来ないなら明日からブラック王女って呼ぶからね?」


 そして、アネットが容赦なくトドメを刺しにいく。


「も、もうやめて……私のライフはゼロですから……ガク」


 ここでマリーのメンタルは限界を超え、彼女は人生で初めて敵に屈服したのだった。


 と、こうしてマリーは人生経験豊富なアネットにメンタル的にフルボッコにされて敗北し、大いに凹んだ。


「何勘違いしてるの!?アタシのターンはまだ終わってないのよ!ドロー!モン……」


「アネット様、色々もう辞めてー!殿下のライフは……」


 それから間も無くして馬車は久しぶりのトゥリアーノン宮殿の城門を潜ったのだった。




 王宮に到着したマリー達は休む間も無く国王の執務室へと連行され、そこには明らかにお説教モードでスタンバイした国王と宰相が待っていた。


 それに対してマリーは当初、諸々の失敗と敗北で非常に機嫌が悪かったので、ツンとした態度で義父のシャルルの前でそっぽを向いた。


 それを見たシャルルは爽やかイケメンフェイスに苦笑を浮かべた後、


「やあ、マリー。久しぶりだね?」


「……」


 そう言ったが、スルーされた。


 だが、構わず話を続ける。


「気分はどう?」


「最悪です」


 今度即答。


「はは、そうだろうね、強引に連れ戻したのは謝るよ、さて、では早速本題に入るけど……僕の可愛いマリー、今回はちょっと『おいた』が過ぎたんじゃないかな?」


「バーカバーカ」


 マリーはすっかり拗ねてしまってマトモに答えようとしない。


 だが、そんな彼女にシャルルは最も効果的な単語を用いながら、諭すように言った。


「はぁ……ねえマリー、あまり『お兄ちゃん』に迷惑を掛けちゃダメだよ?」


「ふぁ!?」

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