第228話「豊胸戦記11」

 馬から突き落とされて地面に激突した上、ゴロゴロと激しく転がったにも関わらず、目の前の鎧男は元気に跳ね起きて言いました。


「やるな!流石は千枚通しの子孫だ!だが、勝負はここからだ!」


 そして、折れたランスを投げ捨てると腰の剣を抜いて構えました。


「はぁ、無駄にタフですね、この脳筋は……って言うか、私のご先祖様は千枚通しじゃなくて千人刺しです!」


 あと正確には、串刺しにした人数はリアン様(初代)のハートを含めて千人と一人ですから!


 ここ重要ですから!


 私もいつかご先祖様と同じ様にリアン様(当代)のハートを串刺しにしたいものです。


 そして、その後反対にリアン様に串刺し(意味深)にされたいものです、ぐふふ。


 おっと、今はそんなことよりも早く目の前のアホを片付けてライツィヒへ向かわないといけないのでした。


 時間が勿体ないですし、さっさと決着をつけるとしましょう。


 そう決めた私は馬から降りてランスを置き、ご先祖様から代々大切に受け継がれてきたミスリルの剣を抜き放って言いました。


「時間が惜しいです。さっさと掛かって来なさい」


「ぬ?そうか、では遠慮なく……おりゃー!」


 私がそういうと鎧男はすぐさま威勢よく斬り掛かってきました。


 鎧男が繰り出して来たその一撃の速さと威力はかなりのものでした。


 しかし。


「剣筋が分かりやす過ぎます」


 真正面からの単純過ぎる一撃を避けるの簡単です。


「ぬお!?……ぐぇ!」


 私が敢えて剣で受けずに避けた為、鎧男はバランスを崩して地面に倒れ込みました。


 ですが鎧男はすかさず立ち上がって叫びました。


「流石は千枚通し!やるな!」


「いえ、何もしてませんけど?」


 やはり、アホですね……。


「だが、勝負はこれからだ!とりゃー!」


 そして再び威勢よく斬り掛かって来て、


「だがら動きが単調で分かりやす過ぎなのですよ」


「ぐっ!」


 私が避けるとまた派手に転び地面を滑って行きました。


 しかし男は即座にまたまた起き上がり、元気よく叫んでめげずに突っ込んで来ました。


「く、やるな!だが、まだまだー!」


「……はぁ」


 一体何が彼にそこまでさせるのでしょうか?


 正直、非常に面倒くさいので力の差を見てさっさと降参して欲しかったのですが、残念ながらこのアホにそんな選択肢は無いようです。


 そして、そこから鎧男は更にヒートアップし、延々と突撃を繰り返し続けたのでした。




 それから一時間程同じことを繰り返した後。


「あのーグスタフさん……時間の無駄ですし、もうやめませんか?絶対に貴方の剣は私に届きませんから。それに今降参してくれたら貴方を悪いようにはしませんし、何より住民の皆さんがそれを望んでいますよ?」


 剣すら一度も触れていない相手に、私はうんざりしながら言いました。


 しかし。


「何をいうか!あと少し!あと少しで我が剣はお前に届くのだ!うおー!」


 男は即座に私の建設的な提案を一蹴し、懲りずに向かってきました。


 しかもまだまだ元気いっぱいです。


 これだけ力量の差を見せつけられても挑んでくるとは……この男は本当に脳筋のアホなんですね。


 呆れたものです。


 はぁ、本当は力の差を見せ付けて無傷で降伏させるつもりでしたが、これは多少手荒に行かないとダメそうです。


 正直、住民の話では良い人っぽいので余り怪我をさせたく無かったのですが……これはもう仕方ありません。


 というか、私の忍耐が限界です。


 早く終わらせないと私がストレスで爆発し、そのままの勢いで殺ってしまう可能性があります。


 なので骨と内臓が二つ三つ逝くかもしれませんが、速攻で決着をつけることにします。


 私はそう決めるとリアン様(初代)から拝領した大事なミスリルの剣を鞘に収めました。


 そして、その直後何十回……いえ、何百回目か分からない男の突進がありました。


 しかし、今回は初めてそれを避けず、私は腰を落として構えをとった後、鋭く腹パンを叩き込みました。


「ヴォエ!」

 

 すると男はことさら大きなうめき声を上げ、鎧の腹部を大きく凹ませながら後方へ吹っ飛び動かなくなりました。


 それから、


「ふう、安心なさい。軽く当てただけですから命はある筈です……多分。さあ皆さん、このアホを運んで……」


 と、引きつった顔で戦いを見守っていた住民達の方を向いてそう言い掛けた、その時。


「ま、待て!まだ勝負はついてないぞ!」


「え?」


 背後からうんざりするほど聞き慣れた声がしました。


 私が振り返ると、そこには胴の部分を凹ませた古風な鎧が立っていました。


「わーお」


 流石にこれには驚きましたよ。


 まさか私の腹パンを食らって意識を保てる人間がアネット以外にいるなんて……これはある意味、貴重な存在ですね。


 ですが、面倒です。


 うーん、殺していいならワンパンなのですが……それが出来ないとなると、このタフさは凄く厄介です。


「おい!千枚通し!この程度で私は倒れないぞ!そして、私はここに宣言する!騎士の誇りに掛けて最後まで戦い抜くと!」

 

 そして、厄介でウザい鎧は胸を張って宣言しました。


 ぐ、め、面倒くさい……。


 もう!早く片付けて例の泉を確保したいのに!


 ああ!もう!うんざりです!


 私、激おこプンプン丸です!


 こうなったら……。


「いいでしょう!掛かって来なさい!」


 そこまで言うなら心ゆくまでスービーズ流体術を味あわせてあげます!


「そうでなくてはな!グスタフ=ギュンター……参る!たあ!」


 そして、鎧男が私のセリフに反応し、飛び掛かってきた瞬間。


「せい!」


 まずは回し蹴り。


「ぶへ!」


 鎧男が気持ちよく吹っ飛びました。


「……く、まだだ!」


 直後、予想通り男は少しフラつきながらも立とうとしました。


 私はそこで相手がちょうど膝立ちになり掛けたところで一気に近付き、左足で相手の右太ももを踏み付け、反対側の膝でこめかみを抉るように華麗な一撃をお見舞いしました。


「とう!」


 いわゆるシャイニングウィザードというやつです。


「ぐわぁ!」


 この強烈な一撃で流石の鎧男にもダメージが入ったようですが、残念ながら直後にフラフラと立ち上がりました。


「……まだまだ!……え?」


 少々可哀想ではありますが、立ち上がる限り私は攻撃の手を緩めることはしません。

 

 直ぐに私は動き、鎧の後ろに回り込むとガッチリと両手で相手を抱え込み、


「寝なさい!」


 ブリッジをする要領で後方へ叩きつけました。


 いわゆるバックドロップです。


「ぐふぅ!」

 

 見た感じ大ダメージのようです。


 これは漸く終わりですかね?と思ったのですが……。


「……う、うう……ま、まだ……」


 この鎧、まだ動きます。


「……マジですかー、アネット並みのバイタリティですね……」


 あの子ならきっと「何すんのよー!(>_<)」とか言いながら空気を読んでもう一発貰いに来る筈です。


 いやーしかし、それにしても本当にしつこいです。


 鎧はまたまたまた立ち上がり、ヨロヨロこちらへ歩いて来ます。


 ゾンビですか、この男は!


「もう、しつこい!それにちょっと怖い!……ああもう!いい加減になさい!次でトドメです!」


 私は若干の恐怖を感じながらそう叫ぶと助走を付け、フィナーレとばかりに渾身のラリアットをぶちかましました。


「ん、ん?……ぎゃん!」


 直後、男はなす術もなく悲痛な叫びをあげながら空中で三回転し、地面で激しく頭を打ち付けて遂に、完全に動かなくなりました。


 やっと終わりました。


「ふぅ、私としたことが少し熱くなってしまいましたね」


 そして、手をパンパンと払いながら言いました。


 それから一応まさか、ね?と思いながら鎧男を見てみると……。


「きゅう〜」


 ちゃんと伸びていました。


 ふぅ、良かったです。


 でもなんだか声が微妙に可愛い気がしますが……きっと気の所為でしょう。





 その後、やっとの思いでタフ過ぎる領主を片付けた私は町を占領しました。


 勿論占領と言っても普通に入城しただけですが。


 あ、そう言えば不思議なことに、あれだけ脳筋領主をフルボッコにしたのにも関わらず住民達には何故か感謝されました。


 なんでも、あれぐらいどうせ直ぐ治るから大丈夫ですし、寧ろあんなにウザくてアホなのに命を助けてくれてありがとうございます!だそうです。


 ついでに、これを契機に少しでも淑やかになってくれれば嬉しいのですが……、とか言っていました。


 ウザくてアホって……本当に慕われているのでしょうか?


 あと……淑やか?


 ん?まあ、いいか。


 などと思ったりもしたのですが、食料品を配給しようとした時、この町が他の町や村ほど困っていない様子を見て、納得しました。


 やはり、皆に慕われる良い領主だったのだと。


 そして、そんな民思いの人物ならば多少……いや、かなりウザくてもこの国の為に役に立ちそうだし配下に加えようかな、いや、でもウザいし……などと思ったりしたので、取り敢えず会ってから決めることにしました。


 と言うことで私は本陣にする為に接収した領主屋敷の広間にグスタフ=ギュンター男爵を連れてくるよう部下に命じました。


 さあ、私の貴重な時間を奪い、華麗なトランスフォームを邪魔した愚か者とご対面です。


 あの男は一体どんな顔をしているのでしょうか?


 まあ、アレだけのタフネスとバイタリティを兼ね備えた脳筋ですから、きっと岩山のような厳つい身体とゴリラのような野蛮な顔をしているに違いありません。


 はぁ、ゴリラはバイエルラインに関わってから何度も見ているのでお腹いっぱいなんですけどねー。


 ああ、イケメンのスマイル(リアン様限定)に癒されたいです。


 いえ、疲れた私にはそれだけでは足りませんね。


 スマイルに加えて優しい言葉を掛けて欲しいです……それでそれでー。


 それから私を抱き寄せて優しくキスしてそのまま……じゅるり。


 とか、そんな邪なことを考えていた、その時。


「セシルお嬢様、妄想中失礼致します。マルセルでございます。捕らえた領主を連れて参りました」


 タイミング悪く?部屋にマルセルがやって来ました。


「ふぁ!?マ、マルセル!?ちょ、私妄想なんてしてな……」


 私が慌てて否定しようとすると、


「お嬢様、涎が……」


 と、速攻でそう指摘されて撃沈しました。


 なんか、恥ずかしいです……。


 こ、ここは話題を変えて逃げましょう!


「うっ……そ、それよりマルセル!男爵は!?」


 私がそう問うとマルセルはいつもの無表情のまま答えました。


「はい、お言付け通り連れてきております。リディ!捕虜をここへ!」


 マルセルがドアに向かってそう言うと、


「はーい!メイド長様ー!……ほら!さっさと歩くのですー!」


「わ、分かった!分かったからフライパンをしまってくれ!」


 扉の向こうからリディの可愛らしい声と、何故か凛々しい感じの女性の声がしました。


 続いてゆっくり扉が開き、メイド服に鉄帽を被り、フライパンで武装したリディ(遠征バージョン)がトテトテと歩きながら捕虜を連れて部屋に入って来ました。


 まあ、可愛い!


 ……ではなくて。


 さあ、いよいよ脳筋男爵とご対面です。


 んー、ここはやはり嫌味の一つでも言ってやりましょうかね。


 そんなことを思いながら扉の方を見ていると、奥から現れたのは予想通り筋肉モリモリのマッチョマン……ではなく……。


「え?女の子?」


 なんと現れたのはシャツとズボン姿の凛々しい感じの金髪ポニーテールの美少女でした。


「え?ええ!?」


 私が思わず、後ろ手に縛られた状態の彼女を見ながら混乱していると、しれっとマルセルが告げました。


「この方が先程お嬢様にサンドバッグにされたフローラ=グスタフ=ギュンター男爵でございます」


「え?……えええええ!?」

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