第234話「豊胸戦記16」

 私は総司令官として戦後処理に伴う指示出しや書類の決済を慌しく済ませてから、バイエルライン隣国の外交官達と会うことになりました。


 因みに場所は敢えて半壊したノイシュバーン城の会議室を選びました。


 これは勿論、弱ったバイエルラインの土地を狙う愚か者達に対して、私を怒らせた者の末路を見せ付ける為です。


 外交官たる者、このぐらいのメッセージには気付く筈。


 そして準備が整った後、ヒビの入った壁やガラスの割れた大窓が痛々しい会議室で、私とバイエルライン周辺国の外交官五人との話し合いが始まりました。


 当然、平和主義者の私は話し合いが穏便に済むことを願っていたのですが……。


 残念ながらそうは成りませんでしたので、予定通りこちらの強さを見せ付ける展開になってしまいました。


 ああ、本当に残念でなりません……ほ、本当ですよ!?


 因みに流れはこんな感じです。


 まず、開口一番、自分達の方が立場が強いと勘違いしている憐れな中年男達の一人がわざと深刻そうな顔で発言しました。


「ランス軍総司令官セシル殿、我々ジャーマニア諸国連合は今回のランス王国によるバイエルライン侵攻という暴挙に対して、重大な懸念を抱いております」


 因みに勘違いの原因は、彼らは私の軍が連戦と占領地の統治で疲弊しており、こちらがこれ以上の継戦は避けたいと思っている筈、という思い込みです。


 皆んな元気いっぱいなんですけどねー。


「ほう……重大な懸念、それに暴挙とは聞き捨てなりませんね。皆さんは事の経緯をご存知の筈では?」


 まあ、当然知っていて言ってるのでしょうけど。


「ええ、勿論存じておりますとも。原因はバイエルラインの第二王子が貴方とマクシミリアン王子を侮辱したこと、つまり過失はバイエルライン側にあります。……ですが、ランスは少々やり過ぎではありませんか?」


「さあ、どうでしょうか」


 私がすっとぼけると、


「我々周辺国への事前連絡も無しに突然バイエルラインに攻め込み、そのままの勢いで王都を陥落せしめ、その上、国王陛下を捕虜にしてしまったのですよ!?」


 連中を代表して喋っているその男は非難がましく言いました。


 しかし、私はそれに取り合うつもりはありません。


「何か問題でも?やり過ぎかどうかを決めるのは貴方達ではなく、実際に名誉を傷付けられた私とマクシミリアン殿下ですから、部外者は口出し無用です」


「くっ!……いや、しかしですね……」


 私が澄ました顔でそう返すと、男は顔を引き攣らせました。


 全く……温室育ちのか弱い公爵令嬢なら直ぐに非を認めるとでも思っていたのでしょうかね、この連中は。


 はぁ、時間が勿体ないですし、話を先に進めるとしますか。


「はぁ、私には貴方達が何を言いたいのか、まるで分かりません。……皆さん、回りくどい話はやめませんか?時間の無駄ですし」


「……いいでしょう。確かに仰る通り、時間が勿体ないですからね」


 私がそう提案すると、今まで辛うじて笑みを浮かべていた外交官達は真顔になりました。


 これでサクサク話が進みそうです。


「では単刀直入に聞きます。貴方達の考えと要求は?」


「それではハッキリと申し上げましょう。我々の考えとしては、如何なる理由があろうとも、ランスという余所者にこのジャーマニア地方に干渉して欲しく無いのです」


「ふむふむ」


「ですから我々の提案としては、ランス軍の即時撤退及び、捕虜となっているバイエルライン王族と貴族達全員の解放です。貴方はバイエルラインを打ちのめし、名誉を取り戻した訳ですから、もう十分でしょう。早々に国にお帰り下さい」


「……」


「しかし、手ぶらで帰っては貴方も部下達に示しがつかないでしょう。ですので、先程の話に加えて元々バイエルラインとランスで係争中の地、アルザレーヌ地方の領有権を認めます」


 男は口調こそ丁寧ですが、明らかにこちらを下に見た感じです。


「……なるほど、領有権を巡って争っている地の所有を認めてやるから、今すぐ我々にこの国から出て行け、と?」


 舐められたものです。


「ふん、有り体に言えばそうですな」


 私がそう問うと、男は口元を歪ませながら平然と言いました。


「なるほど……その後、我々がバイエルラインから去ったら、この国の領土や利権を貴方達が得る、と?」


「ふ……それは貴方には関係のないことです。兎に角、この国の未来は我々ジャーマニア諸国に任せてランスは早々にお引き取りを」


「断れば?」


 答えは分かっていますが、一応最終確認です。


「この提案を断れば我々、ジャーマニア諸国連合軍十万を相手にすることになります」


 ニヤリと外交官達は笑いました。


 ふむ、彼らはきっとこう思っている筈です。


 ランス軍は圧倒的な強さで連戦連勝だったが流石に疲弊し、総勢十万を超える自分たちと戦う余力はなく、万が一本当に戦争になっても余裕で勝てるだろう、と。


 そして、御輿として担がれただけの世間知らずな公爵令嬢など、百戦錬磨の外交官である自分達からすれば赤子同然である、と。


 つまり数で劣り、しかも疲れ切ったお前に選択肢は無かろう?と。


「なるほど、なるほど……皆さんのお考えはよく分かりました」


 まあ、確かに普通の遠征軍ならそうでしょうから、彼らがそう思うのも無理はないですが……。


 ふふ、ですが残念でした♪


 私の軍は特別製、普通ではないのですよ〜。


 私は次の瞬間、上品な公爵令嬢スマイルをやめて、ニターっと黒い笑みを浮かべて連中に答えました。


「よろしい、ならば戦争です」


「「「………………は?」」」


 私が素直に要求を受け入れると思っていた外交官連中は予想外の返事にフリーズしてしまいました。


 そんな彼らを他所に、私は優雅に席から立ち上がると、そのままバルコニーへと続く大窓まで歩き、両手でそれを開け放ちました。


 すると、眼下に見えたのは……。


「「「あ、あれは!?」」」


 広場を埋め尽くす五万の軍勢と、それを見に来た大勢の群衆でした。


「「「……(この娘、一体、何をする気なのだ!?)」」」


 私の後ろでは愚かな外交官達が息をのんでいます。


 さあ、お楽しみはこれからです!


 見せてあげましょう!


 我が軍の将兵達が美少女騎士の演説に感動し、迫り来る悪党を追い払う為に闘志をたぎらせる瞬間を!


 バルコニーに立った私はゆっくりと五万の軍勢を睥睨した後、マルセルが用意してくれたカンペをこっそり見ながら演説を始めました。


 えーと!出だしは……。


「皆さん、私は戦争が好きです!」


 ん?あれ?何だかいきなり凄いセリフですね。


「「「!?」」」


 下では兵士の皆さんがびっくりしています。


 というか私もびっくりです……。


 でも、マルセルが用意してくれた原稿でしすし、最後はきっといい感じになる筈ですから、取り敢えず続けましょう。


「皆さん、私は戦争が好きです!


 皆さん、私は戦争が大好きです!!」


 勿論、リアン様の次にですけどね!えへへ。


「殲滅戦が好きです。


 打撃戦が好きです。


 防衛戦が好きです。


 包囲戦が好きです。


 突破戦が好きです。


 退却戦が好きです。


 掃討戦が好きです。


 撤退戦が好きです。


 平原で、街道で、塹壕で、草原で、凍土で、砂漠で、海上で、泥中で、湿原で……この地上で行われる、ありとあらゆる戦争行動が大好きです!


 戦列をならべた砲兵の一斉発射が轟音と共に敵陣を吹き飛ばすのが好きです。


 槍先をそろえた歩兵の横隊が敵の戦列を蹂躙するのが好きです。


 恐慌状態の新兵が既に息絶えた敵兵を何度も何度も刺突している様など感動すら覚えます。


 敗北主義の逃亡兵達を家々の軒先に吊るし上げていく様などはもうたまりません。


 泣き叫ぶ捕虜達が私の振り下ろした手の平とともに薙ぎ倒されるのも最高です!」


 いや、流石の私でも新兵が狂ったり、捕虜を虐待する場面は好きではないのですが……?


 うーん、何だか雲行きが怪しい気が……でもここでやめる訳にも行きませんし、話を続けないと……。


「哀れな抵抗者達を榴弾砲で城ごと木端微塵に粉砕した時など絶頂すら覚えます!」


 まあ、確かにこの城を蜂の巣した時はテンション上がりましたね。


「皆さん、私は戦争を……それも地獄の様な戦争を望んでいます!


 皆さん、私に付き従う戦友の皆さん!


 貴方達は一体何を望んでいますか?


 更なる戦争を望みますか?

 

 情け容赦のない地獄の様な戦争を望みますか!?」


「「「クリーク!(戦争!)クリーク!(戦争!)クリーク!(戦争!)」」」


 下にいる兵士の皆さん、何故かめっちゃ盛り上がってます。

            

「よろしい、ならば戦争です!


 我々は満身の力をこめて今まさに振り降ろさんとする握り拳です!


 ですが、我々にただの戦争では最早足りません!!


 大戦争を!!


 一心不乱の大戦争を!!


 我ら総力5万と1人の軍団で、このバイエルラインの土地を狙う愚かな輩を地獄へと追い落とし、その後連中を国ごと根絶やしにしてやりましょう!

 

 連中を跨る馬から髪の毛をつかんで引きずり降ろし、思い知らせてやりましょう!

 

 連中に恐怖の味を思い知らせてやりましょう!


 天と地のはざまには彼らの哲学では思いもよらない事があることを教えてやましょう!


 さあ、私達五万の戦友で世界を燃やし尽くしてやりましょう!」


 私はそこで持っていた剣を抜き放ち、血のように赤い夕日を纏った刀身を頭上に掲げました。


「「「うおおおおおお!公爵令嬢!公爵令嬢殿!総司令官!総司令官殿!」」」


 すると下の広場から地響きのような大歓声が上がり、盛り上がりは最高潮に達しました。


 これはやはり、バイエルラインが昔から争いが多い土地柄で、その民は戦闘民族的な部分があり、本能的に強い者に従いたがるという部分があるからでしょうね。


「皆さん!共に地獄を作りましょう!」


「「「うおおおお!セシル様万歳ー!」」」


 そして演説を締め括り、目を血走らせて熱狂している兵士の皆さんを見ながら私が思うのは……。


 うーん、大いに盛り上がったのは良いのですが……なんだか思っていたのと少し……いえ、かなり違うような?


 これではまるで、どこかの『少佐』と『ミレニアムな方々』みたいですし……。


 おかしいですね、確かマルセルには『淑やかな私のイメージにピッタリな原稿を』とお願いした筈なのですが……?


 そう思ってチラリと側に控えるマルセルの方を見てみると……。


「ああ!ナディア様!素敵でございます!ハァハァ……じゅるり」


 そこには顔を上気させ、荒い息遣いのメイド長がいました。


「ええ!?」


 彼女は普段のクールな姿からは想像もつかないような、だらしなく緩んだ表情でこちらを見ています。


 しかも目がヤバい感じがします。


 なんか怖い……。


 た、多分、彼女はお母様そっくりな私にそれっぽいセリフを言わせ、その姿を重ねてハァハァしているのではないでしょうか?


 ああ、なんてこと……私と同じ数少ない常識人だと思っていたのに……マルセル、残念です。


 今後は彼女との距離感を考えないと色々怖いです……。


 ……おっと、今はそれより外交官連中を黙らせるのが先でしたね。


 私はここで漸く当初の目的を思い出し、後ろを振り返りました。


 すると連中は既に黙り、部屋の片隅で一塊になり、情けなくガタガタと震えていました。


「全く、あれぐらいで腰が抜けるとは……ジャーマニア諸国の外交官も案外大したことないですねー」


 私は呆れ顔でそう吐き捨ててから室内へ戻り、直後にドカッっと軽く百キロ以上はありそうな大型の机を連中の方へ蹴り飛ばしました。


「「「ぐわぁ!」」」


 机は気持ちよく飛んでいき、連中を巻き込んで盛大にひっくり返りました。


 それから私はわざとらしく残忍な笑みを浮かべ、怯える彼らに告げました。


「さあ、戦争をしましょうか!」


「「「ひぃ!?」」」


 おっさん達、ちびりました。

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