第245話「やさぐれ雌ライオン(黒い方)①」
これはシャケことマクシミリアンが悪徳の街ムラーン・ジュールのとある酒場の前で、突然現れた海賊のコスプレ?をしたレオニー?に『シャケ野郎』呼ばわりされる数週間前のことである。
その時、ルーアブル軍港の近くに建つ、とある瀟洒な建物の一室である人物に対する辞令が淡々と読み上げられていた。
「……テメレール号での哨戒任務遂行中に著しく職権を逸脱した行為があった等の理由により、本日付けで勅任艦長レオノール=レオンハートのテメレール号艦長の任を解く、以上だ」
そして、辞令はそう締め括られた。
「……は?ちょ、ちょっと待って下さい閣下!」
肩をワナワナさせながらも頑張ってキレずに直立不動の姿勢のまま今まで聞いていた、たった今現役から休職中の無任所艦長になってしまったレオノール=レオンハート(二三歳独身)は血相を変えて閣下……海峡艦隊司令官ビルヌーブ中将に抗議した。
そう、ここは港町ルーアブルにあるランス海軍ルーアブル庁舎の海峡艦隊司令官室なのである。
「何だレオンハート艦長、不服か?だが異議は認めんぞ?」
マホガニー製のデスクを挟み、高級な革張りの椅子にふんぞり返った海峡艦隊司令官ビルヌーブ中将はレオノールの反応を見ると不機嫌そうに言った。
「不服も何も権限を逸脱した行為って何ですか!」
当然レオノールは小太りの中年上司に噛み付いた。
「ふむ、分からんか?仕方ない、説明してやろう。この間のルビオン船を保護した件だ」
するとビルヌーブ中将は面倒臭そうに説明を始めた。
「は?あの件に何か問題が?」
だが、言われたレオノールは全く意味が分からずに聞き返した。
彼女は自分に落ち度があったとは微塵も思っておらず、また実際に瑕疵はないのだから。
すると、彼女の反応を見たビルヌーブ中将が激昂した。
「大有りだ!事もあろうにルビオン海軍の正規の軍艦に向かって発砲したそうだな?え?」
「はい、事実です。ですがそれは正当な……」
「分かっているのか!?今は平時なのだ!戦時下ではないのだぞ?」
と、言われたがレオノールは怯まず、堂々と反論する。
「勿論、分かっています閣下。分かっているからこそ、ルビオン艦には砲弾を当てず、警告射撃で我慢したんですよ」
だが、それを聞いた中将は納得するどころか、更に燃え上がり、
「ほう!報告書によればルビオン艦に大量の至近弾を浴びせたそうだな!?これは明らかにやり過ぎだ!」
そして、バン!と机を叩いた。
「しかし、我が国の名誉を守り、追われていた船を保護する為に必要なことでした!」
だが、レオノールも引き下がらない。
「確かに名誉は大事だ。しかし、ルビオンの……いや、正体不明の船の保護は本当に必要だったのかね?」
「うっ……」
「それにもし過剰な警告射撃を含めた今回の件を口実にルビオンと戦争にでもなれば、莫大な戦費と人命が失われるのだぞ!?万が一そうなれば全て君の責任だからな!」
そして、ビルヌーブ中将はそう言い放った。
因みに、確かに彼の言ったことも可能性はゼロでないが、現状ほぼあり得ない。
では何故それをわざわざ問題にしたのかというと、勿論本気で国の為を思ってそう言っている訳ではなく、主に保身の為である。
つまり、もしそうなって国際関係が悪化して何かあった場合は、あくまで勝手な判断で行動した現場の艦長が全て悪い、ということである。
「ぐぬぬ……」
すると、限りなく可能性は低いが今言われたことも否定出来ない為、レオノールは言い返せず、悔しそうに歯噛みした。
「まあ、そういうことだ。諦めろ、レオンハート艦長」
反対にビルヌーブ中将は勝ち誇った顔で告げた。
「くっ……」
こうしてレオノールの半額の休職給生活が決まってしまったのだった。
因みにレオノールの艦長解任こそ、ビルヌーブ中将が今回の件を問題にした、保身以外のもう一つの理由である。
つまり、彼は今回のルビオン艦砲撃の件を都合よく利用したのだ。
理由は簡単。
保身に加えて、彼女から艦長職を取り上げて艦長ポストを空けたかったから。
説明すると、実は木造帆船時代の制度では、勅任艦長と言う階級(大佐相当)になったとしても、自分が指揮する船を持てるかどうかは別で、平時ではかなりの数の勅任艦長があぶれていた。
つまり、幸運にもレオノールは平時に仕事にありつけていたのだ。
しかし、ただでさえ若く、また女性である彼女を妬む者は多く、また提督連中は自分の派閥か有力者の子弟等を自分の艦隊の艦長に据えたいと考えていた。
と、そう言う理由からレオノールは職務遂行上、何も問題なかった筈なのに罪をでっち上げられ、見事に足をすくわれてしまったのだ。
当然そう言った事情を理解している彼女は、取り敢えずありったけの殺意と憎悪をこれでもか、というぐらいに込めて上司を睨み付けた。
因みに、無意識に腰のカットラスに手が掛かっている。
「ひぃ!?」
睨み付けられた海軍中将の階級章を付けた小心者のおっさんは、あまりの恐怖で意識が飛び掛けてしまった。
しかし、何とかすんでのところで踏み留まり、話題を変えた。
「……と、ところで!暇になった君に任務がある!」
「この野郎………………ッ!任務……ですか?」
任務と言う単語を聞いた軍人レオノールは冷静になり、一旦上司を八つ裂きにするのを延期して話を聞くことにした。
「ああ、実は先程、中央政府から返事が来てな。取り敢えずルビオンの『ツン解』からの新書を受け取ることにするとのことだ。だから……」
「私が連れて来たルビオン人達を、私が王宮へ連れて行け、と?」
「そうだ。ただし、一人だけだ。どうやら連中、ただの使いっ走りの事務屋ではなさそうだからな。万が一、全員を自由にさせて情報漏洩や破壊工作があれば私の責任問題になってしまう」
「……」
「それに連中はその立場的にも扱いが難しいのだ。現状、連中はルビオン王国の反体制派、つまりテロリストなのだからな」
「なるほど、了解しました。それで誰を連れて行けばいいですか?」
任務と言われた手前レオノールは、はらわたが煮え繰り返りながらも命令を承伏した。
「そうだな……」
問われたビルヌーブ中将は手元の書類を見てから暫し逡巡し、
「よし、このトロそうなメイドを連れて行け。コイツなら害は無かろう」
いいアイデアだとばかりに明るく言った。
「うえ、あの幸薄げな牛女か……」
そう告げられたレオノールは反対に、露骨に嫌そうな顔をした。
「何か言ったか?」
「いえ……」
「ふん、安心しろ艦長。この任務が終わるまでは満額給料を出してやるから。まあ、日割りだがな、くく……」
と、ここでビルヌーブ中将が嫌味ったらしくそう付け加えてニヤリと笑った。
「ぐぬぬぬぬぬ……」
そんなやり取りがあった後、怒れる黒獅子は去り際に庁舎のドアを破壊してから工作船に軟禁されている『ツン解』一行の元へと向かった。
そして、彼女は工作船が係留されている波止場まで来ると、
「おい、牛女はいるか!」
ブチギレモードで叫んだ。
「むにゃ〜もう食べられないッスよ〜……ふぁ!?じ、自分のことッスか?」
するとその直後、バタバタと派手に音を立てながら工作船の窓から牛女こと、ルーシーが慌てて顔を出した。
その顔には涎が付いている。
「他に牛が居るかよ!さっさと書類持って降りてこい!ぶっ殺すぞ!」
明らかに昼寝をしていた形跡を見つけたレオノールは更にキレながら叫んだ。
ハッキリ言って八つ当たりもいいところなのだが。
「ええ!?は、はいッス!」
そして、バインバイン胸を揺らしながら慌てて船から飛び出してきたルーシーに、レオノールは超絶不機嫌な顔で事情を説明した。
「……という訳でアタシは艦長をクビになって、お前はアタシと王都行きだ、分かったか牛女?」
「了解ッスー……自分達の所為で何か申し訳ないッスー……」
ルーシーは理不尽さと命の危機を感じながら取り敢えず謝罪し、それからおずおずと言った。
「それで、あのー……艦長さん?」
「あ?なんだよ?文句あんのか?殺すぞ?」
するとレオノールはドスの効いた声でそう返した。
その反応を見たルーシーは慌ててそれを否定し、
「ち、違うッスよー!え、えーと自分には一応ルーシーと言う名前があるッスからー、牛女はやめて欲しいなぁーなんて……」
と、茶髪にブラウンの瞳、加えて巨乳と言う、見た目が完全にジャージー牛の化身であるルーシーが懇願した。
因みにリゼットは黒髪に白い肌で、そっちは完全にホルスタイン牛の化身である。
「は?ル牛ー?どのみち牛じゃねーか……だが、まあいいか。じゃあ行くぞ、ル牛ー」
意外にもレオノールはキレたりせず、変に納得した後、出発を宣言した。
「え?どのみち牛!?どゆことッスか!?……なんか微妙に違う気がするッスね……」
「おいル牛ー!ボケっとしてねえで、さっさと歩けやコラ!」
だが、やはり直ぐにキレて、
「ひぃ!?今行くッス!」
ル牛ーは慌てて怒れる黒獅子を追いかけた。
と、そんな感じで工作船からルーシー……いや、ル牛ーを連れ出したレオノールは、彼女に八つ当たりしながら王都へ向けて出発したのだった。
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