第212話「シャケ、キレる③」

「おいプレーボーイ!何勝手に決めてやがる!イスパニゴンはテメーらの手下じゃねーぞ!」


 突然ドアが開き、ドスの聞いた女性の声がした。


 なんだ!?女ヤンキーでも入ってきたのか!?


 驚いてそちらを見ると、男物のズボンと上着を着た、二十代前半ぐらいの気の強そうなラテン系の美女が入ってくるところだった。


「誰だ?」


 私は素朴な疑問を口にしたが、横にいる伊達男は違った。


「イザベラ様!?何故ここに!?」


 ほう、この美女はイザベラさんというのか。


 名前からして多分、話題のイスパニゴンの外交関係者だろうな。


 それで、この人は一体何をしに来たのだろう?と私が首を傾げていると、横では伊達男が焦りながらブツブツ何か言っている。


「……まさかこの女に話を聞かれていた!?マズイぞ……」


 まあ、そうだよな。


 イスパニゴンは唯一の頼みの綱だろうし……ザマァ!


 私がそんなことを考えていると、イザベラと呼ばれた美女が怒りの形相のまま伊達男の問いに答えた。


「あ?そんなのオレの順番が中々回ってこねーから見に来たんだよ。そしたらテメーがふざけたこと言ってやがるじゃねーか。それを見たら我慢できなくなって入ってきたんだ、文句あっか?ああん?」


 そして、トドメにギロリと伊達男を睨みつけた。


 怖!


「「ありません!」」


 反射的に何故か私までそう答えてしまった。


 と、ここで伊達男がまたまた我に帰り、おずおずと喋り出した。


「……は!……あ、あのイザベラ様、一つ宜しいですか?」


「あん?なんだよ?」


 そして、苦し紛れの出まかせを語った。


「こ、ここにいる男が我が祖国コモナとイスパニゴンを愚弄したのです!ですから速やかなる出兵を……」


 小賢しい野郎だ。


 まあ、この女性がそれを信じるとは思えないけど。


「黙れヤリ◯ン野郎!適当なこといってんじゃねーよ!話は殆ど聞いてんだんだよ、アホめ!」


 案の定、あっさりバレて罵倒された。


「ひぃ!」


 そして、それは更にエスカレート。


「あとな、オレは嘘つきと……金と、その見てくれを使って女を好き放題するテメーみてーなクズが大嫌いなんだよ!くたばれ!」


 バキッ!


 彼女はそう言い放つと、腰の入ったいいパンチを男の顔面に叩き込み、壁まで吹き飛ばした。


「ひでぶ!」


 おお、すげぇ……。


 私はこれに驚いたが、それよりもっと驚いたのが男のしぶとさだ。


「うぐ……な、にしやがる!このアマ!」


 壁際まで飛ばされて倒れた男は、ボロボロになりながらも何とか立ち上がって叫んだ。


「あん?」


「おい!こんなことをしてタダで済むと思っているのか!?約束の金がパーになるんだぞ!?いいのか!?……クク、わかったら私ではなく、そこの無能を痛めつけて戦線布告代わりにしてやれ!」


 そして、男は言うことを聞かないと金の支払いをしないと彼女を脅したのだが……。


「誰が金でテメーなんかに魂を売るかよ!」


 とイザベラさんは吐き捨て、体重を乗せたボディを伊達男の腹に叩き込んだ。


「あべし!」


 それをモロに食らった男は不思議な喘ぎ声を漏らしながら再び壁に激突し、今度こそ気絶した。


 か、カッコいい!


 とか思っていたら、イザベラさんが今度はこちらを向いた。


「なあ」


「は、はい!」


 情けなくも、私は恐怖で思わず声が上擦ってしまう。


「それで……アンタがあのマクシミリアン王子なんだってな?」


「は、はい……」


 え?何!?私も腹パンされるの!?


 そして、彼女は残忍な笑みを浮かべて告げた。


「正直、噂じゃロクでもない女に引っかかって婚約者を一方的に捨てた最低男だって聞いてたから、もしいつか会ったらアレを切り落としてやろうと思ってたんだけど……」


「ひぃ!?」


 こ、殺される!


 男として!


 と、ある種の死を覚悟したのだが、彼女はここで急に気さくな笑みを浮かべ、


「とんでもねえ!全然そんなことねえじゃねえか!アンタは好きな女の為に男気を見せた、いい奴だよ!」


 そう言って私の背中をバンバン叩いた。


「は?え?そ、それはどうも……」


 もう、訳がわからないよ!


 あと男気?って何?


 まあ、いいか。


 取り敢えず話題を変えよう。


「あ、おのー……」


「ん?なんだ?」


「失礼ですが、貴方は一体?」


 私がそう尋ねると、


「ああ!そういえば、まだちゃんと名乗ってなかったな!オレはイスパニゴン王国の在ランスの大使をやってるイザベラだ!宜しくな!ガハハ!」


 気さくな感じで返事が返ってきた。


 あ、良かった。


 いい人っぽい。


「イザベラ大使、宜しくお願いします」


 私はそう言って、慇懃に頭を下げた。


「おう!宜しく!あ!あと、堅苦しいのは辞めようぜ?そういうの苦手なんだよ、あとオレのことは呼び捨てでいいぜ!」


 すると、イザベラさんは機嫌良くそう言ってくれたのだが……ちょっとそれは無理だ。


「いや、流石にそれは……あ、それよりイザベラさん」


「あん?」


「先程はご協力ありがとうございました」


 私はムカつく伊達男を代わりにぶん殴ってくれたことのお礼を言った。


「いや、気にすんな、元々コモナのヤリ◯ン野郎のことは大嫌いだったしな!ククク、ぶん殴ってスカッとしたぜ!」


 すると、彼女はそう言ってカラカラと笑った。


 と、ここで私はあることを思い出したので聞いてみることにした。


「あのイザベラさん、その……本当に良かったのですか?」


「何が?」


「何って、イスパニゴンがコモナに援軍を送る見返りに貰う筈だったお金のことですよ」


 そして、私がそう言った瞬間。


「金?……あ!ああ!ヤッベー!どうしよう……」


 イザベラさんは今それを思い出したという顔になり、頭を抱えた。


「え?」


 あ、なるほど!


 イザベラさんって善人だけど、後先を全く考えないタイプか。


「うう……参ったな……あ!そうだ!」


 そして、彼女ら暫く悩んだ後、何か閃いたようだ。


「あ、あの何か?」


 一応、私がそう聞くとイザベラさんは笑顔でこちらを見ながら言った。


「あの、わりーんだけど……ちょっと金貸してくんない?一千億ぐらい」


「は?」


 何?そのちょっとタバコ買うから千円貸してくれ、ぐらいのノリは!?


「絶対返すからさ!頼むぜセニョール!このままだとオヤジに怒られちまうんだよ〜」


 最早、すっかり先程の威厳は消え去ってしまった。


「いや、そんなこと言われても……」


「マジでオヤジがキレると、ちょーこえーんだよ!なぁ、頼むよ〜」


 ついには肩を掴まれてガシガシ揺らされた。


「ちょ、ちょっと待っ……」


「どうしよう……あ!そうだ!だったら女!女紹介してやるからさ!」


 更に、追い詰められたイザベラさんはロクでもないことを言い始めた。


 え?この人さっき女を弄ぶ男は最低だって言ってぶん殴ってたよね!?


「ええー……」


 私が軽蔑の視線向けると、イザベラさんはたじろいだ。


 ふぅ、良かった。


 少しは冷静になっ……。


「くっ……わかった!オレの処女やるから!な?どうだ!?」


 てない!というか更にバグってるよ!


 大丈夫か、この人!?


 それに。


「どうだ?と言われても……」


 正直コメントに困るのだが……。


 そして、イザベラさんはお願い!という感じで手を顔の前で組みながら、目をウルウルさせている。


 うーん、まあこの間の粛正やら、コモナ攻めで入る筈の金やらで資金的に余裕はあるから融資自体は出来るんだけど……。


 でも、ただ金を貸すのでは何か悪い気がするし、かと言って戦争に関係ない国にお金あげます!は、おかしい気がする。


 何かお互いWin-Win!って感じの方法がないかなぁ。


 と、思っていてら、ここでイザベラさんが肩を落とし、少し真面目な顔で話し出した。


「はぁ、実はさ。ウチの国って無駄に植民地が多いだろ?しかもアレってあんまり金にならない。だからその所為で維持費が嵩むんだよ。それとオヤジが趣味で作った滅多に出番がない癖に金ばっかり掛かる無敵艦隊とかいう厨二くせー名前の艦隊があったり、不景気の所為で貿易が全然ダメだったりしてさ、港は空気を積んだ手持ち無沙汰の船で溢れてるんだよ。その維持費もあって、財政は火の車なんだよ……だから今回のコモナの話に乗って金を稼いで、国民の生活を少しでも良くしてやりたかったんだけどな……遂カッとなってやっちまった、今は反省しているぜ……」


 うーん、確かにこれは大変だ。


 それにしょげているイザベラさんを見てると放っておけない。


 出来ることなら資金面で何とか力になってあげたいが……。


 ん?赤字の植民地と空の船?


 ……あ、そうだ!


 その手があったか!


「あの、イザベラさん!」


 私はちょっとしたアイデアを思い付き、しょげる彼女に声を掛けた。


「ん?金貸してくれるのか!?」


 すると彼女は勘違いして顔を明るくした。


「致しません」


 私がキッパリというと、


「おい!そんな米倉◯子みたいなこと言ってないで頼むよ〜俺たちマブダチだろ?」


 キレのいいツッコミが返ってきた。


 まあ、別に狙った訳ではないのだが。


 それにマブダチって……さっき会ったばかりなんだけど。


「ですがその代わり、イスパニゴンの所有するアユメリカ周辺の植民地と、軍艦でも商船でも構いませんので余った船をランスに売って頂けませんか?」


 そして、私がそう提案すると、


「へ?」


 イザベラさんは一瞬、ポカンとしてしまい、


「言い値で買いますから」


 更に次の言葉で涙を流しながら喜んでくれた。


「マジ?!いいの?本当にいいの!?」


「はい、大マジですよ」


「おお!オブリガード!セニョール!」


 それから最後には一気にテンションが上がったイザベラさんに抱きつかれてしまった。


 そして、諸々の話が終わったところで、


「やっぱアンタ最高だよ!なあ、今から飲みに行こうぜ!オレが奢るからさ!」


 と、半ば強引に飲みに誘われ、夜の街に繰り出すことになってしまったのだった。


 


 因みに、イザベラさんにかなり飲まされて泥酔してしまった私は翌朝、人生で初めて『朝チュン』を体験することになった……エリザと。

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