第255話「やさぐレオニー④」

 意気揚々と数十人の手下と共に酒場に入った私だったのですが……。


「エルツーの姐御!奴らです!」


「ほう、私の手を煩わせるとは一体どれ程の者か楽しみだな……フッ、見せて貰おうか、私の縄張りを荒らした連中の実力とやらを!………………ふぇ!?ええ!?で、でん……か!?」


 と、そこには何と、絶対にこんな場所にいる筈のないお方が……そう、さっきまで会いたくて会いたくて気が狂いそうなぐらいに私が想っていた相手であるマクシミリアン殿下その人がいらっしゃったのです!


 そして、突然の殿下の登場に私がフリーズしていると、奥のテーブルで楽しそうに談笑されていた四人(偉大なるマクシミリアン殿下、どこかで会ったことがあるような気がする日焼けした海賊風の女、あとは見慣れた牛と見慣れない牛が一頭ずつ)がこちらに気付き、慌てて振り返りました。


 ああ、殿下が生まれ変わった私を凝視しています……ああ、嬉しい!


 きっとこのイケてる格好を見てテンションをお上げになっているのだわ!


 と、勝手に思っていたら殿下の一言で私は地獄に突き落とされました。


 殿下は新しい配下と思われる海賊女と一言二言、言葉を交わされた後、こちらに向かって一緒に叫びました。


「「なんて痛い厨二病女なんだ!」」


「ガーン∑(゚Д゚)!?」


 ウソ!?痛い?そして……厨二……病だと!?


 何かしらの褒め言葉が飛んでくると期待していた私は想定外の事態に大きなショックを受け、思わず崩れ落ちそうになりました。


 殿下……酷いです……。


「え?そんな……厨二病!?痛い女!?私が!?」


 何とか崩れ落ちないように頑張りながら、私は思わず殿下に問い返していました。


 だって……自分的に超カッコいいと思っていたものを全否定されたのですから……。


 このままでは私のアイデンティティが崩壊してしまいます!


 しかし、私の願いとは裏腹に冷たい視線のまま殿下は淡々と続けます。


「いや、だっていい年してシ◯アのコスプレして『フッ、見せて貰おうか、私の縄張りを荒らした連中の実力とやらを!』とか、痛すぎじゃない?」


「うぐっ!」


 で、殿下への愛が無ければ即死だった……。


 殿下の放ったアク◯ズ落とし級の口撃を受けた私のメンタルは寒冷化……ではなくて甚大なダメージを負いました。


 そ、そんな殿下ぁ……酷いです……ぐす。


 ……で、でも確かに冷静に考えれば私の格好って……。


 シャ◯みたいな銀色の仮面を被り、ド派手なマントを羽織って腕組みしてカッコつけながら痛いセリフまで言う厨二病を拗らせたコスプレ女……?


 くぅ……あまりの羞恥で私の命が何かに吸われていく気がする……。


 ああ、なんていうか……取り敢えず、死にたい……。


 と殿下の罵倒で正気に戻った私が盛大に凹んでいると、横にいた海賊女が更に口撃を加えてきて傷口を抉りました。

 

「そうだそうだ!仮面とかガン◯ムの見過ぎなんだよ厨二女!あと、姉さん返せ!」


 ぐはぁ!


 あの女は一体何?というか……もう、本当に泣きそうです。


 あと、姉さんって何……?


 うちの組織に身内でも殺されたのか……?


 まあ、どうでもいい……。


「くっ……うぅ……認めたくないものだな、若さ故の過ちと言うものを……」


 最早、メンタル的に満身創痍な私は泣くのを我慢しながら、そうやって強がるのが精一杯でした。


 しかし、『まだだ!まだ終わらんよ!』と必死に心の中で自分で自分を鼓舞し、『あ!でも考え方によっては普段温厚で他人を罵倒することなど皆無な殿下に罵倒して頂けるのは貴重な体験なのかも……?』と無理矢理ポジティブ(と言う名の現実逃避)に考えてメンタルを立て直そうとしたのですが……。


 殿下に憐れみの目で見られていることに気付き愕然としました。


 これは罵倒されるよりもダメージが大きいです。


 あと、殿下の横にいる牛達の反応も酷いもので、それも私に追い討ちを掛けました。


 まず見慣れない牛が非常に残念なものを見るような目でこちらを見ており、続いて見慣れたもう一頭の牛がプルプルと肩を震わせて俯いていました。


 因みにこの時、不思議なことに私には見慣れた方の牛の心の声が覚醒した第六感を通してハッキリと聞こえました。


「……(ププ〜、やっと戻って来たと思ったら重度の厨二病を拗らせた上にぃ〜、大好きな殿下と生き別れの妹にフルボッコにされるとか面白過ぎなのですぅ〜)」


 よし、あの牛は後で出荷しよう。


 私は心に決めました。


 それから更に海賊女が煽ってきました。


「おいシャケ、アイツなんかショック受けてるぞ」


 くっ!この女!……ですが、しかし。


 この海賊女に言われると不思議なことに何故か家族に恥ずかしいところを見られてしまい、それをイジられているような気になります。


 まあ、私に家族などいませんが。


 あ!そんなことより殿下をシャケ呼ばわりだと!?


 なんと無礼な!……許せん!


 ……でも何だか、とてもしっくりきている自分がいます……。


 殿下、申し訳ありません。


 ……などと失礼なことを考えた罰でしょうか、直後に殿下が海賊女に同意されました。


「うん、確かにそう見えるな」


 殿下、も、もう……お止め下さいませ……。


 私のライフはゼロでございます……。


「……おっと、今はそんなことより……」


 と私が心中で泣き言を言っていると、ここで殿下が何かを思い出したように言いました。


「そんなこと!?私がこんなにショックを受けているのに……?酷いです!」


 私はそんな殿下の言葉に我慢出来ず、思わず叫んでしまいました。


 ああ、しまった!


 これでは私、完全に面倒くさい女です……。


「??」


 そんな私を見た殿下は首を傾げていますが、すぐに真面目な表情になり、今度は強い口調で言いました。


「おい、エルツーとやら!」


「ふぁ!?は、はい!でん……じゃなかった……」


 えーと、今の状況で殿下を何とお呼びすればいいのでしょうか?


 シャケ?……はダメだから……。


「コホン、な、何だ、この……イケメン男!」


 ああ、自分のセンスの無さが悲しい……。


「え?イケメン男?(シャケとかチョロいとかばかり言われるから嬉しいなぁ)」


 あら?殿下、ちょっと嬉しそう?いや、気の所為ですよね。


 ですが殿下はすぐにキリッ!とした表情に戻って言いました。


 ああ、真剣なお顔も素敵!


「単刀直入に言う!私の大事な(部下である)レオニーを返せ!」


「はぅっ!」


 い、いいいいいい今……『私の大事なレオニー』って言った!?


 え?え!?本当に!?


 いきなり嬉し過ぎて悶え死にそう……ハァハァ。

 

 それから私はニヤついて仕方ない口元を隠す為、急いで両手で口元を押さえました。


 そして私が嬉し過ぎてプルプル震えていると、更にお言葉が飛んできました。


「必要なら金を払う!お前の望む額をな!取り敢えず即金で10億払える!足りなければ後から追加で払うが、どうだ!?」


 殿下はそう叫びました。


「っ!?(私ごときにそんな大金を!?私って殿下に凄く愛されてる!?)」


 幸せ過ぎて私が昇天しそうになっていると、今度は横からしゃしゃり出てきた海賊女が卑しくも殿下に言いました。


「よく言ったシャケ!見直したぞ!」


 つくづくなんなのですか!あの女は!?


 いや、でも今はそれより幸せを噛み締めたい!


 何と言っても殿下ご自身が、わざわざ私を迎えに来て下さったのですから!


 ああ、しつこいですが幸せ過ぎて死んでしまいそう!


 生きててよかった……ああ、ダメ!もう……我慢できない!


 殿下、貴方のレオニーはここにおります!今すぐ貴方の元へ……。


 と心の中で叫びつつ、色々と我慢できなくなった私は本能の赴くままに両手を広げながら神速で殿下の胸に飛び込もうと移動した、次の瞬間……。


「仮面女!アタシのツレに手を出すな!」


 という忌々しい叫びと同時に、目の前に海賊女が立ちはだかりました。


「何っ!?……ぐぅ!?」


 そしてその直後、海賊女の放った鋭い蹴りが腹部に当たり、私は情けなくも苦悶の声を上げながら数メートル程飛ばされてしまいました。


 私は何とか倒れずに体制を立て直して身構えましたが、内心は驚きでいっぱいでした。


 馬鹿な!?


 この私が反応出来なかっただと!?


 この海賊女……出来る!


 恐らくは私と互角……一体何者なんだ!?


 と、私が逡巡していると目の前では、


「すまん、レオノール。助かった」


 と殿下が礼を言い、


「油断し過ぎだ旦那!で、これからどうする!?」


 海賊女(レオノールというらしい)……が怒ったように怒鳴り返し、指示を求めていました。


 それはまるで二人の信頼関係を見せつけられているようで無性に腹が立ち、今度は別の意味で我慢出来ず、私は怒気を孕んだ低い声で海賊女に問いました。


「……おい、お前は(殿下の)何だ?」


 この後、私はこの問いを投げかけたことを死ぬほど後悔することになります。


 何故なら、それはこの女の答えが……。


「あん?アタシ?えーと……コイツの新しい(仕事の)パートナーだ!」


 だったから。


 つまりこの女海賊は……殿下の新しい女だったのです!

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