第222話「豊胸戦記⑤」

 リアン様の助けを(勝手に)お借りしたお陰で、出陣前の訓示を無事成功させた私は、速やかに軍を進めました。


 それから私は、手始めに幾つかの砦を燃やした後、予定通り広大な平原に陣取りました。


 理由は、ここなら新兵器と数の力を存分に活かせますし、手前になだらかな丘があって、そこから容易に戦場全体を把握することが出来るからです。


 加えて敵の迎撃部隊がそろそろやってくる筈ですしね。


 そして、私が小高い丘の上で望遠鏡を片手に地形や展開する味方の様子を見聞していると、馬に乗ったアベルが報告にやってきました。


「お嬢、全軍の展開と野戦築城は予定通りに終わりそうです。あと、漸く敵さんお出ましですよ。斥候が奥の森で敵の姿を確認しました」


「そう、ご苦労様。それで敵の数と陣容は?」


「はい、斥候からの報告では、総数はおよそ一万五千で、第一王子ジークフリートと第三王子ジークハルトが率いているようです」


「ほう、兄弟の後を追いに来ましたか。宜しい、手伝ってあげましょう」


「……え、えーと陣容は、騎兵をメインに歩兵と弓兵が随伴しているようです。あと、急いで行軍した所為で砲兵はついてこられなかったのか、姿が見えません」


「ふむ、機動力と突貫力を重視したバイエルラインらしい編成ですね……ふふ、新兵器の実験にうってつけです♪」


 私は予定通りに事が進み、上機嫌だったのですが、そこでアベルが不安そうな顔で言いました。


「あの、お嬢……本当にこの配置で大丈夫なんですか?」


「はい、完璧です。予定通り、大砲を最前列の中央に横一列で配置する、という作戦でいきます。野戦築城も順調で、騎馬を足止めする為に前を流れる水路を拡張して即席の堀にしたり、丸太で柵を立てたり、草むらに杭や縄でトラップも仕掛けてありますから大丈夫ですよ」


 と、私が丁寧に説明してあげたにも関わらず、アベルは不安そうな顔のままでした。


「えー、すげー不安なんですが……」


「もう!戦乙女である私の言うことが信じられませんか!?プンプン!」


「いや、そういう訳ではないんですが……あと、戦乙女って……お嬢はどちかといえばバーサーカー……」


「お黙り!兎に角、大丈夫ですから安心なさい!」


「ええー……」


「さて、敵は今頃こちらの配置を見ている筈ですね……」


「?」




 同時刻。


 セシル達と反対側にある丘の上では、バイエルラインの第一王子ジークフリートと、第三王子ジークハルトがランス軍の配置を見て嘲笑っていた。


「ぬ?なんだあれは?ハッハッハ!おい!見てみろ!ジークハルト!」


 まず、第二王子と同様に顔も中身も父親似のジークゴリートが言った。


「はい、どうしたのですか?ジークフリート兄者……お?ハハ!確かにあれは酷いですね」


 続いて見た目だけは美しい母親似の弟、ジークハルトがそう答えた。


「そうだろう!そうだろう!全く、あのジークムントを倒した小娘と聞いてどんな切れ者かと思ってみれば……まさかこの程度はな。くだらん」


 そして、期待外れで失望したという顔でジーフリートが吐き捨てた。


「ああ、全くです兄者。騎兵中心の我らの軍に対して大砲を中央に、しかも最前列に配置するなんて!きっと敵のセシルとか言う、まな板女は戦争を知らないんですね!」


「ああ、そうだろうな!恐らく敵の作戦はこうだろう。ありったけの大砲を中央に集めて、我らが攻め掛かったところで一斉に発射する。そして、その轟音で馬を怯えさせ、我らが浮き足立ったところで反撃する、と、全く、浅はかな!その程度のことを我らが考えていないとでも思っているのか?いかにも世間知らずの貴族令嬢が一晩掛けて考えたと言う感じだな。どうやらその小娘は乳だけではなく思考も薄いと見える」


 そして、馬鹿にしたようにジークゴリートは言った。


「本当にバカな連中ですよね!そのセシルとか言う貧乳女も、それ賛同する家臣達も。僕たちバイエルラインの軍では、普段から馬を大砲の音に慣れさせる為の訓練をしているのに、それを知らないなんて。まあ、その代償は連中の命で払って貰うから別にいいですけど」


「ジークハルト、これなら既に我々の勝利は決まったようなものだな!アッハッハ!……そうだ、敵のセシルとか言う小娘は生捕にしよう!その後、我々で存分に楽しもうではないか!そして、身代金をたんまりと要求するのだ!どうだ!?」


 ジークフリートが名案だ!とばかりに言った。


「おお!いいですね!ジークムント兄者の分まであの女をとことん使ってやりましょう!そして、大金をせしめて更に我が軍を強化しましょう!」


 その提案に対してジークハルトは素晴らしい!と顔を輝かせた。


「よし、決まりだな!それでは始めようか!先鋒は我が国最強のカクヨム騎士団の騎兵五千だ。私も出る!」


 それからジークフリートは勇ましくそう叫び、剣を抜いた。


「え?兄者も!?」


「おうよ!私自ら先頭に立って突撃し、小娘の浅はかな策を打ち破ってやる!そして、そのまま砲列を抜けて敵本陣まで駆け抜ける!ジークハルト!お前はここで全体の指揮をとり、折を見て後詰を送り出すのだ!」


「了解です、兄者!シンプルだけど効果的な作戦だと思います。敵の数はこちらと『ほぼ同数』ですから、我々の機動力と突貫力を警戒して積極的には動かないでしょう。ですから、敵の作戦に合わせてズルズル長引かせるよりも、一気に決着を付けてしまった方がいいと思います!」


「うむ、まさしくそれだ。それでは皆の者、参るぞ!ランスのまな板娘の鼻を明かしてやるのだ!」


「「「おおー!」」」




 そして、再びランスのまな板娘の陣地では……。


「……と敵は考えている筈です。見た目が美しくナイスバディなだけの世間知らずな公爵令嬢が一生懸命考えた間抜けな作戦だと。ですから、敵は敢えて中央突破を狙ってくるでしょう。そこを新兵器で叩きます」


 私はそう言ってニヤリと笑いました。


「な、なるほど……そう言うことでしたか……一部を除いて納得です。やはり、こと戦争に関してお嬢は最強だ」


 すると、漸く納得したアベルが当然のことを言いました。


 ん?一部を除いて?


 何か引っかかりますが、まあ、いいでしょう。


「今更何を当たり前のことを……あ!それより別働隊五千の方はどうですか?」


「はい、お嬢の命令通り大規模な迂回軌道をとりながら、敵の後方を遮断する為に移動中です」


「よし、いいですね。これで敵はこちらの軍と数的にほぼ同じだと思い込んでいるでしょうから、余計に正面から突撃したくなる筈です……さて、こちらも始めましょうか。アベル、全軍に下命します、各自所定の行動を開始せよ!」


「はっ!」




 その直後、ジークフリートを先頭にバイエルライン軍の先鋒五千が動きだし、怒涛の勢いでランス軍中央に向かって突撃を開始したのだった。

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