第230話「酔っぱライオン①」

 これはセシロクマが制圧したバイエルラインにシャケが滞在しているのと同じ頃、ランス東部の某地方都市にある安酒場での話。


 その下町にある小汚く薄暗い店の中には無愛想な店主の他に、この店に全く似つかわしくないスーパーモデルのような美しい女の客が一人いるだけだった。


 そして、その美女は真昼間から酒を浴びるように飲んでいて、テーブルとその周辺には酒瓶が、それも度数が高いものばかりが大量に転がっていた。


 因みにこの地方都市、実はあまり……いや、かなり治安が悪く、その上先日国内最大のマフィアのボスが自宅で何者かに惨殺されたという話題で持ちきりだったりする。


 つまり、真昼間であろうが女性が一人で酒を飲んでいられるような街では絶対にないのだ。


 特にこんな店でそんな無謀なことをすれば、たちまちガラの悪い連中に絡まれて、ろくでもないことになってしまう……普通の美女ならば。


 ではそれを承知で何故彼女が店にいるのかというと……。


「ひっく……うぅ、殿下の……ばかぁ……ぐすん……どーせ私なんか都合のいい女……ひっく、でも、でもでも……好きなのぉ……ぐすん」


 その女性こそ、まさに話題のマフィアのボスをぶち殺したレオニー=レオンハート本人だからである。


 因みにこの店も暗部の息が掛かっていて、カウンターの中にいる初めて見る荒れたレオニーの姿にため息をつく初老の店主も元暗部だったりする。


 それでは何故、生真面目でシャケ命な彼女が仕事もせず、こんな場末の酒場で飲んだくれているのかと言うと……。


 時間を少し遡り、レオニーにシャケから「やっぱ君いらない、テヘッ!(≧∀≦)」というメッセージが届き、彼女が大粒の涙を流しながら盛大に凹みつつ、せめて仕事では役に立とうとマフィアの屋敷へ戻って大量の護衛を血祭りに上げてから顔面蒼白のボスと対峙したところから。




「や、やるじゃねえか……な、なあ、アンタ美人だし、いい腕だ……金はいくらでも出すから俺と組まねえか?」


 その時、大勢の部下を全員倒され、自室に追い詰められたマフィアのボスは顔を引き攣らせ、大量の汗をダラダラと流しながらテンプレートなセリフを吐いた。


「金?ふ、私のあの方への忠義は金で買える程安くはない」


 だが、ランス最強の殺し屋にしてシャケの忠実なる愛の僕であるエロい忍び装束姿のレオニーは、それを鼻で笑ったあとそう吐き捨てた。


「くっ、ダメか……金で靡かない程の忠義ってことは……まさか、お前は王家の隠密か?」


 懐柔が無理だと悟ったボスは、諦めた感じでそう聞いた。


「答える義理は無い」


 だが、レオニーは賊に答える必要はないと冷たくそう言った。


「てことは……お前は大方、あの無能を装った切れ者と噂の第一王子の手先ってとこか?」


「……ふ」


 ここでレオニーは、愛する主人を『切れ者』と褒められてちょっと嬉しくなり、ニヤけた顔をさりげなく手で隠した。


「……だとしたら、それに仕えるお前は憐れな奴だよ」


 だが、次の言葉でそのニヤけ顔は凍り付き、続いて凄まじい殺気を発した。


「は?殺すぞ?」


「ひっ!?」


 ボスは本能的に生命の危機を感じ、縮み上がった。


「おい、理由は?」


 そして、意外なことにレオニーはそのまま男を撫で斬りにはせず、その理由を問いただした。


「お、おう……見たところお前、第一王子に惚れてるんだろ?」


「な、何を!?」


「当たりか……だがな、お前は所詮、その第一王子の駒なんだよ、それもいらなくなったら躊躇なく捨てられる駒だ」


「うっ……(こ、心に重いものが……)」


 男の言葉によってレオニーの弱った心にダメージが入った。


 だが、更に言葉は続く。


「その王子が切れ者なら尚更だ。考えてもみろよ、甘い言葉を掛けるだけで最強の殺し屋と最高の美女を同時に手に入れられるんだぞ?こんなにお得なことはない。王子は間違いなくお前の殺しの腕と身体が目当てなんだよ。だから……」


「……だ、だから?」


「飽きられたら即座に捨てられちまう運命ってことさ……てか、こんなところ(ちょっとした要塞並みに頑丈な建物と大量のマフィアに守られた屋敷)に来させられてる時点で普通は死ねって言われてるのと同じだろ?」


 そして、ボスにそう言われた瞬間。


「うぐっ!……(た、確かにこの男の言う通り……いや!あの殿下がそんな筈は!……でも、いらないと言われたのは事実で……ま、まさか本当にここで死ねと?そ、そんな……いや、いやややややや!)」


 レオニーはメンタルに大ダメージを受けて混乱し、レイプ目のままブツブツと呟き始めた。


「ん?……お?動揺してる?まさか適当な時間稼ぎが上手くいった!?よし!今のうちに逃げ……」


 それを見ていたマフィアのボスはシメシメと、そんなレオニーの前からゆっくりと移動を始めたのだが。


「嘘だああああああ!」


 直後、半狂乱のレオニーが奇声を上げながら動いた。


「へ?ぐ、ぐわあああああ!」

 

 憐れなその男は巧みな?話術で相手の注意を逸らす作戦が上手くいき、これで逃げれると口元を緩ませたところで発狂したレオニーの奥義をまともにくらい、絶命したのだった。


 そして返り血で真っ赤に染まった彼女は部下達がドン引きするのにも構わず、血塗れレイプ目のまま事後処理やマフィアが仕切っていた娯楽産業の掌握を指示すると、ワンワン泣きながら一人夜の街へと消えたのだった。




 というのが、酔っぱライオン爆誕の経緯である。


 因みに夜通しヤケ酒を煽っていたレオニーに近付こうとする者は多かったが、結果は言うまでもなく全員病院送りになった。

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