第226話「豊胸戦記⑨」
「我こそはこの街を治めるグスタフ=ギュンター男爵である!バイエルラインの土地を侵す卑しい輩、そのランス軍総大将にして伝説の騎士『千枚通しのセシル』の子孫セシルよ!その薄い胸に僅かでも騎士の誇りが残ってあるのならば、我と勝負しろ!」
その時、厳つく古めかしい鎧に身を包み、馬上でランス(長槍)を構えた古風な騎士が街の防壁を背に勇ましくふざけたことを叫びました。
「……(イラッ!)」
ああん?誰が薄いですって?
ぶち殺しますよ?
それにもうすぐ分厚くなる予定なんです!
ていうか千枚通しって……それではご先祖様がただのお裁縫が得意な人みたいじゃないですか。
正しくは『千人刺しのセシル』ですね。
彼女は今から約三百年前、建国王マクシミリアン一世に仕え、我がランス建国の為に多大な貢献をした人物です。
そんな彼女が主人であるマクシミリアンと二人だけの時に卑劣な罠にハマり、千人の敵に囲まれてしまったのですが、彼女は最後まで諦めずランス一本で戦い抜き、なんと千人全員を刺殺したのです!
そして、そのご褒美として王妃にして貰ったとか。
つまり、ご先祖様はランスで敵兵と愛する人のハートを纏めて串刺しにした訳ですね!
いいなぁ……私もいつかそんなふうにリアン様のハートを串刺しにしたいなぁ。
あと余談ですが、その件に因んで建国王様が我が国の名前をランス王国にしたそうです。
閑話休題。
「もし私が勝てば、このバイエルラインから速やかに去れ!」
え?嫌です。
私は例の泉を見つけるまでは絶対に兵を引きませんよ?
『豊かになる』ことは私の……いえ、初代様をはじめとした我がスービーズ家の女性全ての悲願なのですから!
それにそもそも私、負けませんし。
あ、でももし今すぐ泉を差し出せるのならば、この国ごと貴方に差し上げますけどね。
「万が一我が破れた時は……我を好きにしろ!いいな!?」
好きにしていいって言われても……リアン様以外の男性なんて超いらないです。
速攻で魚の餌です。
「……それでは、いざ尋常に……覚悟!とりゃー!」
それからその騎士は、私がまだ何も言っていないのにも関わらず、勝手にこちら目掛けて突っ込んで来ました。
その姿はまるでお伽話の世界から飛び出してきたような感じです。
「全く、馬に乗ってランスで一騎討ちとか……そんなの私のご先祖様の時代の話でしょうに……」
対する私はその珍妙な存在を冷めた目で見ながら、どうするべきか考えていました。
うーん、アレをどうしたものでしょうか?
実は先程、ここの民とアレを殺さないと約束してしまったので気軽に殺る訳にはいかないんですよねー。
ですが、アレに付き合うのも時間が勿体ないですし……。
うーん、本当にどうしましょう。
そうやって私が悩んでいると、その騎士はあっという間に距離を詰めて突っ込んできました。
「はぁ、面倒ですねー」
それを見た私はため息をついた後……。
「ふぅ……せいっ!」
持っていたランスを鋭く突き出し、
「っ!?……ぐわぁ!」
相手の盾だけを串刺しにした後、体当たりをお見舞いして馬から突き落としました。
相手は地面をゴロゴロと転がり、動かなくな……ったりはせず、元気に跳ね起きて折れたランスを投げ捨てると、腰の剣を抜きながら叫びました。
「やるな!流石は千枚通しの子孫だ!だが、勝負はここからだ!」
「はぁ、無駄にタフですね、この脳筋は……って言うか、私のご先祖様は千枚通しじゃなくて千人刺しです!」
さて、何故私がこんな下らない決闘ごっこに付き合っているのかというと……。
時は少し遡り、私が二回目の会戦と人質交換を終えて新たな仲間を加え、北部への進撃を始めようとしたところから。
「……つまり、王都ベリンへ向かうにあたり、その前にいくつかの都市を攻略する必要があるのですね」
私は本陣で次の目標を決めるべく、新たに仲間に加わったヴァルター王達と話し合いをしていました。
「その通りだセシル殿。と言っても主要都市は街道上にあるライツィッヒだけだがな。他の都市は正直言って大した脅威ではない。ただ……」
「小都市でも素通りすれば、後々奇襲や補給を妨害される可能性があると?」
「そうだ。だから無視する訳にもいかんのだ」
「まあ、そうですね」
確かに補給戦を襲われる等のハラスメント攻撃を受けるのは嫌ですからねー。
「だが、今のセシル殿の人気ならば諸都市の説得はそう難しいことでもあるまい?ランス軍の快進撃と二度のバイエルラインの惨めな敗北、加えて王族の戦死の報は既に全土に届いておる筈だしな」
「確かにそれはそうですが……」
「それで、だ。ちょうど今我々がいる地点が分岐点で、ここから道が三つに別れる。一つは北の主要ライツィッヒへ」
「はい」
「もう一つは東の中規模都市で、意外とやることが多い墓守の男爵が領主を務めているヤトギーの街」
「は……はい?」
ヤトギーの街?……なんだかヴァンパイヤとか出そうな感じがするこの街は、これ以上触れない方がいい気がします。
著作権的に。
「もう一つは……」
と、続いて厳ついヴァルター王が言い掛けた、その時。
「失礼します!セシル様!」
と、若い騎士が平民風の男女数名を連れてやって来ました。
「はい、どうしました?」
「はっ、実は先程、斥候が草むらに潜むこの連中を捕らえたのですが、事情を聞いたところセシル様に話があるとのことで……」
「私に話?……わかりました、聞きましょう」
バイエルラインの民が私に話ですか……大方、虐げらしれた哀れな民が早く領主を始末してくれ、と嘆願に来たのでしょう。
大丈夫です、すぐにその願いを叶えてあげますからね。
などと考えていると、代表者と思しき老人が平身低頭しながら話し出しました。
「セシル様、本日は私どもに貴重なお時間を割いて頂きありがとうございます。我々はここから西にある街、ノーキーンから来た者でございます」
え?……脳筋?
あ、今それは私の事だと思った方、死刑です。
「ふむ、それで話とは?」
「はい、本日我々は貴方様にお願いがあって参りました。実は……私たちの領主、グスタフ=ギュンター男爵の命を……」
やはり、悪徳領主の討伐ミッション……。
「助けて欲しいのでございます!」
じゃない?
「ほう?」
あら?予想が外れましたね。
「領主様を助けて頂けるのなら自分達はどんな重税でも、賦役でも、兵役でも耐えますから……どうかお助けを!」
しかも民にここまで言わせるとは……。
いや、罠の可能性もありますね。
そう思った私はヴァルター王に確認してみることにしました。
「ふむ……ヴァルター王」
「ああ、確かにこの者の申す通り、街道から少し外れたところにノーキーンという三千人程の街があり、そこの領主は民に甘く、王室にかなり睨まれていたという噂だ」
なるほど。
ですが、まだ疑問があります。
「何故本人ではなく、貴方達が助命を嘆願するのてすか?実はその領主とやらにやらされているのでは?」
そう問うと、老人は私の目を見て淀みなく答えました。
「そんな!とんでもございません!逆なのです!あの方は死ぬおつもりなのです!それにあのお方は脳筋でアホなので、そんな悪知恵を思いつく筈がありませんよ!」
ん?……アホ?
何気に領主さん罵倒されていません?
まあ、いいです。
もう少し話を聞いてみましょう。
「貴方達は何故、その人の為にそこまでするのですか?」
「はい、あの方はアホですが、本当にいいお方なのです!我々領民の為にギリギリまで年貢を安くして下さったり、賦役や兵役も最低限にしてくださっているのです。しかし、その所為で領主様は常に貧しく、国に上納出来る麦や金も少ない為、頻繁に戦争に駆り出されてしまいます。しかも危険で手柄を上げにくい配置ばかり……その所為で毎回傷だらけになって戦場からお戻りになられます。それを見る我々は毎回涙が止まりません。そういうお方なのです……どうか!どうか!あのお方の命をお助け下さいませ!」
老人はそこまで一気に捲し立てると、付き添いの人達と一緒にガバッと土下座しました。
なるほど……どうやらバイエルラインにも、まともな方がいるようですね。
もしこの話が本当なら、私としてもそのギュンター男爵とやらの命を奪いたくありません。
更に打算的なことを言うならば、戦後の統治に役立ちそうな人物なので是非ともゲットしたい人材です。
ふむ、これはノーキーンに行くしかありません。
ですが、その前に。
私は民達の目を真っ直ぐ見て言いました。
「貴方達、今の話に嘘偽りはありませんね?」
すると、
「「「はい!」」」
即答。
その真剣な眼差しに嘘偽りがあるとは思えません。
私の勘がそういっています。
では決まりですね。
「わかりました。貴方達を信じましょう。その人物の扱いに関しては実際に会ってみるまでわかりませんが、少なくともその命は保証しましょう」
「セシル様、本当にありがとうございます!あの方はアホですが、本当にいい方なのです!どうか、宜しくお願いします!」
「「「宜しくお願いします!」」」
そして皆、涙を流しながらそう言いました。
こうしては私はその領主グスタフとやらを助命すると約束し、ノーキーンの街へ向かってしまったのですが……。
実はこれが大失敗だったのです。
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