第270話「その後⑦金獅子も歓喜し、白黒牛は絶望する2」
「ひいいいいいぃ〜!も、もうダメなのですぅ〜」
壁際に追い詰められた上、目の前で暗部最強のレオニーが今まさに奥義を放とうとしている状況で、リゼットは差し迫った明確な死を感じながら悲壮な叫び声を上げた。
すると、その時。
「あ、あのーレオニー様、お取り込み中失礼致します」
ムラーン=ジュール支部所属の年配の局員が、恐る恐る事務室に入ってきた。
「くらえ、奥義……何?今忙しいのだけど?」
いいところ?で邪魔をされたレオニーは、棘のある声で返事をした。
「も、申し訳ございません!あ、あの、えーと、大変遅くなりましたが、改めてレオニー様宛の荷物を持って参りました」
するとその局員はレオニーの不機嫌さに怯えながら、そう説明した。
つまり、再配達である。
「私宛の荷物?」
「はい、実は以前お渡ししようとした時はその……色々とタイミングが悪くてお渡しできなかったのです」
局員は言いにくそうに答えた。
確かにいくら事実でも、お前がグレていて渡せなかったんだ、面倒掛けやがって!とは流石に言えない。
「ああ、そう言えばグレる直前にここで話しかけられたような……あ!いや、何でもないわ!と、取り敢えず今は忙しいからその辺にでも置いて……」
するとレオニーもそれを察し、慌ててそう答えたが……。
「差出人はマクシミリアン殿下ですが宜しいので……す?うわぁ!荷物が無い!?」
「よこせ!」
次の瞬間、局員の手から荷物が消え、代わりにそれをレオニーが愛おしそうに抱えて立っていた。
一応説明すると、レオニーはシャケの名前が出たその瞬間からコンマ一秒の間に荷物を奪い取り、元の場所に戻ったのだ。
この女、どこかのシロクマ並みに、すでに人間では無い。
まあ、お腹を空かせた肉食獣が目の前に肉をチラつかされたら我慢出来るわけがないのだから、仕方ないと言えば仕方ないとは思うが。
まあ兎に角、レオニーは光の速さで局員が持っていた三十センチ代の木箱を奪い取っていた。
「ふぇ〜助かったのですぅ〜、ナイス殿下!」
それを見たリゼットは背中を壁につけたままズズズっと下がって尻餅を付き、珍しく涙ながらにシャケに感謝した。
「ハァハァ……殿下の……プレゼント……せいっ!」
「「え?」」
それから色々と我慢できなくなったレオニーが釘まで使って厳重に梱包された木箱を素手で開封し、局員とリゼットをドン引きさせた。
その後、中から出てきたのは緩衝材に包まれた三つの包み。
「ん?これは……包みが三つある?」
そして、それらの包みにはそれぞれ手紙が付いており、それぞれマリー、アネット、レオニーへ、となっていた。
どうやら担当者が手違いで全部まとめてレオニーのところへ送ってしまったらしい。
「私だけではないのか……ぐぬぬ」
一瞬他の女の名前を見てイラッとしてしまったレオニーだが、気を取り直して自分宛の包を取り出した。
そして、彼女はまず、ドキドキしながら自分宛の手紙を開けた。
するとそこには……。
『親愛なる(ビジネスパートナーの)レオニーへ、バイエルラインより(隣人)愛を込めて。M』
とてもシャケらしい、まるで誤解を招きたいとしか思えないようなメッセージが書かれていた。
「ふぉ!?」
レオニーは歓喜し、
「あちゃ〜、殿下ぁ〜」
いつの間にか立ち直っていたリゼットが天を仰いだ。
それからルンルン♪気分の金獅子が包みの方も開封すると高そうな木箱が入っていた。
更にそれをあけると……。
「え?」
中には巨大なサファイアと貴金属を惜しみなく使ったネックレスが入っていた。
「……綺麗」
それを見たレオニーは純粋に驚き、素直な感想を漏らした。
「ふぇ〜お高そうなのですぅ〜」
隣でリゼットが情緒もへったくれもない感想を言うと、更に横から局員の声がした。
「あ、あの、レオニー様、宜しければそれをよく見せていただけませんか?」
「嫌!」
八頭身のキレイ系美人(二十代)はまるで十代の乙女のようにそう言うと、髪留めを両手で抱きしめて反対を向いた。
「レオニー様ぁ〜年を考えましょ……ぎゃあ!」
リゼットはそんな痛い上司に対して、迂闊にも反射的にツッコミを入れてしまい、足を踏み潰された。
「コホン、それで何故これを見たいのかしら?」
「え、あ、はい……実は私、以前宝石商に化けてバイエルライン王城に潜入する任務に着いたことがあり、その際にかなり勉強をしてプロ級の鑑定スキルを身に付けたのですが……このネックレス、何処かで見覚えがあるよう気がするのですが、はて……?」
「そうなの、見るだけよ?」
レオニーはネックレスを載せた手をゆっくりと局員の目の前に差し出した。
「はい、勿論。どれどれ……っ!」
そして局員が顔を近づけて、様々な角度からネックレスの詳細を確認した、その瞬間。
「え?ええ!?まさか!この輝き、大きさ、透明度、精巧な細工、そしてこの存在感……うん、やっぱり本物だ!」
彼は驚愕と興奮が入り混じったような声で叫んだ。
一方、シャケからのプレゼントということで死ぬほど喜んでいるレオニーだが、今まで宝石などまるで興味が無く、分からない為、首を傾げた。
「どう言うことなの?」
すると局員が興奮気味に叫んだ。
「レオニー様!こ、こここれ……バイエルラインの秘宝『七人の乙女』ですよ!」
「「??」」
再び復活したリゼットと一緒にレオニーはクエスチョンマークを浮かべた。
そして、そんな彼女らに局員は説明を始めた。
「古の昔、バイエルライン王国の絶頂期を築いた当時の王が、七人の妻達の為に莫大な金額を使って作らせたという伝説級の逸品で、世界中から最高の宝石を取り寄せて作られた七種類のアクセサリーのことですよ!」
「でもお高いんでしょうぉ〜?」
リゼットがテレビ通販のアシスタントのようにわざとらしくそう聞いた。
すると局員は少し考えた後、しれっと答えた。
「お値段据え置きで……じゃなかった、多分これ一つで城が……城下町ごと買えますよ?」
「「!?」」
「しかし何故これをマクシミリアン殿下がお持ちに……確か噂ではバイエルライン滅亡の際に王族が持ち出し、途中で紛失してしまったらしいのですが……」
と、今度はそう言って不思議そうな顔をしている局員にレオニーは自信を持って答えた。
「いいえ、殿下のご慧眼を思えば偶然何処かでこれを見つけてその価値を見抜き、購入されたとしても何も不思議はありませんよ」
「確かにそうですね……レオニー様、今回殿下から贈られたそのアクセサリーは本当に貴重なものでございます。ですから、それだけ貴方様は殿下に大切に想われているですね……さて、私はこれで失礼します」
「っ!?」
そう言ってから一礼すると局員は退室したが、最早その姿はレオニーの瞳には映っていなかった。
何故なら彼女は既に自分の世界に浸りながら、だらしのない顔でシャケへの感謝と愛をブツブツ言い続けているのだから。
「ぐへへ〜ああ、殿下!こんなにも私のことを想って下さっていたのですね!えへへ〜ああ!幸せ過ぎて死んでしまいそう!」
そんなダメダメな上司の姿を目の当たりにしたリゼットは全てが馬鹿馬鹿しくなり、いっそこのまま本当に死んでくれないかと一瞬だけ頭によぎった。
だが、死にたくなったのは彼女の方だった。
それはレオニーのあるセリフの所為である。
「ぬふふ〜殿下、愛しています〜!たとえ離れ離れになってもこれが有れば頑張れます!ああ、でも殿下はいじるワルです!もっと早くこの手紙と贈りものが届けば、私はアウトローの真似事などせず、すぐに貴方様の胸に飛び込めたものを……」
それを聞いたリゼットは、
「……(はぁ〜超ウザいのですぅ〜、て言うかぁ〜受け取り拒否をしたのは自分でしょうにぃ〜!はぁ、プレゼントが届いた時にちゃんと受け取っていたらそこで立ち直れたものをぉ〜………………ん?あれぇ?立ち直れたぁ〜?あれぇ?あれれぇ〜?)」
とか思っていたのだが、ここである重大な事実に気づた。
「……(も、もしかして……その時点で殿下のプレゼントを受け取っていたら全て丸く収まっていた?そ、それはつまり……殿下はこの事態を回避する為の手を打っていたのに、このバカ女がよく考えもせずに受け取りを拒否した所為で、お忙しい殿下がわざわざこの街へ出向くことになり、そしてそして!私がそれに同行して酷い目に遭ったということ!?くっ……なんと、なんという理不尽!更に!それに加えて私はこれからマリー様に今回の失態を報告しなければならないのに!!)」
そして、あまりのショックと怒りの所為で、心の中とは言え裏モードになって喚き散らした。
だが虚しくなって直ぐに元に戻り、
「ああ、ワタシぃ〜……なんか色々と立ち直れ無くなりそうなのですぅ〜」
そう言って膝から崩れ落ちてしまった。
「どうしたのリゼット?元気がないわよ?」
そんなリゼットに脳内お花畑のハッピー雌ライオンが幸せそうな笑顔で言った。
「ふぇ?ああ、誰かさんの所為でぇ……もう立ち直れないのですぅ」
リゼットは女の子座りのまま、不貞腐れたまま答えた。
「あら、それは可哀想に」
相変わらず幸せで頭がいっぱいな残念ライオンは、無邪気にとても心配そうに言った。
「そう思うならワタシを助けて下さいよぉ〜」
リゼットは投げやりにそう吐き捨てた。
「分かった、仕方ないわね」
すると何ということでしょう、超絶ご機嫌なレオニーは慈母のような笑みを浮かべながら答えた。
「はいは〜いぃ、気休めはいらないのですぅ〜」
リゼットは何も期待せず、そう言ったのだが……。
「リゼット、貴方はこの街に残らなくてもいいからマリー様の元へ行きなさい」
「……ふぇ?」
「そして、私の世話をさせていた殿下似の少年達をあげるから手土産にしなさい。それでマリー様のご機嫌も多少は良くなる筈。それと同時にアネット嬢に助けを求めなさい」
「は、はいぃ〜」
「それからこちらへ間違って届いてしまったマリー様宛の殿下のプレゼントを貴方が届ければ何とかなるでしょう……あとは言い訳せずに素直に謝りなさい。言い訳は絶対にダメ、あのお方は地獄耳で遠方の出来事も知っている可能性があるから……」
「……」
「まあ、これで肉牛として出荷されることは回避できるでしょう。頑張りなさい」
意外にもレオニーは的確なアドバイスでリゼットを助けてくれたのだった。
「ふぇ?あ、はい、なのですぅ〜……」
リゼットは意外過ぎる上司の助言にポカンとしてしまったが、次第にそれが理解出来てくるとジワリと目に涙を浮かべた。
そして、
「レオニー様ぁ〜ありがとうございますぅ〜」
何故か厄災をもたらした張本人にお礼を言った。
するとレオニーは柔和な笑みを浮かべながらリゼットに近づき、優しく肩に手を掛けて告げた。
「どう致してまして……さあリゼット、働きましょう、殿下が王都へお帰りになる、その日まで」
「………………ふぇ?」
数日後、出発直前までレオニーに容赦なく酷使されたリゼットは従姉妹や黒獅子と一緒に爆睡しながら王都へ帰還した後、現在マリーとアネットが滞在しているブルゴーニュ公爵領へと急いで向かった。
それから数週間ぶりにマリーと対面したリゼットは部屋に入るなり、いきなり土下座をキメると開口一番大声で叫んだ。
「この駄牛が無能なばっかりにぃ〜……何の成果もありませんでしたぁ!」
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