第235話「豊胸戦記17」
部屋に戻った私は無駄に重厚な会議机を蹴り飛ばし、連中を薙ぎ倒してストライクを決めた後、美しくも残忍な笑みを浮かべながら告げました。
「さあ、戦争をしましょうか」
「「「ひぃ!?」」」
その瞬間、おっさん達はちびりました。
全く、いい年してこの程度でちびるとは情けない連中です。
まあ、怯えてくれた方が私にとっては都合がいいので寧ろ有難い話ではありますけどね。
さてと、それではトドメと行きましょうか。
「皆さん」
「「「はひっ!?」」」
私が笑顔のまま声を掛けると、アンモニア臭いおじさん達は心底ビビりながら返事をしました。
「これで我が軍の精強さをよーくお分かり頂けたと思います……ですので次はもう一つのリクエストにお答えします♪」
「「「つ、次?リクエスト??」」」
「あら?もしかしてお忘れですか?先程皆さんが仰っていたバイエルライン王族の方々の処遇についてですよ」
「はっ!?ま、まさか既に処刑を!?」
私がそう言うと、おじさんの一人が焦り顔で叫びました。
それに対して私はわざとらしく心外だ、という顔をしながら答えます。
「いえいえ、とんでもない。敵国とは言え王族を『自らの手で』裁くなど畏れ多いです」
ええ、民を食い物にするダニ共の為に自分の手を汚すなんてごめんですから。
「左様で……それは良かった」
「「「ホッ……」」」
私の言葉を、言葉通りに受け取り、バイエルライン王族が全員無事であると思い込んだ連中は、ひと安心という顔になりました。
「ご安心頂けて嬉しいです♪」
私も笑顔でそれに答えます。
本当に、とことんおめでたい連中です。
それから連中の一人が私に問うてきました。
「それで王族の皆様どちらに?」
さて、そろそろ連中の幻想をぶち壊してやりますか。
「王族の皆さんは全員、街の広場におられますよ」
「なるほど、街の広場に……は?ひ、広場に?ま、まさか!?」
連中はここで漸く私の言葉の意味を理解したようです。
「ご安心を。首を跳ねたり吊るしたりした訳ではありません。ただ、私は皆さんをその場にお連れしただけで、本当に何もしておりませんし」
当然、警備も。
「え?何も……してない?……はっ!」
連中は一瞬不思議そうな顔をした後、真っ青になりました。
「ええ、ご想像の通りかと。今頃王族の皆さんは民による裁きを受けているかと」
「な、何ということを!」
「何が悪いと言うのです?私は彼らを広場に放置しただけですし、見張りの兵も下がらせました。何もしてないでしょう
?」
「ですがそれでは……」
「何を心配することがあるのです?民を『慈しんできた』バイエルライン王は今頃民衆に温かく迎えられ、手厚くもてなされているのでは?」
「え?あ、いや、その……」
そう、ここでもし、このままでは王が怒り狂った民に八つ裂きにされてしまう!と言ってしまえば、それは即ちバイエルライン王の治世を否定することになってしまいますからねー。
それは言えませんよね。
さて、もう少し虐めてやりますかね。
「あー、でも政というのはとても難しいもの。どんなに善政を敷いても全員を幸せにすることは出来ませんから、もしかしたら、極々一部の不満を持った方々に何かされているかもしれませんねぇー?」
「た、確かにその通りです!直ぐに助けを!」
「ごめんなさいね、生憎我が軍の兵士は、戦争が終わってからやって来て美味しいところだけを掻っ攫おうとする狡猾で強欲で醜悪な皆さんの母国に備えることに手一杯で、一兵も動かせる者がおりませんの」
「うっ……し、しかし!既に捕虜となり、無抵抗の王族を大衆の中に放置して見殺しにするのは貴国の品位が問われるのでは!?」
「見殺し?品位?余計なお世話ですよ。特に品位については、火事場泥棒同然の貴方達だけには言われたくありません。ですがまあ、皆さんがそこまで言うのなら……」
「「「?」」」
続いて私は不思議そうな顔をする連中に笑顔で提案しました。
「今から広場まで皆さんをお送りしますから『ご自身』で彼らを救出されては?勿論、群衆に皆様の地位とお考えをきちんと紹介させて頂きますから♪」
「「「そんな……」」」
「では直ぐに広場へ皆さんを送らせて頂き……」
「「「……結構です」」」
連中、遂に抵抗を諦めました。
「そうですか、ではこれで問題は片付きましたね……では改めてお伺いしましょうか」
「「「!?」」」
「皆さんのお考えを」
私は再び不敵な笑みを浮かべながら言いました。
「「「ひ、ひぃ!」」」
すると連中は即座に後退り、壁に張り付きました。
「さあ!」
「「「うわああああ!」」」
そして、私が連中をどのように料理してやろうかと考えながら、更に一歩踏み出したところで、
「失礼致します……あ、あの……セシルお嬢様……」
不意に背後から声を掛けられました。
私はアンモニアおじさん達を嬲るのを一旦中断して後ろを振り返りました。
「あら?マルセル?」
するとそこには常識人から変態へとクラスチェンジしたばかりのマルセルが立っていました。
彼女は水の入った盃が乗ったお盆を大事そうに両手で持っています。
ん?水……?ああ!なるほど!
流石はメイド長、私が長い演説で喉が渇いることを察して水を持ってきてくれたんですね!
「ありがとうマルセル、頂きますね!」
演説の原稿は兎も角、私は彼女の心遣いに感謝しながら無造作に盃をお盆から取り、
「あっ!お、お嬢様お待ちを!それは……」
一気に水を飲み干しました。
澄んだ冷たいその水はとても爽やかで、身体……特に胸のあたりに染み渡るような感じでした。
「ふぅ、とっても美味しいお水でした!」
それから私は気分良く彼女にお礼を言ったのですが、
「あ、あの……お嬢様、実は……ですね……」
返ってきたのは『どういたしまして』という言葉ではなく、歯切れの悪いそんなセリフでした。
あら?一体どうしたのでしょうか?
それによく見ると何だか顔色が悪い上、何故か動揺しているようにも見えます。
本当にどうしたのでしょうか?
実は体調が優れないとか?
「実は?」
私は心配しながら先を促しました。
問われたマルセルは顔を引き攣らせながら冷や汗をダラダラと流し、視線をあちこち彷徨わせながら言いました。
「実は……例の泉を発見したのですが……」
それを聞いた瞬間、私は嬉しさで顔をパァっと明るくして叫びました。
「おお!流石はマルセル!変態でもやはり頼りになるのはベテランメイド長ですね!」
何だ!それならそうと早く言ってくれればいいのに!
つまり、マルセルが暗い顔をして動揺していたのはサプライズ前のちょっとした演出ということですか。
もう、無理してそんなことしなくてもいのに、ふふ。
そして、これで遂に私はリアン様を……ぐふふ。
と、私は彼女の様子をそう解釈して勝手に温かい気持ちになり、ついでに明るい未来について思いを馳せていると……。
「……が、し、しかし………………さ、昨夜の、砲撃で……天井が、その……崩落してしまったようで……」
続いて飛び出した彼女の言葉で現実に引き戻されました。
「え?今、なんて……?」
何やら不穏な単語が聞こえたような……?
え?天井?崩落?
それってつまり……。
「その……泉が埋まってしまいました……」
マルセルが静かにそう告げました。
「………………は?」
私は一瞬その言葉を理解出来ませんでした。
いや、理解したくありませんでした。
だって、それではここまでやってきたことが全て無駄になった上、リアン様に可愛がって頂くという未来が露と消えてしまった、ということなのですから。
「い、泉が埋まった!?そ、そんな、ウソですよね!?……そ、それにほら!もし本当にそうだとしても水は湧き出しているのですから、また掘ればいいじゃないですか!ね?ね!?」
続いて私の口から出てきたのは辛い現実から逃れようと必死に足掻くそんなセリフ。
私は一縷の望みを掛け、蜘蛛の糸に縋るシロクマのような気持ちでそう言いました。
しかし……。
「勿論、掘削も試みたのですが……残念ながら崩落したと同時に水脈の流れも変わってしまったようで……今は一分に一滴程しか……」
と、マルセルは本当に申し訳なさそうな顔で答えました。
現実は……無常でした。
「あ、ああ……そんな……」
私はショックのあまり呆然としてしまいました。
しかし、そこで更にマルセルは言いました。
「ち、因みに……先程お嬢様が飲み干された水が……泉の残骸に溜まっていた……さ、最後の……水、でした……」
「……」
ああ、私、もうダメかも……。
「あ、あの、お嬢様?」
「……」
今までやって来たことが全て無駄だったなんて……。
「セシルお嬢様!?」
酷い、酷過ぎます……。
こんなの……こんなの!
そして、怒りや悲しみで胸がいっぱいになった私は……。
「……う」
「う?」
「嘘だああああああ!」
取り敢えず、どこかのナタがトレードマークの少女のように叫びました。
「う……うう、うわーん!」
それから私は使用人や外交官連中の前だということも憚らずに泣き出しました。
「お、お嬢様……」
「うう……ぐす、私……折角リアン様の為に頑張ったのに……大きくして魅力的な女性になって……いっぱい喜んで貰いたかったのに……すん……これ、じゃあ、私……嫌われて……ぐすん……捨てられちゃいます……一生懸命頑張ったのに……いっぱいいっぱい……大好きなあの人の為に頑張ったのに……」
私は両膝を床につき、両手で顔を押さえて情けなく泣き崩れました。
本当に悔しくて、悲しくて、辛くて……。
涙が止まりません。
「ぐす……リアン様に、また頭を撫でて欲しかったのに……抱きしめて欲しかったのに……すん、うう……もう、いやぁ……」
頭の中がぐちゃぐちゃになって、全部嫌になって、もう訳が分からなくなっていました。
でもそんな時、私はふと思いました。
私が物陰で泣いていると、必ず来てくれるあの人のことを。
必ずを私を見つけ、その温かい手で優しく頭を撫でてくれるあの人のことを。
そして……不思議と今ここで泣いている私の所にも来てくれそうな気がしました。
でも、分かっています。
そんなことはあり得ないということを。
ここはランスから遠く離れたバイエルラインの地であり、宮殿の庭ではないのですから……。
私がそう思って更に深い悲しみに襲われた、その時。
「セシル!」
聞き慣れた大好きな声が、愛おしいあの人の声が私の名前を呼んだのです。
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