第265話「その後②怒れる黒獅子(ベ◯ばら風)と謝るシャケ」
場面はムラーン=ジュールの騒動から約一週間後、シャケのオフィスに怒り心頭の黒獅子がドアを破壊して乗り込んできた直後から。
「おいシャケ!どういうことだよ!?話が違うじゃねーか!!なんで……なんで……昇進してデスクワークになってんだよーーーーー!!!」
デスク越しに私の胸ぐらを掴んで激しく揺さぶってくる新任の第一王子付き武官こと、海軍少将レオノール=レオンハート提督は大粒の涙を浮かべて叫んだ。
対して私は首をガクンガクンさせながら、彼女を制圧しようと動き出した部下達を手で制し、苦笑しながらそれに答えた。
「やあ、レオンハート提督、待っていたよ。えーと……新しい制服がよく似合ってるね!オス◯ルみたいでカッコいいよ!」
場を和ませる為、取り敢えず誉めてみた。
というか実際、正装したレオノールは非常に美しく神々しいのだが。
今の彼女は、いつもの色褪せた制服にカットラスと酒瓶というだらしない姿からは、想像もつかないようなトランスフォームを遂げている。
その姿はまるで、ベル◯らの世界から飛び出してきたような、凛々しい八頭身の美女。
あとは目の中に星を入れたら完璧なのだがなぁ。
などと私が現実逃避をしていると、
「は?誰がアライグマみたいだって?馬鹿にしてんのか!?」
どうやら響きが似た別の名作を連想したらしいレオノールは余計にキレてしまった。
「え?いや、それはラスカ◯……」
私は一応、誤解を解こうとを試みるが……。
「そんなことはどうでもいいんだよ!他に言うことがあるだろうがよ!?」
失敗した上、更に問い詰められてしまった。
なので私は、
「えーと、他には……あ、ドアの修理代は気にしなくてもいいよ?」
そう言ってから彼女の目の前で、部下にドアの修理代は私の王室費から出すように指示して見せた。
「ラッキー……だけど、違う!それじゃない!」
レオノールは納得しかけたが、ダメだったので私は次に、
「違うの?じゃあ……お金貸そうか?」
と提案してみた。
この人、いつも金欠らしいし。
すると、
「お、助かる!……じゃなくて!!もういい加減にしろシャケ!」
一瞬顔を輝かせたが、更に失敗。
だったら……。
「えー……あ、コーヒーでも飲む?」
他に候補が思い浮かばず、適当にコーヒーを勧めてみたのだが。
「頭から飲ませてやろうか?」
ガチめのトーンでそう言われ、命の危機を感じることになってしまった。
「……ごめんなさい、結構です」
どうやら誤魔化すのも限界らしい。
仕方ない、辛い現実と向き合うことにしようか。
と私が悲壮な覚悟を決めたところで、再びレオノールが叫んだ。
「おい!話が違うじゃねえか!アタシはどんな小さな船でもいいから海へ出たかっただけなのに……何で出世してデスクワークになってんだよ!?説明しろ!」
「えーと……ごめん」
問われた私は彼女に謝った。
「ごめん、じゃねえよ!」
当然なのだが、それでレオノールは許してくれない。
「めんご?」
「殺すぞ」
「えーと……すまない、私のミスなんだ」
今度は真面目にそう言って頭を下げた。
「はぁ……なあ、シャケの旦那。アタシは旦那のこと信じてるし、わざと約束を破る奴だなんて思ってねーよ。だから教えてくれ。何があったんだ?」
するとレオノールは意外にも怒りを鎮め、寧ろ気遣わしげにそう聞いてきたので私は観念し、事の経緯を話すことにした。
「ああ、実は……コミュニケーションに失敗したんだ」
「………は?」
それは再び一週間前、私が王都へ帰還し、父上達に諸々の報告を終えた翌日のことだ。
私は恩人であるレオノールとの約束を果たす為、ロイヤルパワーで強引に多忙な海軍大臣とのアポをもぎ取り、宮殿の近所にある海軍本部の建物を訪れていた。
そして、その海軍の伝統を体現するかのような厳つい煉瓦造りの建物の最奥にある、大臣の執務室へと入ったところから話は始まる。
私は約束の時間きっかりにドアをノックし、リアン=デンカ=ランベール侯爵の姿で部屋に入った。
中にいたのは窓を背に重厚な執務机に座っている初老の男性と若い男の秘書官が一人。
そして私はまず、この部屋の主である初老の男性、すなわち海軍大臣の前で優雅に挨拶してみせた。
「お初にお目にかかります、海軍大臣閣下。私はリアン=ランベール侯爵と申します。多忙な中、この度は急な面会を受けて下さり、ありがとうございました。心より感謝申し上げます」
とは言いつつ、王室からの頼みなので彼にそれを断るなどという選択肢は初めから無かったのだが。
まあ、大臣には申し訳ないが、私も忙しい身なのでさっさと話をつけてしまいたかったのだ。
だが、そうかと言って王子としての自分の名前は出せない。
そこで父上とスービーズ公に頼んで約束をねじ込んで貰った訳だ。
ロイヤルパワー万歳。
そんなことを考えていると、海軍大臣が見事な作り笑顔を浮かべながら、
「初めまして、ランベール侯。いやいや、これぐらいお安いご用だ。ははは」
と穏やかに返してきた。
だが、その目からは警戒心と不信感を見てとれる。
まあ、当たり前か。
ある日突然、聞いたこともないような若い貴族が、国王と宰相のコネを使って強引に会いに来たのだから、普通はそう思うだろう。
「それでランベール侯、今日は何用かな?」
それから大臣がそう続けた。
「はい、ですが……その前にお人払いをお願いできますか?」
私は恭しくそう告げた。
すると言われた大臣は露骨に怪訝そうな顔になり、
「何?人払い?それほど重要な話なのかね?」
そう問うてきた。
「ええ、大変重要な話ですので……」
私は申し訳なさそうに答える。
すると大臣は僅かに逡巡した後、
「ふむ……まあ、いいだろう。陛下とスービーズ公の縁者ということだしな……アンドレ、少し外してくれ」
そう言って秘書官を退室させた。
「ありがとうございます、大臣閣下」
「ふむ、これで満足かね?それで?君の用件とは?」
それから大臣が鷹揚に先を促してきたが、ここで私は急に悪戯っぽく笑いながら答えた。
「あ、いえ、閣下に用があるのは『この私』ではないのです」
「は?君は何を言って……」
そして、困惑する大臣の問いには答えず、私はおもむろにウィッグと伊達メガネを外して言った。
「失礼、貴公に用があるのは『こちらの私』なのだ」
「っ!?」
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