第220話「囚われのシャケ②」
私は自らの浅はかな行動の所為で群衆に揉みくちゃにされながらも、何とか歩いてレセプション会場までたどり着いた。
正直、ボロボロだが。
そして、案内された自分の席に座ったところで、どっと疲れが押し寄せた。
はぁ、疲れた……。
握手とサインとスマイルを一生分やったぞ。
きっと選挙期間中の政治家とか、アイドルとか、マッ◯の店員さんってこんな気持ちなんだろうなぁ。
……前途多難な予感がするな。
と思ったのだが、歓迎の宴が始まってからは意外にも順調だった。
普通にバイエルライン料理を堪能したり、街の有力者達と有意義な話が出来たり。
そして、挨拶や紹介などがひと段落したところで、私は一つ気になっていることを市長に尋ねてみることにした。
「市長、尋ねたいことがあるのだが?」
「はい殿下」
「今日は私の為にこのような宴を用意してくれたこと、感謝しているのだが……」
私がそう言い掛けると、
「何か落ち度がございましたか!?まさか酒や料理が足りませんでしたか!?」
市長は盛大に勘違いをした。
「い、いや!そうではない!私はとても満足している!」
というか、もうお腹いっぱい……。
ジャガイモとビールって凄くお腹が張るんだよ……。
「はぁ、それでは如何されましたか?……おーい、酒と料理の追加を頼む!」
いや、だからもういいって……。
「私が聞きたいのは、このような宴を開いて……その、諸君らの負担にならないのか?ということだ。実はバイエルラインの食料事情について、あまりよくないという報告を受けていたのでね」
私が懸念を伝えると、市長は苦笑した後、無駄に感動して大声を上げた。
「ああ!なるほど!殿下は我々の食料事情を心配して下さったのですね!なんとお優しい!」
そして、他の招待客もそれに続いた。
「「「殿下!ありがとうございます!」」」
もう、それいいから……。
「ですが殿下、心配はご無用ですよ。その問題は解決しておりますので」
「ほう?」
あれ?もう解決したのか?
中央で準備した小麦はまだ輸送途中のはずだが?
「これも全てセシル様の……ひいては彼女を派遣して下さった殿下のお陰でございます!」
え?そうなの?
「セシルが?」
もしかして賢いセシルのことだから、自前で準備していたのか?
凄いな。
「はい!しかもセシル様のなさったことは食料に関してだけではありません。なんとあの方は我々バイエルラインの民を導いて下さったのですよ!」
市長は嬉しそうに言った。
「ほお、導く、と?」
導く、とは何をしたんだろう?
感動的なスピーチでもしたのかな?
「いやー、セシル様は本当に凄いお方です。まず、彼女は国境付近の平原でバイエルラインの第一王子と第三王子が率いる精鋭一万五千の軍を完膚なきまでに叩きのめしました。しかも、第一王子を討ち取り、第三王子を捕虜にしてです!」
「うん、それで?」
まあ、普通の大勝利だな。
「その事実は我々バイエルラインの民に大きな衝撃を与えました。何しろ……我々を恐怖と暴力で支配する王族が……それも、我々では到底戦うことも逃げ出すことも不可能だと全てを諦めざるを得なかったあの王族を倒したのです!そこで我々は思ったのです。バイエルライン王家も負けるのだと。絶対無敵な存在ではないのだと。つまり我々、民の心の中に初めて王家と戦おうという気持ちが芽生えたのです」
「ふむ」
「ですが、実際には我々は何も行動できませんでした。それ程までに我々の心に刻み込まれた恐怖や無力感はまだまだ強かったのです。そんな時でした。会戦から数日後、セシル様率いるランス軍が我が街の前に現れました。その時、我々街の住民の大半は領主の命令により、街の防衛の為に動員されていて、私も城壁の上にいました。そこで私は、いえ我々は見たのです!純白の鎧を纏い、白馬に跨る美しくも神々しい戦乙女の姿を!それがセシル様でした。そのあまりに現実離れしたお姿に我々は思わず言葉を失ってしまいました。しかし、本当に驚いたのはこの後でした」
流石はランス一のスレンダー美少女と名高いセシルだな。
そんな彼女が戦場という場違いなところに当然現れたから、神々しく見えたということかな?
「まずセシル様は単騎で城壁近くまでやってくると、手に持った何かをこちらへ投げてよこしました」
「え?それってまさか……」
「はい、先の会戦で討ち取った第一王子の首でした。そして我々がそれに驚愕していると彼女は言いました」
へー、セシルって肩力が強かったのだな……。
「我が名はセシル=スービーズ!ランス王国バイエルライン派遣軍司令官にして、第一王子マクシミリアン=ルボン様の名代です!者共、聞きなさい!」
「「「!?」」」
「バイエルラインの皆さん!見ての通り、貴方達を恐怖と暴力で支配するバイエルライン王家は不死身でも無敵でもありません!ただの人間なのです!つまり、殺せるのです!」
「「「!!??」」」
「皆さん!立ち上がるのは今です!自らの手で、貴方達を虐げ、搾取してきた彼らを倒し、自らの力によって尊厳を取り戻すのです!」
「「「!!!???」」」
「加えて、我がランスは侵略者ではありません!我々は正義の軍です!我々は崇高なる我が主人マクシミリアンの命により、貴方達を圧政から解き放つ為に遣わされました!我々は貴方達の敵ではありません!味方なのです!ですから後顧の憂いはありません!さあ!自らの意志と力で未来を勝ち取るのです!」
その瞬間、我々は理解し、決意しました。
抵抗することは絶対に不可能だと思い込んでいた支配者達は、絶対の存在などではなかったのだと。
そして、我々は立ち上がり、彼らと戦わなければならないと!
そこから我々街の住民は一致団結し、徹底抗戦を主張する領主軍に襲い掛かりました。
すると驚くべきことに、いとも簡単に連中を倒し、領主を捕らえることが出来たのです。
理由は簡単です。
セシル様のお言葉が皆の心に届き、普通の住民から兵士までもが一様に領主と、つまり国王と戦わなければないないと決意し、動いたからです。
「……つまり、セシル様は我々に立ち上がる為の勇気をくれたのです!」
「なるほど」
セシル、民の心と真摯に向き合う君の気持ちが、彼らを動かしたのだな。
ちょっと内容が物騒だけど。
「更にそれだけではありません。これは先程の殿下の問いに答えることにもなるのですが、我々は街を掌握した後、城門を開放してランス軍を迎え入れました。そこから先は驚きの連続でした。入城したランス軍による略奪や強姦、放火などの狼藉は一切なく、それどころか困窮する我々に食料の援助を申し出て下さったのです!加えて、制圧した軍や領主の屋敷にあった肉やワイン等なども接収せず、全て我々に譲って下さったのです!それらの行動に我々は心を打たれました」
「なるほど、それでこれほどの宴を開く余裕が出来たのだな」
「はい、左様でございます。そして、更に驚いたのが、セシルは同じことを制圧した地域にある村や町でもされているということです。こうして我々バイエルラインの民はランス、そしてセシル様に深く感謝し、絶対の忠誠を誓ったのです」
「おお、すごいな」
セシル、やるな。
「そして……」
「そして?」
まだあるのか?
「寛大なセシル様は領主達、つまり王党派の処分をこちらへ一任してくださったのです。お陰で我々は自らの手で過去に決着を付け、完全に決別することが出来ました」
ああ、だから沢山吊るされていたのか!
……恨みって怖い((((;゚Д゚)))))))
「そ、そうか……」
セシルも思い切ったことをしたな……。
「本当にランスの皆様には感謝をしております。あと……」
と、ここで市長から少し躊躇うような、そして緊張しているような雰囲気を感じた。
「ん?」
どうした?
何かあるのか?
「こんなことを申し上げるのは本当におこがましいのですが、一つ殿下にお願いがございます」
「ほう、願い?」
え?あんまり無茶振りはやめてくれよ!?
「王都が落ち、このバイエルラインが降伏した後……この地をセシル様に治めて頂きたいのです」
「え?セシルに?」
「はい、この地を悪魔から解放して下さったセシル様の為ならば、我々は心からの忠誠を誓い、どんな苦難にも耐えられます。そして、ここに現在ランスの勢力下にある南部、中部の諸都市や村々の連名の嘆願書がございます。殿下、どうかお納め下さいませ」
いやいや、この短期間でここまで異国の民の心を掴むとは……セシル、流石だな。
「なんと、そこまで……諸君らバイエルラインの民の思い、しかと受け取ったぞ!」
キリッ!
と、カッコつけて言ってはみたものの……どうしよう。
ここまで熱烈に支持されているとなると、直ぐに彼女をランスに連れ帰るのは難しいかもなぁ。
セシルには悪いが、軍政官か、場合によっては代官として長期間バイエルラインに残ってもらわないと……。
いや、弱った彼女にそれは酷な話か……あと、その肩書きだと弱いか?
うーん、バイエルラインの民の心を掴み続け、尚且つ彼女のバエルライン滞在が短くて済むようにするにはどんな称号が相応しいか……。
あ、でもセシルは既に筆頭公爵家の令嬢だし……かと言ってスービーズ家にバイエルライン一国を与えるのは流石にやり過ぎだ。
ではバイエルライン貴族の称号ではどうだ?
いや、余計に足りないな。
ああー、困ったー。
だが、これ以上の称号となるともう女王ぐらいしかないし……ん?
女王?……そうだ!女王だ!
いっそのことセシルを女王にしてしまうのはどうだろうか!?
バイエルラインは安定するまで暫くはランスの保護国になる訳だし、完全に独立するまでの間だけ、ということで。
勿論、名誉称号的な感じで。
そうすればセシルは、普段はランスに滞在し、儀礼的なイベントの時だけバイエルラインに出向けば済む!
これなら彼女の負担も少なく、同時にバイエルラインの民も納得するだろう!
うん!そうしよう!
女王の称号ならセシルも喜ぶだろうし、婚約破棄騒動で迷惑を掛けたお詫びも兼ねて、それを贈るとしよう。
しかも彼女は王妃教育も受けているから尚さら適任だ。
よしよし!これで行こう!
宴会が終わり次第、早速王都の父上達へ手紙だ。
と、私が心の中で勝手に盛り上がったところで、
「殿下、まだまだ酒も料理も、そしてお望みならば若い娘もおりますので、今宵はお楽しみ下さい!」
「……え?」
そこから私は冒頭の拷問を長時間受け続けることになったのだった。
勿論、若い娘さん達の接待だけは断ったが。
皆様こんにちは、にゃんパンダです。
まずは御礼を。
この度、本作「そうだ、王子辞めよう!」が200万PV &フォロワー5000を達成致しました!
皆様、本当に応援ありがとうございました!
途中でスランプ気味になったり、リアルが忙しくて小説を書く心の余裕が無くなったりして何度もご迷惑をお掛けしてしまいましたが、皆様に助けて頂いて何とかここまでやってこられました。
本当に読者の皆様には感謝しかありません。
あと、毎回御礼の文章が同じような感じですみません(^_^;)
さて、次にお知らせですが、夏休み企画についてです。
私が執筆を中断したり、書いていて話が膨らんだりして中々話が先に進まず、夏休みが終わってしまいました……。
ということで、残念ながら夏休み企画はここで終了です……しかし!
本日から引き続き、同じ内容(読者様のゲスト出演&連続投稿)で、残暑お見舞い企画を始めますので、どうぞもう暫くお付き合い下さいませ!(^^)
本日もお読み頂き、ありがとうございましたm(_ _)m
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