第269話「その後⑥金獅子も歓喜し、白黒牛は絶望する1」
その三、金獅子と駄牛一号。
この日、レオニーとリゼットの二人は情報局ムラーン=ジュール支部の事務室で、レオニー個人の持ち物である反社組織を情報局の管轄へ移行する為の作業を行っていた。
特にレオニーは一日でも、いや一分一秒でも早く引き継ぎ作業を終わらせて王都へ戻り、再びシャケの元で働く為、猛烈な勢いで書類の山を片付けていた。
と言っても金獅子組が巨大過ぎる所為で、優秀な彼女がどれだけ頑張っても引き継ぎに一月以上は確実にかかる見込みだ。
だがらこそ彼女は休憩どころか睡眠すら取らずに愛するシャケの事だけを考えながら、ひたすら働き続けている。
恐ろしいのは双子の妹同様に、肉体的にも精神的にも超人レベルの彼女は平然とそれをやっていることだ。
勿論、それに付き合わされる他人からすれば冗談ではない。
そう、例えばこの牛。
ちょうど一日中あちこちへ遣いっ走りをさせられていたリゼットが、憔悴しきった顔で帰ってきた。
「ハァハァ……レオニー様ぁ〜ただいま戻ったのですぅ〜」
そう言ってそのままソファに倒れ込もうとした彼女に向かって、レオニーは書類から顔を上げることすらしないまま平然と次の指示を出そうとした。
「ああリゼット、戻ったの?では次は三丁目の武器商人のところへ……」
「ふぇ〜レオニー様ぁ〜、ワタシはコンビニではないのでぇ〜流石にもう無理のですよぉ〜……ゼェゼェ」
文字通り本当に24時間休み無く働らかされていたリゼットは、それを聞いた瞬間ギブアップを宣言した。
「全く、情けない。その胸といい、体力の無さといい、本当にだらしがないわね」
するとレオニーは漸く書類から顔を上げ、やれやれという感じでそう言った。
「ちょっとぉ〜!?いや、それはレオニー様が異常なだけなのですよぉ!ワタシは今日だけで十件以上『お遣い』をこなしているのですよぉ〜?」
すると、理不尽にそう言われたリゼットは白い粉の入ったアタッシュケースと血のついた金貨の麻袋をブンブン振って可愛く?抗議した。
因みにリゼットがさせられている『お遣い』とは、勿論スーパーに食材を買いに行く訳ではない。
その内容は多種多様で、書類、現金、白い粉、武器・弾薬の他、たまにいる反抗的な輩には死をデリバリーもする。
反対に運んでいる最中に襲撃されたりもするので、非常に刺激的なお遣いである。
そんなことを二十四時間ぶっ続けでやれば普通は倒れる……と言うか、とっくにあの世行きなので、文句を言いつつも生きているこの牛が優秀なのは間違いない。
閑話休題。
「だから何?私はこのリ◯インさえ飲めば、24時間戦えますが?」
だがレオニーはまるで分からないという顔をしながらそう言った。
「ふぇ〜そんなのレオニー様だけなのですぅ〜!あと、何だかそのフレーズに時代を感じるのですぅ〜……ぐぇ!?」
余計なツッコミを入れたリゼットは酒場に続いて二度目の理不尽なゲンコツ(三連発)を貰った。
「黙りなさい!次に昭和臭がするなんて言ったら出荷するわよ!?」
「ふぇ〜理不尽なのですぅ〜……はぁ、ワタシはお優しい殿下の方について行きたかったのですぅ〜」
折角治ったのに再び三段重ねのタンコブが出来てしまったリゼットは、頭を押さえながらぼやいた。
「殿下が世界一魅力的なのはわかるけど、貴方は引き継ぎが終わるまで私とこの街に留まるの、諦めなさい」
「はぁ、早く王都へ帰りたいのですぅ〜」
リゼットはレオニーの無慈悲な言葉にガックリと肩を落とした。
「まったく……そもそも貴方はマリー様付きのメイドでしょう?少しでも早くマリー様の元へ戻れるようにここでの仕事に励みなさい」
「うぅ〜そんなぁ〜……えぇ?マリー様ぁ〜?……ふぇ!」
ぼやいていた牛だったが、マリーの名前が出た瞬間にある事実を思い出して今度は慌て始めた。
「どうしたの?」
レオニーは怪訝そうな顔でそう聞いた。
「や、やっぱり帰りたくないかもなのですぅ〜」
するとリゼットが斜め下を見ながら言った。
「え?何故?」
「いやぁ、ふと思ったのですがぁ〜、ワタシってぇ〜……殿下をお守り出来てなかったような気がぁ〜……」
「確かに目立った活躍がなかった上、殿下をパスタ塗れにしただけの役立たずだったわね」
レオニーは容赦なくそう答えた。
「うぐぅ!そうハッキリいうわれると凹むのですぅ〜」
リゼットは涙目になった。
「でも事実だから仕方ないでしょう?」
「うぅ〜このままでは殿下にご飯を奢らせてぇ〜、一緒に観光しただけの駄牛なのですぅ〜……や、ヤバイのですぅ〜」
そして頭を抱えた。
「自業自得でしょう」
「ふぇ〜このまま帰ったらマリー様に出荷されてしまうのですぅ〜」
「そう、だったらその日まではしっかり働いてね」
が、あくまでレオニーは冷たい。
「そんなぁ〜、助けて下さいよレオニー様ぁ〜」
「自分で何とかしなさい、私は忙しいの」
そう、彼女はシャケの元へ帰る為に忙しいから。
「ちょっとそれは酷いのではぁ!?元はと言えばレオニーがグレたりするからぁ〜」
という上司の態度を見たリゼットは流石にイラッとして食ってかかった。
「ぐっ……え、えーと、私は洗脳されていただけだから……」
すると、今度はレオニーが視線を逸らし、言い訳がましくそう言った。
「なぁ!?卑怯なのですぅ!ずるいのですぅ!」
リゼットは怒り、
「半分事故とはいえぇ、どさくさに紛れて殿下とチューまでしたのにぃ〜!」
更に怒りに任せて爆弾を投下した。
「なっ!?見ていたの!?」
レオニーが珍しくリゼット相手に驚愕の表情を浮かべた。
「実は途中から意識が戻ってぇ〜、倒れたままレオニー様と殿下のラブコメをバッチリ見てたのですぅ!」
そして、ドヤ顔でリゼットが言った。
「くっ!一生の不覚……」
反対にレオニーはショックで膝をつき、悔しそうにうめいた。
「あぁ、そうだぁ!このことをセシル様やマリー様にバラされたくなかったらぁ〜……分かりますよねぇ〜?レオニー様ぁ〜?」
完全に形勢が逆転し、リゼットはニヤニヤしながら脅迫を始めた。
すると、レオニーは屈辱で肩を震わせた後、俯きながら言った。
「ぐぬぬぬぬぬ、おのれぇ………………分かった、ええ、よく分かったわ」
「そぉ〜ですかぁ〜、分かってもらえたようで良かったので……」
リゼットが強気のまま続けてそう言おうとした、その時。
「バラされる前に……今ここでお前をバラせば万事解決することがなぁ!」
レオニーの目が赤く光り、獰猛な眼差しをリゼットに向けて言い放った。
「……ふぇ?冗談ですよねぇ〜?」
それを見たリゼットは恐怖で顔を引き攣らせた。
「安心しなさい、ちょっと首を刎ねるだけだから」
リゼットの問いに対してレオニーはスラリとタガーを抜きながら、恐ろしい笑顔で答えた。
「それ全然ちょっとじゃないですしぃ〜!全然笑えなのですぅ〜!」
本能的に生命の危機が迫っていることを感じたリゼットは思わず後ずさったが、数歩下がったところで背中が壁に当たった。
「さあ、覚悟なさい!奥義『裏桜花……』」
それを見たレオニーは躊躇なく奥義を放とうする。
「ひいいいいいぃ〜!も、もうダメなのですぅ〜」
そして、リゼットが本気で死を覚悟した、その時……。
更に続く。
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