第213話「朝チュンのシャケ」

 朝。


 チュンチュンと鳴く雀の声と、窓から差し込む朝日に照らされ、私は目覚めた。


 と言っても、意識は覚醒したものの、連日の仕事による疲労と睡眠不足の所為で瞼が鉛のように重く、中々目を開けられない。


 しかし、覚醒直後から身体がちょっとした違和感を感じており、私はその正体を知る為に重い瞼をこじ開ける必要性があった。


 それで、その違和感だが全身の感覚から伝わってくる情報で推測するに、現在私は横を向いた状態で、それを……『掛け布団らしきもの』を両腕で抱きしめている。


 因みにこの『掛け布団らしきもの』は不思議で、伝わってくる感触は柔らかくて温かい。


 そして、とても良い香りがする。


 あ、あとちょっと重いかも?だから腕が動か……ひぃ!?


 なんだ!?このプレッシャーは!?


 今、そう考えた瞬間に『掛け布団らしきもの』から殺意を向けられたような……?


 ま、まあ、いいか。


 それで、しかも、


「……っん、これ以上は……ダメ……ですわ……むにゃ……」


 とか、艶かしい声まで聞こえる。


 いやー、不思議な掛け布団だ……な?


 ……は?


 掛け布団が喋った?


 そんなバカな!


 しかも、温かく、柔らかい?


 ……うん、絶対おかしい。


 と、ここまで考えた頃には、目は閉じたままの状態ではあるが、かなり意識の覚醒が進んできていた。


 そして、当然その違和感の正体を確かめる為、目を開けて確認をしなければならないのだが……。


 何だか先程からもの凄く嫌な予感がする。


 見てはいけないと、脳が警告を発している。


 このまま寝たフリをして暫く動くな!と、そう言っている。


 しかし、いつまでもこうして寝ていられないのも事実。


 だって、今日も仕事があるし……。


 それに悪いことなら早く解決してしまいたいし。


 よし!やるか!


 私はそう決心し、重い瞼をゆっくりと開けた。


 するとそこには……。


「すや〜」


 メイド服の少女が寝ていた。


 それも私の腕の中で。


 とびきりの美少女が。


「……え?えええええええ!?」


 当然、私は大パニックだ。


 は?どういうこと!?

 

 え?あ、こ、これってもしかして……いわゆる朝チュンというやつか!?


 ま、まさか!……やらかしてしまたった?


 私はアルコールが入った所為で理性が弱まり、自らの欲望に負けてしまったというのか!?


 ああ!私は……なんて事を!


 で、でも何故!?


 どうしてこうなった!?


「うっ」


 と、私が昨日の記憶を呼び覚まそうとしたところでズキリと頭が痛んだ。


 その直後。


 私の目の前でスヤスヤと寝息を立てていた美少女メイドこと、エリザの切長な目がパッチリと開き、目があった。


「……おはようございます、ランベールさん」


「お、おはよう」


 ヤ、ヤベー!どうしよう!


 ……ん?あれ?エリザ、なんか普通だな。


 それどころか優しく微笑んでいる?


 ん?もしかしてこれは……私の早とちりだったか?


 実は何かの間違いで、私は彼女に何もしていないのでは?


 と、思ったのだが、次の瞬間。


「あ!あの……昨日のあんな体験は初めてでワタシ、少し驚いてしまいましたわ」


 と、エリザは何か思い出したのか、恥ずかしそうに掛け布団を引っ張って顔の下半分を隠しながら言った。


「初めて!?体験!?」


 その瞬間、私の有罪が確定した。


 ギルティだ……終わった!


 私は欲望のままに亡命貴族の美しい娘にメイドのコスプレをさせて押し倒してしまったのだ!


 最低だ。


 ああ、鬱だ……死のう。


 だが、その前に……。


「きゃ!」


 私は抱きしめていたエリザを放すと、そのまま飛び起きてベッドの上で土下座した。


「申し訳ありませんでしたー!」


「え?ええ!?ラ、ランベールさん!?何故謝るのですか?」


 するとエリザが不思議そうな顔でそう言った。


「え?だって私は君を押し倒したんじゃ……?」

 

「はい、そうですね」


「だ、だったら……」


「あ、あのー、ランベールさん?もしかして昨日のことを何も覚えておられないのですか?」


「え?あ、うん……実はそうなんだ。でも責任はちゃんと取るから安心して……」


 と、私の発言を聞いたエリザは、


「クス、なるほど。そういうことですか。ではお話しないとですね!昨日のことを。えーと、まず、昨夜のランベールさんはかなりお酒をお召しのようでした……」


 クスリと笑ったあと、昨日のことを語り出した。


 と、それと同時に私も昨日のことを少しだけ思い出せていた。




 えーと、確か昨日は……そうだ、イザベラさんに夜の街を連れ回されたんだった。


 いけすかないコモナの伊達男を殴り飛ばし、その上お荷物の植民地と船の買取の約束まで取り付けたイザベラさんは上機嫌で私を飲み誘ったんだ。


 そこで私は、今後のイスパニゴンとの付き合いを考慮してその誘い受けた。


 しかし、これがいけなかった。


 何となくそうだと思っていたのだが、案の定イザベラさんはザルで、ワインどころかブランデーまで水のようにガブガブ飲んでいた。


 そして、当然私もそれに付き合わされ、泥酔させられてしまったのだ。


 因みに、店は三軒梯子したところまでは覚えているのだが、その後は記憶がない。


 あ、でも薄ら存在する記憶のカケラによれば、詳しい状況は分からないが深夜まで飲んだ後、なんとか家にたどり着いた私は律儀にも深夜まで起きたまま帰りを待っていてくれたエリザに迎えられた……ような気がする。


 ええっと、それから……どうした?


 ここからは完全に記憶が無いし、まずはエリザの話を聞くとしようか。




 ええっと、まず深夜頃にランベールさんがフラフラしながら自宅へお戻りになられました。


「あ、おかえりなさいませ!ランベールさん!」


「ん〜?ああ〜、ただいまエリザ〜」


「あら?かなりお酒を召されたようですが、大丈夫ですの?」


「大丈夫……ではないかな〜……いや〜、実は取引先の人にかなり飲まされてね〜……」


「まあまあ、接待飲みでしたの!それは大変でしたね、ランベールさん」


「ありがとうエリザ〜、じゃあ〜悪いけど〜僕はすぐに休むね〜」


「ああ、お待ちを!肩をお貸ししますから!」


 それからワタシはランベールさんをベッドルームまでお連れしたのですが……。


 事件?はそこで起こりました。


「ああ〜久しぶりのベッドだ〜……」


「きゃ!ラ、ランベールさん!?」


 ランベールさんはそう言って私ごとベッドに倒れ込んでしまったのです。


「ダメです!ワタシには心に決めたお方がおりますの!これ以上はダ……メ……あら?」


「zzz……」


「ああ、なるほど!死ぬほどお疲れでしたのね、クス。仕方ありせん、このまま一緒に休むと致しましょうか」


 そして、ワタシは朝まで一緒に添い寝となった訳です。




「ふぁ!?ねえ!今の話って本当!?」


「ええ、勿論ですわ」


「そっか〜助かった〜!」


 つまり、私は酒に酔った上、仕事の緊張からくる疲れと睡眠不足で限界を迎えて倒れてエリザを押し倒すように眠り、人生初の朝チュン体験をすることになったのか。


 つまり、無実だ!


「良かったー!これで刺されずに済むよ!」


 ……ん?誰にだろう?


「ん?刺される?どういうことなのでしょうか?」


 すると私の世迷言を聞いていたエリザは、可愛く小首を傾げたのだった。


 あと、関係ないけど、エリザのメイドルック可愛いなぁ。

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