第242話「シャケ、やっと移動を始め……た直後に腹ごしらえする」

「もぐもぐ……ふぇ〜、どうれす殿下ぁ?ここの料理ぃ〜、凄く美味しいれしょう?むぐむぐ、ふぅ〜幸へなのれすぅ〜……ゴクゴク、プハァ〜」


 目の前で大量の料理を幸せそうに頬張り、それをそこそこお高いワインで流し込んだリゼットは私にそう言った。


「まあ、確かに美味いが……」


 問われた私は、急いでいる筈なのに何やってんだろ……とか思いつつ、季節の野菜をふんだんに使った非常に美味なコース料理を咀嚼しながらそれに答えた。


 実際、彼女が月に一回だけ給料日に、悪魔やライオンのような理不尽な上司達とブラック労働に耐えた自分へのご褒美として食べに来ると言う、この小洒落た食堂は非常に美味いのだが……。


 と言うか、自分へのご褒美って……お前は丸の内のOLか!


 それから私は目の前で猛烈な勢いで料理を貪る乳牛フードファイターにあきれ気味に言った。


「それにしてもリゼット、君は本当によく食べるなぁ」


 少しは遠慮しろよ……私は今、現金をあんまり持ってなんだからさ。


 するとリゼットは悪びれた様子もなく言った。


「ワタシの胃袋は宇宙だ!なのですよぉ〜、ここのお料理は美味しいのでぇ〜いくらでも食べられてしまうのですよねぇ〜!」


「……そうだろうね」


 まあ、現に目の前で食いまくってるしな……。


 あと、『俺の胃袋は宇宙だ!』っていう決め台詞のドラマ、昔やってたなぁ。


 だが、次にリゼットは少し悲しそうな顔になり、

 

「でもでもぉ〜ワタシの薄給ではぁ〜、ここで好きなだけ食べたら破産してしまうのでぇ〜いつも我慢なのですぅ〜」


 と、ビーフステーキを頬張りながら言った。


「……まあ、そうだろうな」


 お前のペースで食べたら大半の人間は破産すると思うがな!


 と心の中で再びツッコんだ後、私はふと思った。


 これって……共喰いなのでは?と。


 そう思ったら目の前の光景が急にシュールに見えてきたぞ……。


 とか考えているうちに、目の前では空いた皿が積み上がって行く。


 全く、どれだけ食うんだよ、この牛は……。


 そして、そう思った直後、


「ですがぁ〜、今のワタシには『メッシー』が付いていますからぁ〜遠慮なくお腹いっぱい食べられて幸せなのですぅ〜、ありがとうございますメッシー殿下ぁ〜」


 ふざけたセリフが飛んできた。


「そうか、良かったな。お陰で私の財布は飢餓状態だ……ん?メッシー

?」


 メッシー?ってなんだ?


 サッカー選手か?


 それともネス湖に生息する未確認生物か?


 いや、あれはネッシーか。


 うーん、何だっけ……あ!そうだ!


 確かバブル期の日本の若者言葉で、女性に食事を奢らされる男のことだって、父さんが言ってた気がする。


 って、全くいつの時代の言葉だよ……。


 この牛はバブル期から来たのか?


 広末◯子なのか?……いや、あれはバブル期へ行く方だったか?


 それにしてもこの乳牛、ふざけやがって……次からバブル牛……いや、ウッシーと呼んでやろう。


 はあ……全くこんな時に私は何をやっているのだか……あ、あと今更だが、何故こんなことになってるのか、と言えば……。




 宮殿を出た瞬間にこのウッシーがぎゅるるるるる〜っと可愛くない感じでお腹を鳴らし……。


「殿下ぁ〜まずは腹ごしらえをしたいのですぅ〜。このままではお腹が減って力が出ないのですよぉ〜」


 とか言い出して。


「何?君はいきなり何を言っているんだ?」


「ふぇ〜お腹すいたのですぅ〜。それにぃ〜殿下だって忙しくてご飯を食べれてないのではぁ〜?ご飯を食べないのは身体に悪いのですよぉ〜?」


「いや、時間がないし先を急ぎたい。歩きながら携行食でも食べろ」


 当然私は反論したのだが……。


「時間はあるのですぅ〜!ご飯食べたいのですぅ〜!」


 と、リゼットに珍しく力強く口調で言われ、私は少し怯んでしまった。


 一応、


「君の大事な上司がピンチなのだが……?」


 と、更なる反論を試みたが、


「ふぇ?レオニー様ですかぁ?ああぁ〜もう全然大丈夫ですよぉ〜!寧ろちょっと焦らした方が良い感じにしょげて大人しくなるのでぇ〜都合が良いのですぅ〜」


 訳の分からない答えが返ってきた。


「は?」


 この牛、何言ってんの?


 と、私が困惑していると、


「まあまあぁ、兎に角ぅ、まずは腹ごしらえなのですぅ!折角殿下が奢ってくれる約束もした訳ですしぃ〜」


 数分前にな。


「まあでもぉ〜、もし殿下がアンパンで出来ていて『僕の顔をお食べよ!』とか言ってくれるのなら別ですがぁ〜?」


 何言ってんだコイツは……。


「出来てる訳ないだろう!」


 私はアン◯ンマンか!


「だったらぁ、約束を守って欲しいのですぅ〜」


「……むう、なんかもの凄く釈然としないが……まあ、約束は約束だし、仕方ないか。それにレオニーのことは君が大丈夫というのなら……多分大丈夫なのだろう」


 でも、万が一レオニーが無事でなかったらお前の責任だからな!?


 おじさん知らないからな!?


「やったぁ〜!」


 と言う感じで宮殿の近くにあるリゼットお勧めの食堂に入ることになったのだ。




 一時間後。


「ふぅ〜お腹いっぱいなのですぅ〜、殿下ぁ、ご馳走様なのですぅ〜」


 会計を終えて痩せ細った財布と一緒に私が店から出たところで、大量の料理を完食して満足したリゼットがお礼言ってきた。


「あ、ああ、満足してくれたようで良かった……さあ、気を取り直して今度こそ出発だ!」


 と、私が強引に気持ちを切り替えて歩き出そうしたところで、


「殿下ぁ、何処へ行かれるのですかぁ?早く馬車をチャーターしましょうよ〜」


 またウッシーが何か言い出した。


「え?目立つから歩いて行く予定では?」


「ワタシぃ〜お腹いっぱいで歩けないのですよぉ〜、それに折角アッシー(女性の送り迎えをさせられる便利な男のこと)がいるのでぇ〜、豪華な馬車で行くチャンスですしぃ〜」


 どうやら私はアッシーに進化?したようだ。


「くっ……このバブル牛め!」


「ふぇ〜?バブルぅ〜?」


 それを聞いたリゼットは不思議そうな顔をしている。


 このウッシーは全く……はぁ、でも歩けないなら仕方ないか……。


 それに何か私も疲れたし……もう、馬車でいいか……。


 と、私が諦め気味にそう思ったところでウッシーが不意に、


「安心して下さい殿下ぁ〜、ワタシぃ、受けた恩は忘れませんしぃ〜、それに……」


「?」


「レオニー様の大事なヒトに絶対損はさせませんから」


 と、悪戯っぽく笑いながら言った。


 それを見た私は不覚にもリゼットが、ちょっと可愛いな、とか思ってしまったのだった。


 だが、しかし……。


「え?何だって?」


 実は後半部分が小声で良く聞き取れなかったのだが。

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