第208話「シャケ、教えを乞う①」

 口が達者で頭もキレる外交官達の相手をするに当たり、私は取り敢えず情報収集をすることにした。


 その為に私がまず向かったのは……。


 


 だだっ広い宮殿の建物を暫く歩き、目的地に着いた私がドアをノックして中に入ると、


「はい、どうぞ……おや?これはマクシミリアン殿下ではありませんか!さあ、お入り下さいませ!直ぐにお茶とお菓子を……」


 宰相であるズービーズ公エクトル氏が意外なことに快く私を迎えてくれ、お茶まで淹れてくれた。


 そう、私が尋ねたのは宰相閣下の部屋なのだ。


 何故ならば、外交官達との話し合いの前に政治・外交のプロからアドバイスを貰おうと思ったのだ。


 加えて、バイエルラインとの戦争を始めた経緯を当事者セシルの父親に、つまり宰相閣下に聞いてみようと思ったからだ。


 つまり、まずは正確な状況の把握から始めようと考えた訳だ。


 それから暫く芳醇なお茶の香り楽しんだ後、私は宰相閣下に用件を伝えた。


「それで殿下、如何されました?」


「はい、実は外交官達と折衝をするに当たり、アドバイスなど有ればお伺いしたく……」


 すると宰相閣下は、


「なんと!殿下は自ら勉強の為にいらっしゃったと!?流石は未来の皇帝陛下、素晴らしい心掛けでございます!勿論、私如きで力になれることで有れば喜んでご協力させて頂こますとも!」


 凄く嬉しそうに言ってくれた。


 今までの彼の態度を考えると怖いぐらいだ。


 これはあれか?出来の悪い生徒が頑張り始めたら嬉しいとか、そんな感じか?


 あと、皇帝って何?


 と、そんなことを考えつつ、もう一つのお願いを伝えると、


「また、バイエルラインとの開戦時の状況を、特にセシルの行動などを詳しくお伺いしたく……」


 その瞬間。


「ふぁ!?セ、セシル……でございますか?え、えー……あの、その……わ、私も詳しくはわからないのですが……」


 クールなイケメンとして有名な宰相が何故か突然その端正な顔を歪ませ、ティーカップをカチャカチャいわせ始めた。


 ついでに目も泳いでいる。


「?」


 ん?どうしたのだろう。


 実は体調でも悪いのかな?


「えー……ま、まず、セシルは見合いの席でバイエルラインの王子と顔を合わせたらしいのですが……その際に王子から我が国、セシル個人、そして……マクシミリアン殿下を侮辱するような発言があったらしいのです」


 えー、ちょっとショック……私はバイエルラインに何にもしてないのに……。


 あ、いや、あの国の考え方は『力こそパワー!』みたいな感じだから、ゴリマッチョでなければどこの国の王族だろうと馬鹿にされるのか?


 だが、流石に見合いの席でそれは傲慢過ぎやしないか?


「あの、それで?」


「はい、それでセシルは取り敢えず物事を荒立てるのは良くないと考え、その場では流したようなのですが……」


 目の前で悪口を言われても自分を抑えられるとは流石だな、セシルは。


「その直後、バイエルラインの王子に随行してきた騎士達が我が領民に、つまりランスの民に狼藉を働いたという知らせが届いたらしいのです。そこで……」


「そ、そこで?」


 何と!セシルとランスの民に狼藉だと!?


 なんて奴だ!


 死刑だ!死刑!


「セシルはついに我慢出来なくなってしまい……我が国と殿下の名誉を守り、王子を懲らしめる為に模擬試合を挑んだらしいのです………………真剣を使って」


「……は?」


 ん?今、真剣と言ったか?


 それは模擬ではなく実戦なのでは?


「そして、その模擬試合で……相手の王子を……その……て、手違いで……」


 ここで宰相閣下の様子が更におかしくなり、やたらとハンカチで汗を拭いている。


 因みに視線もさっきから斜め下を見ている。


 大丈夫かな?


 はっ!まさか!


 セシルが怪我でも負わされてしまったのか!?


 おのれ!バイエルラインのゴリラ!


 明らかに実力で劣るか弱い公爵令嬢になんてことを!


 と、私が憤った瞬間。


「その……なんと申しますか……冥府の底に突き落としてしまったのです」


 宰相閣下の口から信じられない言葉が飛び出した。


 因みに彼の顔色は非常に悪い。


「……え?」


 つまり、セシルが他国の王族を殺っちまったということか?


 ええ!?


 あのセシルが……人を!?


 こ、これはつまり……話を整理するとこういうことだろうか。


 品行方正で心優しいセシルは祖国と民、そして王子であり元婚約者である私が侮辱されたことが許せなかった。


 彼女は勇気を振り絞って名誉の為に恐ろしい相手と戦い、そして事故が起きて相手を殺めてしまった。


 更にそれによって引っ込みが付かなくなり、生真面目な彼女は責任を感じて自ら先頭に立ってバイエルラインに攻め込んだのか。


 何という悲劇だ……。


 そして私は思った。


 恐らく彼女は今、慣れない血生臭い環境と、人間を殺めてしまったという自責の念で苦しんでる筈だ。


 早く戦場という地獄から彼女を救い出さないと!と。


 流石に彼女は名目上の大将で実際の指揮は優秀なスービーズ騎士団の誰が取っているに違いないが……それでもセシルをそのままには出来ない。


 私は自分が思っていたよりも事態が遥かに深刻なことを理解し、少しでも早くセシルを迎えに行くことを心に決めた。


 そして、その後スービーズ公は現在の戦況等、知り得ること全てと外交官との折衝に関するアドバイスをくれた。


「なるほど……付け焼き刃の小細工ではなく、信念を持って場に臨む、と。なるほど……勉強になります」


「いえ、これぐらいのことは大したことでは……あと、今回はかなり戦況が有利なようですし、少し強気に出ても良いかもしれません」


「強気に……そうですか。宰相閣下、今日はご協力ありがとうございました。あ、あとセシルのことですが……」


 と私がいうと、それまで穏やかだった宰相閣下が再びキョドりだした。


「うっ、セ、セシル……でございますか……あの、本当にうちの娘がご迷惑を……」


「迷惑?とんでもない!彼女は我が国の名誉の為に戦ってくれているのですから、迷惑な訳がありませんよ!」


 宰相閣下の謙遜したその言葉に私は少し熱くなってしまった。


 ちょっと恥ずかしい。


「慈悲深いお言葉をありがとうございます!」


 すると宰相閣下は涙を流しながらそう言った。


 大事な一人娘が戦場にいるんだものな、心配に決まっているよな……。


 さしものスービーズ公も人の親ということか。


 さぞかし辛いところだろう。


 その姿を見て私は思わずスービーズ公に同情した。


 いやー、それにしても有意義な時間だった。


 お礼に今度、菓子折りでも買ってこようかな?


 と、思ったところで、私はもう一つ用件を思い出した。


 ついでにあの件を伝えておこう。


「宰相閣下、そういえばもう一つお伝えしたいことがありまして」


「はい、何でしょうか?」


「実は秘書を一人雇ったのです」


「秘書ですか……殿下が自ら選ばれたのならきっと優秀な人材なのでしょうね……はっ!」


 と、穏やかに話を聞いていた宰相閣下が突然ガタッ!っとソファから立ち上がり、危機迫る表情になった。


「!?」


「あ、あの、殿下……因みにその新しく雇用した秘書というのは……どう言った方なのですか?」


「はい、ルビオンからの亡命貴族で才能溢れる『若い女性』ですよ?」


 聞かれた私は家で休んでいるエリザのことを思い浮かべながら答えた。


 すると……。


「わ、『若い女性』ですって!?で、殿下、なんということを!」


「え?」


 何か不味かったか!?


「(セシルに)刺されますよ!?」


「!!??」




 と、スービーズ公の部屋で有意義な時間を過ごした私は、同じく情報収集とアドバイスをもらう為、このまま続けてあの人のところへ向かうことにしたのだった。

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