第266話「その後③久しぶりのシャケ(王子バージョン)」

「は?君は何を言って……」


 困惑する大臣の問いには答えず、私はおもむろにウィッグと伊達メガネを外して言い放つ。


「失礼、貴公に用があるのは『こちらの私』なのだ」


 世の顔見忘れたか!……なんちゃって。


「……いるのだ……は!?え!マ、マクシミリアン殿下!?」


 私を第一王子(謹慎中)だと認識した海軍大臣は、これでもかと言うほど目を大きく見開いた。


 そして数秒ほどフリーズした後、態度を一変させ、恭しくかしづいた。


「久しいな、海軍大臣。息災か?」


 そんな大臣に私は鷹揚に言った。


 まあ、式典とかパーティで挨拶を交わしたぐらいで、ちゃんと喋ったことなんか一度も無いけれどね!


「え?あ、は、はい!息災にございます!」


 突然、目の前の得体の知れない若い貴族が王族に変貌し、大臣はパニックになりながらも何とかそう答えた。


「そうか、それは何よりだ」


「はっ!ありがたき幸せ!」


「うむ、さて、今日は……貴公に少し話があってな」


「はい、それでいかようなお話でございますか?」


「ああ、だが少し長くなるから座って話そう」


「ははっ!」


 私は自分の部屋でもないのに大臣をソファへ誘い、向かい合わせ座った後、


「まず初めに言っておくが、今日ここへ来たのはあくまでリアン=ランベール侯爵だ。だから『私』はここへは来ていないし、貴公とは何も話していない。よいかな?」


 含みのある笑みを浮かべて言った。


「はは!かしこまりました!」


 すると大臣は快諾してくれた。


「それにしても、殿下のお噂は本当だったのか……」


 それから彼は何かに納得したように呟いた。


「ん?噂?」


「はっ!し、失礼致しました!」


「ふ、まあいいさ」


 どーせ、碌でもない放蕩王子だと言いたいんだろう!


 ふん、だ!


 そんなの言われなくて分かってるよ!


 いやいや、時間が惜しいし、拗ねていないで話を進めよう。


「さて……まずは貴公をはじめとした海軍諸官については、昨今の緊縮財政の中にありながら艦隊と練度をよく維持し、日々この国の為に義務を果たしてくれていることについて私は大変嬉しく思う。王家の一員として礼をいうぞ。そして、今後も変わらず国家安然の為、励んでほしい」


 私が微笑を浮かべながら、珍しく王族らしいマトモなことを言うと、


「は、もったいなきお言葉にございます!」


 海軍大臣は感極まったようにそう言った。


 さて、前置きは終わったし、本題に入ろうか。


「ただ……」


「……はい」


 顔には出さないよう努めているが、大臣がさあ本題が来たぞ、と身構えるのが伝わってきた。


 さて、レオノールとの約束を果たすとしよう。


「一つ気掛かりなことがあるのだ」


 私は憂いがある感じで告げる。


「と、申しますと?」


「あー……大臣、君はレオノール=レオンハートと言う艦長を知っているか?」


「はて?レオンハート……ああ!面識はありませんが、確か若い女性の艦長でございますな。あと、少し素行に問題があったような……」


 突然レオノールの名前を出された大臣は少し困惑したが、数少ない女性の艦長ということで覚えていたようだった。


 あと、やっぱり普段から素行は良くなかったんだな

……。


「ああ、大体それであっている」


「して、彼女が如何されました?まさか殿下に何かご無礼でも!?」


 まあ、確かに無礼で不敬ではあるけれど、彼女は私の本当の身分を知らないからなぁ……あれ?ちょっと待てよ?


 カバーの身分であるリアン=ランベールも『侯爵』なのだから、彼女の態度は普通にアウトなのでは?


 いやいや、今はそれは置いておこう。


「いや、その反対だ」


「?」


「実はな大臣、私はレオンハート艦長と親しいのだ」


「なんと!(男女の仲的な意味で)親しいですと!?」


 私がそう告げると、何故か予想以上に大臣は驚いた。


「ああ、彼女は私の大切な友人の一人なのだ。それに先日、偶然旅先で出会った際にトラブルで困っていた私を献身的に支えてくれたのだ」


「ほう……献身的に……(やはり二人は深い仲なのだな)」


 何か少し考えるような仕草をする大臣に違和感を感じながらも、私はそのまま話を続ける。


「そしてトラブルが片付いた後、私は彼女から受けた恩に報いる為、何か力になれる事はないかと聞いたのだ。すると彼女はその美しい顔を悲しげに歪ませ、最後は涙ながらにこう言ったのだよ……『殿下、私は御国の為、幼少の頃より長年の間、日夜海軍軍人としての義務を果たし続けて参りました……しかし、海軍はそれに報いるどころか、ある一件で私に不当な評価をして自分から船を取り上げた上、予備役に編入してしまったのございます!殿下、無力な私をどうかお助け下さいませ!』とな」


 そして、一気にそこまで話すと、私は悲しげな顔を作り、この件で強く心を痛めているとアピールした。


 補足しておくと、当たり前だがレオノールはそんな殊勝で可愛げのあることは一ミリも言っておらず、酒瓶片手に『助けてやるからその代わり、お前の権力で船を取り返してくれよ』ぐらいの態度だった。


 ついでに涙も大好きな姉関連意外は見たことはない。


「なんと……」


 大臣は深刻そうな顔で話しを聞いている。


「勿論、彼女を信頼しているからと言って話を鵜呑みにする訳にもいかない。そこでルーアブルの海峡艦隊司令部から報告書と、彼女の元乗艦テメレール号の航海日誌の写しを取り寄せて確認したのだが……」


 因みに、珍しくこれは本当だったりする。


 いくら私がレオノールを信頼しているからと言って、確認も無しに海軍本部に怒鳴り込んだりはない。


「結論から言えば彼女の言う通りだった。彼女は平時に領海侵犯をした他国の軍艦に対応するという非常に難しい事案を見事に処理したのだ。しかし、その彼女に対する海軍の対応は最低であり、最悪の裏切り行為を働いたのだ!」


 私はこれまでの悲しげな表情を一変させ、海軍大臣の目を怒り込めて真っ直ぐに見つめた。


「ひっ!」


「私はこれを絶対に許すことは出来ない!よって、私自ら持てる全ての権限を使って全容の解明に乗り出すつもりである!」


 そして、怒気を孕んだ低い声でそう告げた。


「お、お待ちを!!」


 その瞬間、大臣は盛大に慌て出したが、逆に私はスッと怒りを鎮め、今度は能面のような顔になって告げる。


「……と、言いたいところではあるが、大事になれば海軍全体の信用が損なわれ、それは軍事力の低下を招き、ひいては我が国にとって大きな不利益もたらしてしまう。だから……」


「……」


 大臣が緊張で冷や汗をダラダラと流しながら、話の行く末を固唾を飲んで待っている。


「本件については貴公に任せようと思う、出来るな?」


 つまり、海軍内部で内々に処理せよ、ということだ。


「はっ!勿論でございます!」


 それを聞いた海軍大臣は驚きと喜びと安心が混ざったような表情になり、勢いよく立ち上がってガバッと私に頭を下げた。


 私は鷹揚に頷いてみせる。


「うむ、宜しい。では速やかに本件の再調査がなされ、彼女に正当な評価がなされることを期待している。親愛なる我が友人レオノール=レオンハートの名誉を回復せよ」


「はは!」


「ああ、そうそう。あと私の権限で彼女のシルバーランス勲章を申請した。勿論、ただの身内びいきではないぞ?まだ公にはなっていないが、実は彼女が保護した密貿易船に囚われていた中にルビオン貴族の令嬢がいてな、その人物こそ、ルビオンの反乱勢力の旗頭となる重要な人物だったのだよ。つまり……」


「つまりレオンハートはルビオン弱体化に大きな貢献をすることになる、と?」


「その通りだ。どうだ、これまでの働きと併せ、彼女は勲章に相応しいと思わないか?」


「思います!」


 大臣が首を縦に大きく振りながら、激しく同意した。


「うん、そしてこれは言うまでもないことだと思うが、今後、彼女の功績に対して相応しいポスト(=艦長職)が用意されるものと私は考えてよいのかな?」


 ここで私は再び微笑を浮かべ、大臣に問うた。


「相応しいポスト(=将官への昇進と名誉ある役職)ですか……も、勿論でございます!」


 すると、彼は二つ返事で快く承諾してくれた。


 よし、これで義理は果たしたぞレオノール!


「あと私はこうも思うのだ、部下の働きを正しく評価しないばかりか、逆に言い掛かりに近い理由で艦長職を取り上げるような者には責任を取らせるべきではないのかな?」


 私はそう言ってスッと目を細めた。


「一々ごもっともでございます!」


 大臣は直立不動になって答えた。


「そうか、宜しく頼む。さて、では話も済んだし、そろそろお暇するとしよう。貴公はこれから忙しいだろうしな」


 それを聞いたは私は満足そうに頷き、おもむろに立ち上がった。


 それからウィッグと伊達メガネを装備し直すと、ドアに向かって歩き出した。


 そしてドアに手を掛けようとしたところで、私は何かを思い出したように振り返り、大臣に向かって言った。


「あー、大臣。あり得ないとは思うのだが……万が一この件に対する適切な対応が速やかになされなかった場合、貴公は私だけでなく、国王陛下や宰相閣下の強い不興を買うことになるから、そのつもりでな」


 それだけ言うと、私は高貴な人種特有の薄く冷たい笑みを浮かべ、退室したのだった。







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