第243話「幕間 ウッシーの独白」

 皆様、失礼致します。


 私、リゼット=ホルスタインと申します。


 職業はランス王国の隠密で、表向きはマリー様付きのメイドをしております。


 おっと、皆様は当然そんなことはご存知でございますよね、これは失礼を。


 ……え?いつもと喋り方が違うじゃないか、ですって?


 それはほら……表向きの顔、通称『牛モード』で話すのは結構大変なのですよ。


 ふぇ〜、とか、なのですぅ〜、とか。


 ついでに作者も裏モードの私の方が書くのが楽らしいので。


 さて、そんな訳で裏モードの状態でお話をさせて頂く私なのですが、今回またブラック上司のマリー様に貧乏クジを引かされまして困っております。


 具体的には『グレて逃げ出した雌ライオンを連れ戻す』こと。


 全く、勘弁して欲しいものです。


 だって、ランス最強の隠密がフラれたと勘違いして自暴自棄になっているのですよ?


 これ絶対面倒いですし、普通は関わりたくないですよね?


 ですがこれも仕事ですし、食べ盛りの家族を養う為に頑張らなければならないのが辛い所なのです……。


 あ、因みに私がマリー様に命令された(捨てられた?)経緯はこんな感じでございます。



 

 それは今から数日前、ストリア軍一行と共にランス国内でストリア皇妃、皇太子妃、皇子殿下と私達マ・リ・アの三人が観光名所を巡っていた時のこと。


 その日の観光を終えた私達マ・リ・アの三人が宿泊先のホテルの部屋でのんびりお茶をしていたところでした。


「しつれーしまーす」


 何の前触れもなく、突然ある人物がマリー様のお部屋を訪ねて来たのです。


 そして、その人物と言うのが……。

 

「あらまあ!ノエル!」


 そう、すっかり忘れ去られていた隠密見習いの少女ノエルでした。


 彼女を見たマリー様は顔を輝かせ、駆け寄って抱きしめました。


 ぎゅ!


「うわ!マリー様!?」


「相変わらずノエルは可愛いですねぇ〜、あと私のことは『お姉ちゃん』と呼ばなきゃダメでしょう?」


「あ、はい、マ、マリー……お姉ちゃん……」


 マリー様にそう言われたノエルちゃんは、ぎこちなくそれに従いました。


「ふぁ〜!良い響きですねー!それで私のプティ・スール(小さな妹)は約一年ぶりに何をしに来たのかしら?」


「……えーと、マリーお姉ちゃん、体感時間的には一年だけど、作中ではまだ一ヶ月も経ってないからね!?それもこれも、作者が大幅な路線変更をしてボクの出番がなくなっちゃって忘れられかけてた所為なんだからね!……じゃなくて、ボクはお使いに来ました」


「お使い?」


「はい、本部での訓練が終わったところで、ちょうどお届け物があったらしくて……これです」


 そう言ってノエルちゃんは一通の手紙を差し出しました。


「ありがとう♪ノエル、これお駄賃ですよ。好きなお菓子でも買いなさい」


 手紙を受け取ったマリー様は見たこともないような緩んだ顔でノエルにお礼を言ってから、金貨のぎっしり詰まった布袋を渡しました。


 いいなぁ……。


「わぁ!ありがとうマリーお姉ちゃん!」


 ノエルちゃんは純粋に喜び、


「ちょっとマリー、この子に店ごと買わす気?」


 横では友人兼上司であるアネット様が呆れ顔で言いました。


「ええぇ……ワタシお駄賃なんて貰ったことないのですぅ……」


 取り敢えず私はしょげておきました。


 実際貰ったことありませんし……。


 いいなぁ。


「うるさいです!可愛いは正義なんです!擦れた貴方達とは違うのです!」


 ですが、マリー様からは辛辣な言葉が返ってきただけでした。


「「ひどい……」」


 マリー様はいつだって横暴なのです、悪魔です。


「はぁ、まあいいか。それでマリー、手紙の内容はなんだったの?」


 話が先に進まないのでアネット様が言いました。


「えーと、待って下さい……ふむふむ……情報局本部からですね。あの裏切り者のレオニーが珍しく仕事に手間取って人手がいるので、そちらへ人員を割く許可を求めてきてますね」


「へー、あのおっかないライオンみたいな女がしくじるなんて珍しいわねー」


 なるほど、表向きはそういうことになっているのですね。


 つまり、本部は副局長でシュバリエのレオニーが遅い反抗期を迎えているという、この重大なスキャンダルをマリー様には伏せることにしたようです。


 ですがアネット様は兎も角、マリー様は何となく気付いているような気配がありますが。


 流石は天使の顔をした悪魔です。


「ふぇ〜あのレオニー様が任務に手間取るなんて珍しいのですぅ〜」


 因みに私は別ルートからの情報で既にそのことを知っていましたが、取り敢えずここでは、すっとぼけておきます。


 それと同時にとても嫌な予感がしていましたので神様に祈りました。


 マリー様に『行け』と言われないように。


「じゃあリゼット、貴方行きなさい」


「ふぇ!?」


 ですが、残念ながらその祈りは神様には届かなかったようです。


「で、でもマリー様のお世話がぁ〜……」


 無駄なのは分かっていましたが、一応抵抗をしてみましたが……。


「大丈夫です。ノエルに居てもらいますし、アネットや他のメイドもいますから」


 瞬殺されました……。


「ふぇ〜……わかりましたぁ〜」


 そして、ブラック上司による更なる追い討ちが待っていました。


「というか裏切り者の駄牛はクビです、クビ!この任務が終わるまで帰ってこなくていいですからね?」


「ふぇ〜そ、そんなぁ〜最近のレオニー様はマリー様に負けず劣らず面倒くさいのですぅ〜」


 ここで私はショックのあまり、思わず本音が出ててしまったのですが、


「あーん?何か言いましたか?」


 その瞬間に恫喝されました……。


「ふぇ!も、申し訳ありません」


 全く、理不尽極まりないのです。


「そう、じゃあさっさと行きなさい。重ねて言いますが、レオニーを連れ帰るまで貴方も帰って来なくていいですからね?」


「はぁ〜い、なのですぅ〜……はぁ〜」


 という感じで私はマリー様のところを放り出されたのでした。




 ……がしかし、トボトボと本部に出頭した私を待っていたのは意外と悪くない状況だったのです。


 と言うか、ベリーイージーモードでした。


 私は当初、面倒な任務に絶望し、もの凄く嫌そうな顔で本部の担当者から話を聞いていたのですが、話を聞いてみると、何と任務はあのマクシミリアン殿下と一緒だと言うではありませんか!


 それを聞いた瞬間、私は心の中でもリアルでもガッツポーズをして上司に怒られました。


 でも今回の任務で殿下とご一緒出来ると言うのは、それぐらい大きいことなのです。


 だって、殿下が出られるという時点で任務はほぼ完了なのですから。


 私がやるのはマクシミリアン殿下をレオニー様の前まで安全に連れて行くことだけ。


 あとは殿下の顔を見た、いい年なのに十代の乙女の心を持つ雌ライオンが尻尾振ってお腹を見せる瞬間を見届けるだけなのです。


 超絶楽勝なのです。


 それもこれも、私の日頃の行いがいいからでしょうね!


 ということで今回の任務は半分旅行気分です。


 そして、今回の私の仕事は『ふぇ〜』とか言いながら、長旅と緊張でお疲れの殿下を上手く誘導し、きちんと食事を取らせ、乗り心地の良い快適な馬車に乗せてお休み頂くことですね。


 あの方は善良で生真面目ですから、キチ……いえ、ご令嬢達の『ご活躍』の所為で相当に疲労されている筈ですから、倒れてしまわないようにサポートしませんと。


 つまり、そう言うことですので私はせいぜい道化を演じると致しましょう。


 我らがボス、レオニー様とその大切なお方にして、我々暗部に光をもたらしてくれた恩人の為に。


 まあ、役得ということでご飯だけは遠慮なく頂きますが。


 ん?あれは……それでは皆様、ちょうど殿下がいらっしゃったようなので、私はこれで失礼致します。


「ふぅ……コホン、あぁ!殿下ぁ〜、お久しぶりなのですぅ〜」

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