第241話「シャケ、次に手下を準備する」

「あぁ!殿下ぁ〜、お久しぶりなのですぅ〜」


 身体よりも大きなリュックを背負ったリゼットが、裏門の横でブンブンと手を振りながら無邪気に叫んだ。


 そっかー、私のサポート役はリゼットかー……。


 彼女には失礼だが、超不安なんだけど。


 もし何処かの案内役の大天使に『そんな手下で大丈夫か?』と問われれば、間違いなく『大丈夫じゃない、大問題だ!』と即答するだろう。


 だって普通、プロの諜報員は秘密裏に動こうとしている人間に向かって白昼堂々『殿下ぁ〜』とか叫んだりしないと思うんだ。


 それに以前襲撃された時、故意ではないが護衛のリゼットに怪我をさせられたこともあるし……。


 これはアレか?


 レオニーを危険な目に合わせたことに対する情報局の嫌がらせか?


 あ!それと彼女は表向きマリー付きのメイドだった筈だ。


 そんなリゼットをわざわざ送ってくるということは……もしかしてマリーも今回の件に怒っているのか!?


 いや、あの可愛いマリーのことだ、きっと私の為を思って『信頼出来る大事な部下』を送ってくれたに違いない!……多分、きっと。


 役に立つかは別にして。


 それともリゼットを貸してやるから『早くレオニーを連れ帰ってきて下さいませ、お義兄様!』という方だろうか?


 むー、考えれば考えるほど分からない。


 まあ、今はそんなことよりもさっさとリゼットと合流してレオニーを助けるべきだし、一旦置いておこう。


 さてと。


 では意識を現実に戻して、無邪気に手を振っている牛型メイドをしばきに行こうか。


 そう決めた私はわざとらしい笑顔を浮かべながらリゼットに声を掛けた。


「やあ、リゼット。約ひと月ぶりだな、元気だったか?」


 するとリゼットは無邪気に身体の一部をバインバインに揺らしながら、こちらへやってきた。


 相変わらず凄い迫力だな……。


 その迫力は凄まじく、周囲にいた衛兵から庭師、同性であるメイドまで彼女の揺れる脂肪の塊に視線が釘付けだ。


 不謹慎にもそんなセクハラじみたことを考えていると、意外にも彼女は少し暗い感じで答えた。


「殿下ぁ〜、お久しぶりでございますぅ〜。え〜とぉ〜元気かどうかと言えばぁ〜……色々とブラック(な妹様のお陰)でぇ〜疲れ果てておりますぅ〜」


「え?そ、そうなのか……大変なんだな」


 え?ブラック?


 今のはプロとしてどうか?と厳しく注意してやろうかと思っていたのだが、予想外の反応を見て私は戸惑ってしまった。


「そうなのですぅ〜」


 あ、そっかー……よく考えてみたら大変だよなぁ。


 今の時代労働基準法もないし、王女付きのメイドは早朝から深夜まで勤務で、しかも情報局員としての仕事もあるんだもんな。


 それにいくらマリーが賢い子でもまだまだ子供だし、わがままをいったりもするだろう。


 見えないところで苦労してるんだろうなぁ。


 私がそんな風に考えていると、リゼットは涙を浮かべながら更に続けて言った。


「その上ぇ〜、若くてピチピチの子が新しく来たのでぇ〜、ワタシはボロ雑巾のように捨てられてしまってぇ〜、ぐすん〜」


「若くてピチピチ?それにボロ雑巾!?」


 どゆこと!?


 マリー……君は何をしているんだ……。


 お兄ちゃん、心配だよ……。


 うーむ、よく分からないがリゼットは相当な苦労をしているようだし、取り敢えず優しくしてやるか。


「そ、そうか。苦労してるんだな」


「はいぃ〜苦労してるんですよぉ〜ぐすん」


 リゼットはわざとらしく両手で顔を覆いながら言った。


「わ、わかった、話は聞いてやるから泣くな」


「ううぅ〜ぐす……チラッ」


 明らかにわざとらしいのだが……。


 くっ、どうして男はこうも女の涙に弱いのだろうか。


「わかったわかった、途中で美味いものでも奢ってやるから泣くな」


「やったぁ!タダ飯ゲットぉ!……じゃなくてぇ、殿下はチョロ……でもなくてぇ、殿下はとってもお優しいのですぅ!」


 私がそう言った瞬間にリゼットはパァっと顔を輝かせた。


「……そ、そうか。元気が出たなら良かった」


 何だか非常に釈然としないが……。


 ……あ、そうだ!忘れるところだった。


 そんなことよりも、一応先程のことを注意をしておかないとな。


「リゼット、色々大変なのは分かるが一つだけ言わせてくれ」


「ふぇ〜?」


「幾ら宮殿の敷地内だと言っても、これから秘密裏に行動しようとしている場面で堂々と私の正体をバラすのは情報のプロとしてどうかと思うぞ?」


 そして私は至って真面目な顔でそう言った……のだが。


 返ってきたのは、


「ふぇ?ああぁ〜なるほどぉ〜、そんなことですかぁ」


 意外な反応だった。


「そんなこと!?」


 私は彼女の予想外のセリフに戸惑ってしまった。


 するとリゼットは、


「だってぇ〜今回の任務はぁ、ここにいるのが『マクシミリアン殿下だって分かっていた方が安全』なのですからぁ〜」


 更に意味の分からない返答をした。


「はぁ?」


 どゆこと?


「細かいことは気にしてはいけないのですよぉ〜」


 はぐらかされた……。


「ええ……」


「というかぁ、殿下ご自身が行かれる時点でミッションコンプリートなのですぅ〜」


「?」


「更に言えば多分〜、ターゲットは某バスケ漫画みたいに殿下のお姿を見た瞬間に泣き崩れてぇ『殿下、スパイがしたいです……』とか言って解決なのですぅ」


「??」


 もう訳が分からないよ……。


「兎に角ぅ〜、大丈夫なのですぅ〜。旅の安全はこのリゼット=ホルスタインが保証しますからぁ〜、牛車に乗ったつもりで安心して下さいなのですぅ〜」


 そう言ってドヤ顔のリゼットは巨大な胸を張った。


 牛車?大船の間違いでは?おじゃる◯ではあるまいし……。


 というか無意識に牛であることを認めている!?


 う、うーん……あの、超心配なんだけど……はっ!


 おい!こんなところで時間を無駄にしている場合ではないだろうが!


 早く出発してレオニーを助けに行かないと!


 リゼットとは色々と話をしないといけない気はするが、取り敢えず後回しだ。


「おいリゼット、訳の分からないことを言っていないで早く出発するぞ!」


 私は大事なことを思い出してそう叫び、気を引き締めた。


 さあ、悪徳の街『ムラーン・ジュール』へ向けて出発だ。


「はぁ〜い」


 だがリゼットは、焦る私とは反対にのんびりと返事をしたのだった。

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