第240話「シャケ、まずは軍資金を準備する」

 レオニー救出作戦の実行と参加を決めた私は、急ぎランスへ戻るべくバイエルラインを出発した。


 その道中、砂埃を舞上げながら爆走する馬車の中で私は散々にシェイクされながら、今後の大まかなプランを立てた。


 因みにこの時、私はランチを食べ損ねたお陰で再びそれと対面せずに済んだことを神とメイド達に、えずきながら感謝した。


 で、話を戻すとこれから私がすべきことはまず、急いで王都へと戻り、レオニー救出作戦の準備をすることだ。


 具体的には情報収集、装備品、資金、人員の手配等だ。


 勿論、時間が惜しいので先に早馬でそれらを準備しておくように手紙は出してある。


 だから私は王都で素早く必要な物資を受け取った後、サポートの人員と合流し、素早くレオニーが囚われている街へ向かうことになる。


 そして、その後は現地で彼女の居所を探り、救出するという流れだ。


 ただ、残念ながら情報が殆どない為、今は具体的な作戦が立てられないから、ほぼ出たとこ勝負になると思われる。


 正直、悪の巣窟と化した街へ少人数で乗り込むなど正気の沙汰ではないのは分かっている。


 しかし、自分の所為で捕まった部下をそのまま忘れることが出来るほど、私は面の皮が厚くはない。


 だがまあ、そうは言っても結局は自分の心の安寧の為なのだから、きっと私はロクな人間ではないのだろうな。


 自分の所為で部下を大変な目に合わせてしまった、最悪死なせてしまった、という罪悪感から逃れたいだけなのだから……。


 などと暗い気分のまま考え込んでいるうちに、私を乗せた馬車が約二週間ぶりのトゥリアーノン宮殿の裏口に滑り込んだ。


 もう、着いたのか……さて、落ち込んでいる暇ない。


 準備を急ごうか!


 そう言って馬車を飛び出した私がまず最初に向かったのは……。


 


「いいですの?このお金は民の血と汗の結晶、必ずお返し下さいましね?」


 準備された10億ランス分の金貨を背にメイドクィーンこと、すっかり金庫番と化したエリザが腕組みしながら真剣な顔でそう言った。


 そう、最初に訪れたのはエリザのオフィス。

 

 因みに何故わざわざエリザに頼んで金を持ち出すのかと言えば、実は父上に預けていた私の個人資産の殆どを緊急対策本部(仮)の当座の資金として差し出してしまっていたからだ。


 つまり、今の私は手持ちの資金がない為、現在進行形でその資金を何故か管理・運用している彼女にレオニー救出作戦の予算を用立てて貰いにきたのだ。


 しかし、折角準備してもらってアレなのだが、今回の作戦は私とサポート役の局員の二名だけなので、とてもではないが大量の金貨は重過ぎて運べない。


 エリザに頼んでこの金を為替手形等の書類にしてもらわないとな。


 非常に言いづらいのだが……。


「了解だエリザ、肝に銘じるよ……でもこのお金って、元本は賄賂や悪徳貴族から没収した私のお金だし、更に言えばそれを君がマネーゲームで数十倍に増やした泡銭じゃ……ひぃ!」


「あら?何かおっしゃいまして?」


 私がボソッ呟いたのをしっかり拾ったエリザはキッ!と目を吊り上げ、威圧してきた。


 怖っ!


 なんか貫禄あり過ぎでしょ!?


「もう!ビッグディール(大きな取引)の最中で一ランスでも多くキャッシュが必要な時ですのに……」


 それからエリザは当て付けがましくそう言った。


「すみません……」


 ……って、これは私が悪いのか?


「何か?」


 私の心の声を見透かしたかのように、彼女はそう言ってギロリと睨んできた。


「いいえ、何も……」


「宜しい」


 と、ここで私はふとある疑問が浮かんだ。


「それにしてもエリザ、何故君はここまでしてお金を増やしたいの?自分のものになる訳でもないのに」


「え?理由ですの?それは……」


 私がそう問うとエリザは一瞬キョトンとした。


「それは?」


 そして、私が先を促すと彼女は俯き、


「忙しく働いていれば辛い過去から目を背けられますし……」


 少し暗い声で言った。


 あ、これ聞いちゃダメなやつだ……。


「エリザ、ごめ……」


 と私は直ぐに謝ろうとしたのだが。


「それにアタクシ決めたんですの!……アタクシをこんな目に合わせた……腐ったこの世界を買い叩くと!」


 次の瞬間、エリザは闘志をたぎらせた目で力強く言い放った。


「そ、そうなんだ……頑張ってね……」


 どうやら彼女は悲劇のヒロインなどという可愛いものではなく、復讐に燃える真性のハゲタカらしい。


 うむー……もしかして私はとんでもない化け物を作ってしまったのではないか?


 と、私が自問自答していると、そこでエリザが鋭く叫んだ。


「ピエール!」


 ん?今度はピエール?


「はい!クィーン!」


 彼は憐れな子羊のように怯えながら、直立不動の姿勢になって返事をした。


 そんな彼をエリザは叱責する。


「ピエールさん!この間のデューデリの失敗に続き、先日のバルクセールで買った一等地に建つビルの差し押さえに失敗するなんて、一体どういうことですの!?」


 ※バルクセールとは、不良債権の処理方法の1つで、大量の債権や担保不動産を、まとめて投資ファンドなどの第三者に売却することをいい、回収の可能性や売却出来る可能性が低い債権や不動産を、採算性の高いものと抱き合わせて売買すること。


 すると、叱責されたピエールは必死に弁明を始めた。


「も、申し訳ありません!実はあのビル、新興の巨大犯罪組織『金獅子組』系の店の担保だったんですよ」


「だからなんだと言うのですか!?あの方の……いえ、国益の為です!多少強引でもいいからそんな連中、国家権力を使って追い払いなさい!」


 しかし、それを聞いたエリザは激昂し、そう言い放った。


「絶対無理ですよ!連中……特にボスのレ……じゃなかった、エルツー様にはあらゆる意味で逆らえませんよ!」


 だが、ピエールは頑として譲らない。


「もう!それをなんとかするのが貴方の仕事でしょうに……ピエールさん!そんなことでは立派なファンドマネージャーにはなれませんわよ?」


「え!?いや、僕はファンドマネージャーになりたい訳では……」


 と、エリザはここで差し押さえを諦め、代案を考え始めた。


「おっと、今はそんなことよりも……くっ、折角良い額の不動産物件だと思いましたのに!……この分だと他の物件や債権も……はぁ、これではキャッシュが足りませんわ……何か、何か良い方法はないかしら?」


 と考え込む彼女に対し、私は時間がないので、やむを得ず機嫌の悪そうな彼女に話しかける。


「あ、あのー、ねえエリザ?用意して貰った10億なんだけど……金貨だと重過ぎて運べないから為替手形(書類一枚)にしてくれないかな?」


 すると、


「ああん?」


 案の定、威嚇されました……。


「ひぃ!」


「時間もキャッシュも少ない中で準備して差し上げたのに!それを今から為替手形にしろですって!?」


「す、すみません……」


 と私が威嚇に屈し、更に萎縮した、その時。


「全く、こんな時に……ん?手形?お金を書類に?……は!そうですわ!」


 エリザが何か閃いたようだ。


「?」


「証券化してから世界にばら撒いてしまえばいいんですわ!」


 え?何?証券化?世界?


「バルクセールで買った微妙な債権や不動産に加え、返済出来るか微妙なラインの債権を証券化。その上で纏めてパッケージングして金融のプロでも中身がよく分からなくして世界中にばら撒けば……かなりのキャッシュが手に入るのではなくて!?」


「ん?」


 何やら不穏な言葉が聞こえたような?


「更にその副作用としてランスではちょっとした土地バブルが起こって景気も良くなりますし……」


 信用度の低い人達の債権を証券化した上、それを組み合わせた詐欺紛いの金融商品を世界中にばら撒く?


 それに加えて土地バブル?

 

 いや、それって……もしかしなくてもサブプライムローン問題的な奴では?


 ちょっと……それかなりまずいよね!?


「よし!決まりですわ!」


 話を聞いた私が焦っていると、隣ではエリザが満足げな顔で豊かな胸を張り、高らかにそう宣言した。


「決めちゃダメー!あらゆる意味で先進的過ぎるから!」


 エリザ!頼むから三百年も早くリーマンショック起こさないでくれ!


 


 その後、私から父上と宰相閣下に頼んで資金を融通してもらうことを条件に、何とか頭のおかしい金融屋を大人しくさせることに成功した。


 ついでに為替手形を出して貰い、私はクタクタになりながらオフィスを後にしたのだった。


 それから私は二週間ぶりに帰った私室で息つく暇もなく急いで旅装を整え、今回のミッションでサポートについてくれるという局員と合流すべく部屋を飛び出した。


 情報局からの書類ではその人物は裏門で待っているらしいのだが……一体誰がいるのだろうか?


 出来れば顔馴染みで、尚且つ腕利きだと色々やりやすくて助かるのだが……いや、流石にそれは贅沢か。


 と思ったその時、脳裏にレオニーの顔が浮かんでズキリと心が痛み、続いて後悔の念に苛まれそうになるが、無理矢理それを抑え込んだ。


 ……今はその時ではない、後悔より先にサポート役と合流せねばな。


 私は無理矢理考えを切り替えて早足で歩き始めた。


 そして、少しして裏門が見えてきたところで見慣れたシルエットが目に入った。


「ん?あれは……」


 するとその直後、私を見つけたその人物はこちらから声を掛けるよりも早く、ブンブンと手を振りながら無邪気に叫んだ。


「あぁ!殿下かぁ〜、お久しぶりなのですぅ〜」


 わざわざ目立たない服装で秘密裏に動いている私に向かって白昼堂々『殿下』と周囲に聞こえる声で叫んだのは、ねむそうな目をした牛型メイドだった。

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