第257話「ようやくレ……エルツー登場③」

 その時、私ことマクシミリアンは酒場の床に力無く仰向けに倒れ、赤く染まる視界と朦朧とする意識の中で考えていた。


 ああ、何ということだ……まさかエルツーの戦闘力がこれ程だったとは……。


 私は敵の強さを見誤ったのか……みんな、すまん。


 最期に出てきたのは仲間への謝罪の言葉。


 状況は最悪。


 全滅だ。


 レオノールも、ルーシーも、リゼットもやられ、私も動くことが出来ない。


 勿論、皆よく戦ってくれて敵側も残るはエルツー一人だけになっていた。


 しかもレオノールが頑張ってくれたおかげで、こちらがかなり押していた。


 しかし、理由は分からないが、あと少しのところで奴は突然リミッターが外れたかのように桁違いの強さを発揮し、レオノール達を瞬殺してしまった。


 情けないことにその時点で既に私は負傷して動けなくなっていたから、ただ仲間がやられるところを見ているしかなかった。


 そして今、レオノールに続きエルツーを止める為に果敢に奴に立ち向かったルーシーとリゼットがやられてしまったところだ。


 最早、私は力無く床に横たわったままエルツーがこちらへ近づいてくる音を……即ち自分の最期が近づいてくる音をただ聞くしかなかった。


 さて、では何故こんな事態になってしまっているのかと言えば……。


 それはレオノールがエルツーを二度に渡って撃退し、四天王とか言う連中を瞬殺した直後から。




「……はぁ、まったく何だコイツらは……で、次は御三家でも登場か?」


 四天王を瞬殺したレオノールが、うんざりしたような顔で言った。


 すると、あまりにもあっさり四天王がやられてしまい、なんとも言えない微妙な空気を漂わせていたエルツーが、


「……え、えーと……くっ!よくも子分達を!行け!お前達!」


「「「へい!」」」


 と、強引に仕切り直して戦いを再開し、再び酒場で大乱闘が始まったのだった。


 その後の流れはエルツーがレオノールと激闘を繰り広げ、残りの手下達が私と牛二頭に襲い掛かってきた。


 当然、私は焦った。


 え?ど、どうしよう!?超不安なんだが!?


 だって、こっちはインドア派の王子と戦闘力が未知数の牛が二頭。


 レオノールは兎も角、牛達に敵が止められのか!?


 と、私がオロオロしていると……。


「さてぇ〜やっとお仕事の時間なのですぅ〜」


 リゼットが何処からか取り出した投げナイフを両手の指の間にびっしりと挟み、楽しそうに言った。


 え?


「よっしゃー!久しぶりに暴れるッスよ!」


 更にその横ではルーシーがこれまた何処からか取り出したメイスを構え、楽しそうに素振りをしていた。


 ええ!?


 何か乳牛達が戦闘モードに入って闘牛になっているんだけど!?


 ま、まあ戦えるならそれでいいのだが。


 さて、私はどうしよう……角材でも拾って戦った方がいいのか?


 と逡巡していると、


「でん……じゃなかった、ランベール様はぁ〜何の役にも立たないのでぇ〜後ろで見ていて下さいなのですぅ〜」


 私の考えを察したらしいリゼットに笑顔で言われてしまった。


「……はい」


 正しいけど、これは男としてちょっぴり切ないぞ……。


 まあ、実際戦闘力ゼロな私が出て行ったところで何処かのスキンヘッドの教官みたく『何の成果もありませんでしたぁ!』になるだけだからな。


 後ろで見ているのが正解だろう。


 そう思った私はちょっぴりしょげながら後ろへ下がり、反対に前に進み出た牛二頭は楽しそうに暴れ始めたのだった。


 それから約十分後。


「くらえ海賊女!滅殺豪◯動!」


「うお!……なんの!行くぜ仮面野郎!神◯拳!」


 レオノールとエルツーは相変わらず互角の激闘を繰り広げていた。


 というか異次元の戦いをしてるな……。


 一方、驚くべきことに闘牛達は一方的に敵をボゴボコにしていて、極道達の残りはあと数人になっていた。


 そう言えば牛ってのんびりしたイメージがあるけど、暴れるとヤバいんだっけ?


 と、それぞれの状況を見た私は、


「いいぞ!このままレオノールが奴を抑え、牛達が残りの極道を片付けて援護に回れば勝てるぞ!」


 と思わず口に出してしまった。


 それが悪かったのだろうか?


 この直後から一気に戦況が悪い方へ動いた。


 まず、調子に乗った牛共が最後の一人になったアランとか言う極道の幹部を蹴りとメイスで吹き飛ばした。


「「これで一丁上がりなのですぅ!(ッス!)」」


「ぐわぁ!」


 そして、その吹っ飛ばされた男が何と私の方へ飛んできた。


「え?マジ!?うお!?」


 不覚にも油断していた私はそれをモロにくらって横のテーブルを引っ掛け、料理やワインのボトルを舞上げながらひっくり返った。


 しかも運がないことに、仰向けに倒れ込んだ私にそれらが降って来て頭を直撃。


 私は軽い脳震盪を起こし、意識が朦朧となってしまった。

 

 因みに牛達は敵を倒してから直ぐにレオノールを援護する為にエルツーの方へ行ったから私の惨状には気付いていないようだった。


「うう……頭がクラクラする……」


 それから私は意識が朦朧とする中、片手を床に突いて何とか上半身を起こし、もう片方の手で痛む頭部を触った。


 すると、手に生暖かい感触があり、続いて赤くどろりとした何かが垂れて来て視界を奪い、


「目、目が!目がぁ〜!」


 と、私は思わず何処かのロリコン大佐のような情けない声をあげながら手で顔を覆った。


 こうして完全に視界を奪われてしまった私は音声のみお楽しみ下さい状態になってしまったが、状況を把握する為に聞き耳をたてた。


 すると……。


「くぅ……まだ……」


 と言うエルツーの苦しそうな声がして、


「おい、もう諦めろ厨二女!お仲間は全滅だぞ!」


「そうッス!諦めるッス!」


「ねえ、もう意地を張るのはやめて帰りましょうよぉ〜」


 続いて降伏を促すレオノール達の声が聞こえた。


 聞いている限りではレオノール達が一人になったエルツーを追い詰めているようだった、


 しかし、ここで突然変化が起きた。


「黙れ!だから何だと言うの……だ、ん?あれは……!」


 エルツーの焦ったような声がして、


「あん?よそ見とはいい度胸だ……な!?おい!シャケ!お前血塗れじゃねえか!」


「え?」


「ふぇ!?……ん、ああぁ、あれはぁ〜……」


 続いて私を見て焦る仲間達の声がした。


「え?私!?血塗れ?あ、いや、これは……うわ!」


 と、ぼんやりしていたところで突然呼ばれた私は驚き、その拍子に慌てて動こうとして床にぶち撒けられた料理の上に突いていた手を滑らして昏倒してしまった。


「ぐはぁっ!」


 私は再び頭部に強い衝撃受けて情けない声を上げた後、そのまま力無く横たわっていた。


 痛い……。


 その直後、誰かが叫んだ。


「殿下!」


 ん?今誰かに呼ばれたような……?


 あと……今の『殿下』という声、聞き覚えがあるような……?


 それと、そういえばエルツーの戦い方って誰かに似ているような……?


 そして、などとぼんやり考えていると、


「殿下ぁ!今参ります!」


「大丈夫かシャケ!……おい!仮面野郎!動くんじゃ……うわぁ!…………かはぁ!」


 打撃音とレオノールの叫びに続いて、大量の酒瓶が割れる音と何かが壁に激しく打ちつけられるような音がしてから彼女が沈黙した。


 続いて、


「な!?厨二女!よくもレオ姐さんを!覚悟するッス!」


「ルーちゃん!?待つのですぅ!」


「邪魔を……するな!」


「おりゃあ!……ぐえっ!」


 今度はルーシーの叫びと鈍い打撃音がして、再び沈黙。


 最後に残ったリゼットも……。


「ちょ!?落ち着いて下さいってぇ〜!ヤバそうに見えますけど殿下は大丈夫……」


「どけえええぇ!」


「うーん、今のこの人は全く聞く耳を持たないしぃ〜、かと言って何もせずに逃げ出したらマリー様に殺されてしまいますしぃ〜……はぁ、一応出てって瞬殺されてきますかねぇ〜……はああああ、せいや!」


「遅い!」


「ぎゃあああああ!」


 悲痛な叫びを残して沈黙した。


 それから急いで誰かが……まあ、一人しかいないが、私に駆け寄ってくる音がした。


 ……どうやら私もこれまでのようだ。

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