第219話「囚われのシャケ①」
く、苦しい……。
た、頼む……もう、やめてくれ!
誰か助けてくれ!
現在、孤立無援な状況に置かれた私ことマクシミリアンは、切実に助けを求めていた。
この拷問から逃れる為に。
実は最初の宿泊予定の街に到着した直後、私は武装した街の住人達に捕まってしまったのだ。
その時、私の乗った馬車は城門をくぐると同時に目を血走らせた群衆に取り囲まれてしまい、身動きが取れなくなってしまった。
それから私はあれよあれよと言う間に馬車から出る羽目になり、それから街の住人達に揉みくちゃにされ、最後に待っていたのが拷問だった。
夕方から始まったそれは、既に六時間以上経つのにも関わらず、未だに終わる気配がない。
ああ、誰か……ここから私を解放してくれ!
それに私はこんなところで時間を無駄にする訳にはいかないのだ。
エリザにチェックを命じられた書類がまだまだ大量に残っているし、一刻も早くセシルに会わなければならないのだから!
だが、私のそんな願いも虚しく、無常にも苛烈な責めを再開する為に市長と仲間たちが戻って来てしまった。
両手に酒と肴のおかわり携え、満面の笑みを浮かべながら。
そして、彼らは言った。
「さあ殿下!遠慮なさらずにグイッと!貴方様は我々の命の恩人なのですから!あと、友人からサインを貰うように頼まれていまして……」
「そうですぞ!我々の元にセシル様という救いの女神を送って下さったのですからな!それと妻が是非サインを貰って来て欲しいと……」
「貴方様と、あのお方のお陰でバイエルライン王家による悪夢のような支配が終わり、我々は希望の光を見ることができたのです!さあ、もう一杯!……ところで、実は娘に貴方様のサインを強請られていまして、こちらの色紙にお願い出来ませんでしょうか?……」
「つまり、貴方様は我々にとって神も同然!まだまだ酒も料理も沢山ありますから、お召し上がり下さい!さあさあさあ!あ、あと申し訳ありませんが、礼拝堂に飾る為のサインを一枚……」
そう、現在私は感謝と歓喜の声に満ち溢れる善良な市民達によって、ご馳走攻めという名の拷問を受けているのだ!
「え、あ、いや、あの……はい……頂きます……」
正直もう限界だし、ソーセージもジャガイモもビールも一生分摂取したからもうやめて欲しい。
だが、彼らのお祝いムードに水を差すのも悪いので、ノンと言えないランス人の私は彼らの善意を断れない。
ということで、結局私は死んだ魚のような目をしながら、破裂寸前の胃に根性でビールを流し込みつつ、もう片方の手でペンを走らせ続けたのだった。
ああ、腱鞘炎になりそう……。
さて、何故こんなことになっているのか、と皆様は気になっておられるだろう。
勿論、ご説明致しますとも。
因みに、事の経緯はこんな感じ。
エリザ達に土産でも買って帰ろうかな、などと考えているうちに馬車が立派な石造りの門を通り過ぎたのだが、そこには……。
「な、なんだ!これは……!?」
そこには目を血走らせ、武装した群衆が待ち構えていた。
「し、しまった!」
私の意識は一瞬で現実に引き戻され、背筋に冷たいものが走った。
恐らくこの街は我が軍が通り過ぎた後、蜂起した住民達に奪い返されてしまったのだろう。
その証拠に私の馬車が包囲されている訳だし、少し奥の方へ目を向ければ、城壁や軒先に人間らしき何かが多数吊るされているし……って!
え?アレってもしかして……ウチの治安維持部隊か!?
くっ、何ということだ!
ああ、状況は最悪……。
いや、それどころではないな。
何故なら、よりにもよって私の馬車や護衛の近衛騎士達の装備には大きく王家の紋章が描かれているのだ。
そりゃ自分の国の王族をぶち殺した国の王子が来たら復讐するよなぁ。
全く誰だよ!
バイエルラインの民は我が軍を非常に好意的に迎えてくれますので、ランスの王族と分かるように移動した方が安全です、とか報告したやつは!
上に忖度して適当な報告上げやがって!
死刑だ!死刑!
全く、どうしてくれるんだよ!?
お忍びだからランス国内では王家の紋章をわざわざ隠し、バイエルラインに入ってから言われた通りわざわざ紋章が見えるようにしたのに!
これではお前たちの敵はここにいるぞ、と煽っているようなものではないか!
全く、これでは私が馬鹿みたいじゃないか!
ああ、ヤバい!
マジで命の危機だよ!
と、私がパニックになっていると馬車の近くに非常にガタイのいいおっさんが近寄ってきて、野太い声で叫んだ。
「こちらの馬車におられるのはランス王国第一王子、マクシミリアン=ルボン様とお見受け致しますが、如何でしょうか!?」
ぎゃあああああ!
バレてるー!?
もうダメだー!
もうお終いだー!
私は馬車の中で頭を抱えた。
私は……このまま馬車から引きずり出され、群衆になぶり殺しにされるのか?
ああ……もはや、これまでなのか?
もう、助かる方法はないのか?
例えば……取引とか?
いや、怒れる群衆と取引など無理だし、そのまま八つ裂きにされるだけだ……と、思い掛けた、その時。
いや、可能性はあるんじゃないか?と、そこでふと思った。
よく考えるんだマクシミリアン。
上手くやれば、人質として殺されずに済むかもしれないぞ。
例えば莫大な金銭や我が軍の撤退なんかと引き換えなら、助けて貰える可能性もあるのでは!?
幸い、指導者っぽい奴もそこにいるし。
うん、まだ終わってはいない!
よし!やるだけやってみよう!
私はまだやることがあるし、死ぬ訳にはいかないのだから。
では……ここは大人しく連中に従い、従順なところを見せて印象をよくしよう。
正直もの凄く恐ろしいが、馬車から出るとするか。
そして、私が恐る恐る馬車のドアを開けて外に出ると……。
そこには先程の大男が立っていた。
怖っ!
威圧感凄いな。
だが、私も王族の端くれ!
ここは堂々としていなければな!
私は心の中でそう言った後、ドキドキしながら大男に向かって名乗った。
「いかにも、私がマクシミリアンだ」
すると目の前の大男は突然両手を上げ、凄まじい大声で叫んだ。
「マクシミリアン殿下万歳!ランス王国に栄光あれ!」
「!?」
そして、それに群衆が続き同じように叫んだ。
「「「マクシミリアン殿下万歳!ランス王国に栄光あれ!」」」
そして、大男が更に衝撃の叫びを上げる。
「バイエルライン王に死を!」
「「「バイエルライン王に死を!」」」
「!!??」
な、なんだ!?
何が起こっているんだ!?
私が大パニックに陥っていると、急に笑顔になった大男が跪いて言った。
「ようこそマクシミリアン殿下!我々の街へ!まさか殿下自ら視察においで頂けるとは!住人一同、恐悦至極に存じます!」
「ふぁ!?え、えーと……私の突然の来訪を皆が歓迎をしてくれたこと、嬉しく思う」
私の頭は理解が追いつかず、まだパニック状態のままだったが、取り敢えず王子っぽい答えを返した。
「「「はは!ありがたき幸せ!」」」
すると、何故か群衆のテンションが上がった。
お、おお……。
もう、訳が分けらないよ……。
ま、まずは情報収集だよな。
「あ、あのー、すまない、貴方は?」
取り敢えず、目の前にいた大男に私がおっかなびっくりそう聞いてみると、
「おお!これは失礼を致しました!私は暫定的にこの街の市長をやっている者でございます!」
大男は笑顔で答えたくれた。
そっかー、この人市長さんなんだー。
全然そんな風に見えないからビックリだよー。
どちらかというと、鍛冶屋の親方って感じだし。
「そ、そうですか、宜しく市長。それで……少し聞きたいのだが……?」
「はい、何なりと!」
いちいち声がデカイな。
「皆さんは何故、武装しているのかな?」
取り敢えず、一番の疑問を聞いてみた。
「ああ!これは失礼を!実は殿下がいらっしゃる前に我々を支配者していた領主以下、王党派の連中を残らず吊るしたのですが……」
「吊るした!?」
マジか!?
あ、でも良かった。
アレってウチの兵士じゃなかったんだ。
「殿下に万が一のことがあってはいけないと、街の皆でお守りする為に武器を持って集まったのです!」
「そ、そうか、皆ご苦労」
一応私の為にわざわざ集まってくれたらしいので、お礼を言っておいた。
すると、
「「「ありがたき幸せ!」」」
市民の皆様、二回目なのにめっちゃ喜んでくれたぞ。
「!?」
え、何!?
何で皆こんなに反応がいいの!?
「市長、市民達は何故ここまで歓喜しているのかな?」
「え?ああ!それは、今まで悪虐非道なバイエルラインの王侯貴族共に虐げらることばかりだったからですよ!このように温かいお言葉を掛けて頂いたことなど一度もなく、皆感動に打ち震えているのです!」
「そ、そうか」
そっか、バイエルラインは軍事国家だもんな。
苦労したんだなぁ。
「それでは殿下、歓迎の宴を準備しておりますのでレセプション会場まで馬車で……」
と、ここで市長が馬車での移動を提案してくれたが、
「いや、このまま歩こう。皆と喜びを分かち合いたい」
私はそれを断った。
「なんと!?」
折角だし、市民を思い遣っているところを見せてランスの好感度をアップだ!
とか、余計なことを考えてこう言ったのだが……これがいけなかった。
「うおー!マクシミリアン殿下が我々と一緒に歩いて下さるぞ!」
「「「うおー!」」」
「え?」
なんと、その一言で群衆のテンションが最高潮に達し、その場が大混乱になってしまったのだ。
そして……。
「きゃー!マクシミリアン殿下!こっち向いて下さ〜い!」
「マクシミリアン様!是非サインを!」
「殿下!握手をお願いできますでしょうか!」
「あ、あの!は、はは、ハグをお願いしましゅ!」
「っ!?」
私はそのまま群衆に揉みくちゃにされ、小一時間ほどその場でファンサービス?をする羽目になってしまったのだった。
「ちょ、ちょっと待……た、助けて……」
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