第239話「シャケ、無駄に覚悟を決める」

「なんだ、もう仕事が終わったのか、流石はレオニーだな!」


 そう決めつけて私が顔を緩ませると、伝令は暗い顔で言いました。


「……行方不明なのです」


「……え?」

 

 ん?あれ?おかしいな。


 今、行方不明って言わなかったか?


 いや、そんな筈ないか。


「すまない、聞き間違えたようだ。もう一度言ってくれないか?」


 そうだ、聞き間違いに決まって……。


「はい、現在情報局副局長レオニー=レオンハートの所在は不明です」


 しかし、伝令はしかつめらしい顔でそう告げた。


「なん……だと?」


 あのレオニーが行方不明!?


「どういうことだ!詳細を!」


 私は少し感情的になって叫びました。


「と言っても拗ねているだけですから、そのうち寂しくなって帰って来ると……ひっ!……はい、えーと、分かっている限りでは……」


「早く!」


 私は思わず伝令に詰め寄って胸ぐらを掴み、先を促しました。


「は、はい!え、えーと経緯と致しましては、まずレオニー様は殿下のご指示で任務を中断し、王都へ帰還をすべく移動を開始ました」


「うん」


 そうだ、私は秘書的な人材が欲しくて少し強引に現場からレオニーを呼び戻そうとしたんだ。


「次にその途中、帰還の指示が取り消された為、泣きながら再び任務へ戻りました」


 これは単純にエリザを雇ったからレオニーが手元に必要なくなったというだけでなく、今やシュバリエ(騎士爵)であり、情報局の副局長である彼女の手柄を立てる機会を奪っては申し訳ないと思ったからだ。


 …… ん?今、泣きながらって聞こえたような?……いや、聞き間違えか。


「むふむふ、因みに彼女の任務は何だったのかな?」


「はい、国内最大のマフィアのボス、通称『ブラックタイガー』の暗殺です」


 私が問うと、伝令役の暗部員は至極真面目な顔で答えました。


「え?何だって?」


 私は再び自分の耳を疑い、鈍感系のラブコメ主人公のように聞き返しました。


 あんまりこればかりやってると、そろそろ耳鼻科か脳外科に行けと言われそう……。


 でも今ブラックタイガーって聞こえたんだもん!


 おかしいでしょう!?


「はい、『ブラックタイガー』です」


「合ってたのか……それにしても何でブラックタイガーなんだよ!そいつエビが好物なのか!?」


 ブラックタイガーって確かウシエビのことだよな!?


 ウシ……リゼットの海の親戚かな?ではなくて!


 何故エビなんだ!?


 そんなに好きなのか!


 あ、いや、この世界ではその名前の品種はいないから、普通に厨二病を拗らせただけなのか?


 うーん、地球から来た身としては何とも複雑な気分だ……。


「そ、それで?」


 取り敢えずしょうもない葛藤を押さえつけ、私は先を促しました。


「レオニー様は現場へと戻り、ミッションを完遂してからアジトへ帰還し、酒浸り……いえ、休養を取られました。因みに翌日、ブラックタイガーは屋敷で活け造りにされた状態で発見されました」


「いや、あのサイズのエビで活け造りは無理だろー、やっぱりエビ天かエビフライが…………って、活け造り!?どういうこと!?」


「詳しく知りたいですか?」


 死んだ目をしながら伝令は答えました。


「……いや、いい」


 細かく描写したらこの話がZ指定になりそうだしな……。


「そ、それから?」


 まあ、エビではライオンには勝てないよな……。


 ブラックタイガーの養殖用生け簀の淵に佇む雌ライオン……シュール過ぎる……。


「その後レオニー様は飲んだくれて……いえ、休養していたアジトから追い出され……でもなくて姿を消しました」


「……理由は?」


 姿を消した?何故だ?何があった?


「え、えーと失恋と反抗期……じゃなかった、不明です!」


 何故か伝令は慌ててそう言いました。


「そうか、分からないか……では可能性として有力なのは?」


「えー、あの、そのー……何と言いますかー……取り敢えずターゲットがいた街の中にはいる筈で……」


「街の何処かにいる?……それはまさか!」


 私はその言葉を聞いてレオニーの状態を察し、背筋に冷たいものが走りました。


「はい、家出……」


「敵に捕まったのか!?やはり、エビの手下が報復に!?」


「いえ、それは違……」


「なんてことだ!あのレオニーが捕まるなど……よほどの手練れが敵にいたか、油断したのか……まさか手柄を焦ったか?……どちらにせよ、私の所為だ」


 確かにそういうことがあって当たり前の仕事ではあるが、私が中途半端に指示を出して彼女の行動を遅らせた結果、敵の体制が整い報復にあった可能性が高い……。


 なんてことだ……すまないレオニー。


「殿下、だから違いま……」


「手掛かりは?捜索は!?」


 私は思わず声を荒げ、更に詰め寄り襟を掴んでいる手に力を込めました。


「ぐ、あ……それが……現在、街に手が出せない状況……でして……」


 私の問いに伝令は苦しそうに答えました。


「手が出せないだと?どういう意味だ!?」


「我々、情報局員では説得……じゃなくて救出は不可能なの……です……あの、殿下……物理的に苦しいです……」


「ふざけるな!憲兵でも戦闘部隊でもいいから直ぐに出せ!私の名前を出してもいい!」


 私は感情を抑えきれずに叫びました。


「残念ながら、それも無理かと……」


「何故だ?政治的な問題か?」


 どういう意味だ?実力行使が出来ないだと?


「実は今あの街を支配しているのはブラックタイガーの後に出て来た新しいボスなのですが……」


「新しいボス?」


「その人物はマフィアの残党をまとめ上げ、あっという間に組織を立て直し、ランスの裏社会の支配者となりました。その力は絶大で政界、財界、軍、警察組織、そして我が情報局にまで及んでおりまして……」


 おいおい、なんだそいつヤバ過ぎだろう!


 南米の麻薬カルテル並みだぞ!


「そいつの名は?まさかイセエビとかダイオウイカじゃないだろうな?」


「イセエビ?いえ、その名はレ……コホン、その人物はL.L(エルツー)と名乗っているそうです」


「エルツー?」


 プルプル言う強化人間のクローンか?それとも復活したル◯ーシュか?


 そいつもきっと厨二病だな。


「レオニーはそいつに捕まっているのか?」


「えー、捕まっているというかー、グレているだけというか……何というか……」


 私の問いに伝令の答えは何故か非常に歯切れが悪い。


 それほどヤバい奴なのか……。


「君、何とか彼女を救出する方法はないのか」


 だが、諦める訳にはいかない。


 レオニーは私にとってただの部下ではないのだから。


「救出……でございますか。ハッキリ申し上げますが、我々ではグレた雌ライオンを連れ戻すのは難しく、それどころか二次災害の恐れが……残念ながら今は静観がベストかと思われます」


「何!?」


「ひっ!た、ただ強いて申し上げるのならば……唯一の方法は殿下、貴方様が直接出向かれれば可能性はあるかと……それでも拗ねてるので直ぐには難しいでしょうが……」


「私が?直接出向く?戦闘もロクに出来ない私が?」


 どういうことだ?


 普通に考えれば私など何の役にも立たない、ということは……これは暗部からの抗議か。


 安易にレオニーに命令を出して危険に晒し、彼女が捕まってしまった責任を取れ、と。


 お前の所為で俺たちのボスが捕まったのだから、体を張れ、と。


 確かに私の指示の所為で彼女が捕まり……最悪、命を落としている可能性があるとすれば彼らの怒りは分かる。


 他の問題もあるし時間はないが指示を出した人間として、ここは責任をとるべきだろう。


 正直言って何か出来るとは思わないが、やるだけやってみよう。


 そして、覚悟を決めた私は言いました。


「分かった、私が行く」


「殿下!なりません!(命とか貞操とか)色々と危険です!」


 伝令は立場上仕方なく私を止めようと言いました。


 すまんな。


「止めてくれるな、もう決めたことだ。それにこの件は私の所為なのだから責任を取るのは当然だろう?」


「う……た、確かに(雌ライオンを勘違いさせていじけさせた、という)責任の一端はあるかもしれませんが、多分そのうち寂しくなって勝手に帰って来ますから大丈夫……」


「君、気休めはいいよ……では時間が惜しい、王都へ戻るぞ!軍曹!馬車を回せ!」


「はは!」


 私が鋭く命じると私服姿の近衛軍曹が背筋を伸ばしてパシッと敬礼し、周囲の目を集めた。


「殿下……どうかお待ちを!」


 横では私の身を案じた伝令が何か言っているが、もう歩みを止める気はない。


 本当は彼も私を糾弾したいだろうに、すまんな。


「安心しろ、どんな手を使っても必ずレオニーを取り戻してやるからな」


 例え物言わぬ骸になっていようとも……。


 そして私は伝令にそう言ってから馬車に乗り込み、王都へ向け出発したのだった。


「殿下!だから違うのです!どうか話を……話を聞いて下さーい!」

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