第264話「その後①」

 レオニーが厨二病を卒業し、レオノールは重度のシスコンを発症し、ついでにシャケと駄牛達がしばかれてから数日後。




 その時、ムラーン=ジュールで諸々の事後処理を終えて王都への帰路についた私は、田舎道を疾走する馬車の中で揺られていた。


 横では折角再会した最愛の姉と再び離れなければならない寂しさを紛らわす為にラム酒のビンを抱えたレオノール、反対側には猛獣達のプレッシャーで心身共に疲れ果て、更に事後処理の手伝いをさせられて精魂尽き果てた牛二頭が座っており、私の護衛はみんな仲良く夢の中だ。


 レオニーに見られたらしばき倒されそうな光景だが、彼女は今ここにはいない。


 理由については後で説明するので、一旦置いておこう。


 兎に角、私はそんな状況の中で一人黙々と書類仕事をしていたのだが、それも先程片付いてしまった。


 なので今は手持ち無沙汰になり、頬杖をつきながら流れてゆく田園風景をぼんやりと眺めていた。


 そして、今回の一件を思い出しながらポツリと呟いた。


「何だか……疲れたなぁ」


 まあ当然と言えば当然か。


 バイエルラインから急いで王都へ帰還して準備を整え、息つく暇も無く出発し、この街に着いたと思ったら突然建物の中からレオニーの生き別れの妹やリゼットの色違いが飛び出してきて尋問され、何とか誤解を解いた直後に大乱闘がスタート。


 しかもその時に現れた仮面のコスプレ女がまさかの洗脳されたレオニーその人だった。


 それから激闘の末に敵を追い詰めたかと思えば、駄牛の所為で私はトマトソース塗れになって気絶。


 意識が戻ってみれば味方が全滅しかけていて、挙句の果てに慌てて起きあがろうとしてレオニーに激突してしまった。


 うむ、改めて考えると壮絶過ぎるな……というか、私はよく生き残ったな……。


 あ、あと、そういえば洗脳されて敵になったキャラは、基本的に主人公のセリフとかキスで正気に戻ることが多い気がするのだが、レオニーは一体どのタイミングで、そして何がきっかけで洗脳が解けたのだろうか?


 だって私もレオノールも彼女を罵倒しかしていないし、当然キスなんてしていない。


 というか、仮に私がキスしてレオニーが正気に戻っても、怒り狂った彼女に八つ裂きにされるか、良くてもセクハラで訴えられて社会的に破滅してしまうだろうな。


 うん、やっぱり有り得ない。


 そう考えると本当に謎だな。


 だが……このことについて、これ以上深く考えてはいけないと私の本能が言っている気がするので、取り敢えずこの問題は忘れるとしようか。


 まあ兎に角、短期間にあまりにも色々なことがあり過ぎた上に、最終的に美女二人に引っ叩かれてフィナーレというのだから、心身共に疲れるのは当たり前か。


 だが結果としてそれだけの苦労に見合う、いや、それ以上のリターンがあったのだから、ここは素直に喜ぶべきなのだろう。


 そう、今回私はかなり酷い目に遭ったが、実は成果だけを見れば大成功だったりするのだ。


 具体的には、まず私の最強の手札であるレオニーを五体満足で取り返すことが出来た。


 加えて彼女が強大な裏組織を作り上げてランスの裏社会を支配してくれたお陰で、それをそっくりそのまま頂くことも出来た。


 これはつまり、父上にプレゼンした項目の一つであるランスの娯楽産業の掌握が図らずとも出来てしまったのだ。


 これらの事実だけでも十分過ぎる成果なのだが、まだまだある。


 裏社会の掌握、つまり悪党達の手綱を握れると言うことは、国内の治安の向上も期待できる。


 それからレオノールという見た目も戦闘力もレオニーそっくりの妹と、ルーシーというリゼットの従姉妹との出会い。


 まずレオノールは一見ガサツで適当に見えるが、実は凄く義理堅いタイプだ。


 だから約束通り、いやそれ以上の報酬を与えて信頼関係を強化し、仲良くなっておけば、いざと言う時にその強力な戦闘力で助けてくれる可能性が高い。


 次にルーシーについては無事に王都へ送り届けてエリザに遭わせれば、きっと彼女の機嫌が良くなるに違いない。


 つまり……私の平穏に役立つはず!


 あ、あとそう言えば二人は出会った当初、新書を届けるとか何とか言っていたな。


 あれは彼女達との約束通り、先に急送便を手配して送ってしまったので実は内容をまだ知らないのだが、あれは一体どのような内容だったのだろうか?


 私、気になります!


 おっと、脱線してしまったな。


 まあ、兎に角そんな感じで大変過酷な状況ではあったのだが、成果としては十分過ぎるのでよしとしよう。


「ふぁ〜……ん、あ、おい、シャケ」


 と、ここでいつの間にか意識が戻っていたレオノールが唐突に言った。


「何だい?(あと、だから何でシャケなの??)」


 私は呼び掛けに苦笑しながら答えた。


 するとレオノールは眠そうな顔で、


「アタシは契約に基づいてアンタの為に頑張って戦ったんだから、約束は守れよ?」


 と念を押して来たので、


「約束?ああ、勿論だよ。王都へ戻ったら一番に手配する。君には感謝してるんだ」


 私は微笑を浮かべながら、快く返事をした。


 勿論、私の言葉に嘘はない。


 彼女は本当によくやってくれたのだ。


 幾ら見返りがあるとはいえ、彼女が命を懸けて戦ってくれたからこそ、今回の結果がある訳なのだから。


「そっか、期待してるぜ!シャケの旦那!……じゃ、おやすみ〜」


 私の返事を聞いたレオノールはニィっと屈託の無い笑顔を浮かべながらそう言うと三角帽をまぶかに被り、再び眠りについたのだった。


 こうして本当に私のムラーン=ジュール遠征は終わりを告げたのだが……。


 しかし、残念ながらは私は自らの不手際で彼女の期待を裏切ってしまい、その結果、容赦の無い怒りに晒されることになってしまう。


 何故なら……。




 約一週間後、王宮の私のオフィスにて。


 その時、私がいつものように大勢の部下達と書類の山と格闘していると突然、


「シャケ、テメェ!ふざけやがって!!」


 という叫びと同時に分厚いカシ材で出来た重厚な扉が蝶番ごと吹き飛び、怒り狂った一頭の黒獅子が入ってきた。


 それから彼女は机や書類の山を薙ぎ倒しながら、オフィス中で悲鳴が上がるのにも構わず、一直線に私のデスクまでやってきて乱暴に私の胸ぐらを掴むと、


「おいシャケ!どういうことだよ!?話が違うじゃねえか!!」


 怒りに任せてそう言った。


 それに対して私は慌てて彼女を止めに来ようとする部下達を制しつつ、苦笑しながら次のセリフを待つ。


 すると彼女、シワひとつない海軍の濃紺の正装に身を包み、シルバーランス勲章叙勲者、つまりシュバリエであることを示す深紅の紐帯(タスキのようなもの)を袈裟懸けにし、ついで海軍少将のゴツい階級章を肩に乗せた新任の第一王子付き武官こと、レオノール=レオンハート提督は突然ブワッ!と大粒の涙を流しながら再び叫んだ。


「なんで……なんで……昇進してデスクワークになってんだよーーーーー!!!」

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