第209話「シャケ、教えを乞う②」
スービーズ公の部屋で有意義な時間を過ごした後、私は更なる情報収集とアドバイスをもらう為、このまま続けてあの人のところへ向かうことにした。
そして、再び広大な宮殿を暫く歩き、辿り着いたのは……。
「父上、私です。マクシミリアンです。少し宜しいでしょうか?」
そう、父上の、つまり国王のところだ。
理由は先程と同様。
君主であり、政治・外交のプロである父上にアドバイスを貰いたいのと、コモナとの戦争とマリーについて話を聞こうと思ったからだ。
「え?マクシミリアン!?よくきたね!さあ、入りなさい!すぐお茶の支度をさせ……」
そして、何故か父上もスービーズ公と同じく私の来訪を歓迎してくれた。
「あ、父上、お茶は結構です!」
さっき飲みましたから。
「え?そうか、つまり……メイド長!コーヒーとドーナツを準備してくれ!チョコレートの掛かったやつだよ?」
「……え?」
違う!そうじゃない!
でもここで断って機嫌を損ねたら困るし、頂くとしよう。
ていうか父上、頼むものがちょっと可愛いな……。
それから芳しいコーヒーの香りと濃厚なチョコレートの掛かったドーナツを堪能したところで、まるで別人のような若々しいイケメンにトランスフォームした父上が、なんだか嬉しそうに尋ねてきた。
「それでマクシミリアン、どうしたんだい?」
そんな父上を見ながら私は思った。
改めて見ると凄いな、と。
今の父上(イケメンver)、二十代後半ぐらいにしか見えないぞ。
これは一体どうなっているんだろうか?と。
いや、今はそんなことを考えている場合ではないな。
「はい、実は外交官達と折衝をする前にアドバイスなど頂ければ有り難いと思いまして……」
私が用件を伝えると父上は、
「え!?自分から勉強の為に来たの!?流石は未来の皇帝だね!素晴らしい心掛けだよ!勿論、僕で良ければいくらでも力になるよ!」
凄く嬉しそうに言ってくれた。
スービーズ公と同じく、今までの父上の態度を考えると怖いな。
これはあれか?出来の悪い生徒……以下略。
あと、また言われたけど皇帝って何?
と、そんなことを考えつつ、もう一つの質問をすると、
「あとコモナとの開戦時の状況を、特にマリーの行動などを詳しくお伺いしたくて……」
その瞬間。
「ふぁ!?マ、マリー!?……え、えーと……あの、その……ぼ、僕も詳しくは知らないんだけどね……」
厳つい髭オヤジ改め爽やかイケメン(年齢不詳)の父上が、何故か突然その美しい顔を歪ませ、カップを揺らしてコーヒーを飛ばした。
ついでに目も激しく泳いでいる。
「あ、あの……父上?」
ん?どうしたのかな?
父上も体調が悪いのかな?
「えーと……マリーはストリアでの舞踏会でコモナ大公と顔を合わせたらしいのだけど……その際に大公から我が国、マリー個人、そして……お前を侮辱するような発言があったらしいんだよ」
あれ?何処かで聞いたようなパターンだな。
ていうか、私ってディスられ過ぎじゃないか!?
かなりショックなんだが……私はコモナに何にもしてないのに……。
あ!もしかして嫁ぐことが内内定していたマリーをアネットに差し替えたのが私だとバレたのか!?
それにあの国の考え方は『マネーこそパワー』みたいな感じだから、ビル=ゲ◯ツ並みの金持ちでなければどこの国の王族だろうと馬鹿にされるのか?
だけど、流石にストリアの宮殿で開催された舞踏会で、しかも皇帝の孫娘にそれは傲慢過ぎやしないか?
「あの、それで?」
「ああ、それでマリーは賢い子だから、その場で物事を荒立てるのは良くないと考え、聞き流そうとしたらしいんだけど……」
目の前で悪口を言われても我慢するなんて……マリーは健気で良い子だなぁ。
「その直後、やっぱり我慢出来なくなって祖父、つまりストリア皇帝に泣きながら抱き着いたらしい、そこで……」
「そ、そこで?」
可愛いマリーを泣かすなんて許せない!
最低な奴だ!
死刑だ!死刑!
「皇帝が顔を真っ赤にして大激怒、コモナ大公を見事な右ストレートでKOして会場から叩き出したんだ」
「おお……」
ストリア皇帝は武闘派だな……。
「それでコモナ大公の一行は急いで国に逃げ帰ったんだけど……その後、マリーが……」
ここで父上の様子が更におかしくなり、最高級のシルクのハンカチでしきりに汗を拭っている。
因みに視線もさっきから斜め下を見っぱなしだ。
デジャヴかな?
じゃない!
マリーは大丈夫なのか!?
はっ!まさか!
マリーは余りの恐怖で心に深い傷を負い、トラウマになってしまったのか!?
おのれ!コモナの成金プレイボーイめ!
か弱いマリーになんてことを!
と、私が憤った瞬間。
「安心したところで再び大泣きしてしまったらしい……その……わざとらしいぐらいに……それから一晩ワンワン泣いているマリーの姿を見た皇帝が心を痛め、やっぱり世界一可愛いワシのマリーを泣かせた成金野郎は死刑にする!と言い出して、もう一人の孫であるオットー皇子に出陣を命じたんだ。それに合わせて健気なマリーもランスが侮辱されたまま終われないと思って、急いで実家であるブルゴーニュ公爵領に使いを出して部隊を出陣させたらしいよ……」
何だか顔色が非常に悪い父上が、状況を説明してくれた。
「……は?」
マリーが泣き出したから、戦争が始まったということか?
ええ!?
こ、これはつまり……話を整理するとこういうことだろうか。
コモナ大公は私が決まり掛けていた婚約をダメにしてしまった腹いせに、か弱く世界一可愛いマリーを侮辱して泣かせた、と。
それを見ていたストリア皇帝が激怒し、成金ヤリ◯ン野郎をノックアウト。
だが、それで終わらず、心優しい彼女はトラウマを抱えて夜も眠れない状態になってしまった……ああ、可哀想なマリー。
だが、彼女は健気にも自分の為に怒ってくれる祖父の姿を見て勇気を振り絞り、名誉の為に戦うことを決意。
責任感の強いマリーは祖父に手伝って貰いながら、責任を果たすべく自ら先頭に立ってコモナへ攻め込むことにした、と。
何という悲劇!
そして私は思った。
マリーは今、恐らく慣れない血生臭い環境……には、移動中だからまだなっていない筈だが、自分が泣き出した所為で戦争が始まってしまったという自責の念で苦しんでる筈だ。
戦場という地獄を見て更に心を痛める前に彼女を救い出さないと!
流石にマリーは名目上の大将で実際の指揮は有能なブルゴーニュ騎士団の誰かが取っているに違いないが……それでもマリーをそのままには出来ない。
私は自分が思っていたよりも事態が遥かに深刻なことを理解し、少しでも早くマリーを迎えに行くことを心に決めた。
そして、その後父上は現在の連合軍の位置や包囲の状況等、知り得ること全てと、外交官達との折衝に関するアドバイスをくれた。
「なるほど……一つの考えに固執するのではなく、水のように流れに身を任せて柔軟に対応するのが肝要ということですね……勉強になります」
あ、あれ?
宰相閣下と言うことが真逆な気が……?
「いやいや、これぐらい大したことじゃないよ!……あ!あとね、かなり戦況は良いみたいだけど強気に出て、相手にふっかけたりせず、謙虚にやるんだよ?」
……どうすりゃいいんだよ。
「……そ、そうですか。父上、今日は為になるお話をありがとうございました。あ、あとマリーのことですが……」
と私がいうと、それまで穏やかだった父上が再びキョドりだした。
「うっ、マ、マリーのこと?……えーと、父親なのに娘の管理もロクに出来ずに迷惑を掛けてごめんね……」
「迷惑?とんでもない!マリーに非はありませんし、ストリア軍もブルゴーニュ公爵領軍も正義の為に戦ってくれているのですから、迷惑な訳がありませんよ!」
父上の言葉に私は少し熱くなってしまった。
ちょっと恥ずかしい。
「そう言ってくれると僕は救われるよ」
すると父上は涙を流しながらそう言った。
大事な一人娘が泣かされたんだものな、心配に決まっているよな……。
百戦錬磨の父上も人の親ということか。
さぞかし辛いことだろう。
その姿を見た私は思わず父上に同情した。
いやー、それにしても今回も有意義な時間だった。
お礼に今度、銘酒飲み比べセットでも買ってこようかな?
と、思ったところで、私はもう一つ用件を思い出した。
そうだ、ついでにあの件を伝えておこう。
「父上、そういえばもう一つお伝えしたいことがありまして」
「ん?何だい?」
「実は秘書を一人雇ったのですが」
「秘書?……お前が選んだのならきっと有能な人物なんだろうね……ああっ!」
と、ニコニコしながら話を聞いていた父上がそこで急にガバッ!っとソファから立ち上がり、危機迫る表情になった。
「!?」
な、なんだ!?
「あ、あのね、マクシミリアン……一つ確認したいのだけど……その新しく雇った秘書っていうのは……どういう人物なのかな?」
「はい、ルビオンからの亡命貴族で非常に有能な『若い女性』ですが?」
問われた私はエリザのことを思い浮かべながら答えた。
すると……。
「わ、『若い女性』だって!?マクシミリアン!お前はなんということを!」
「え?」
何か問題が!?
「(マリー達に)刺されるよ!?」
「!!!???」
えー……今日同じことを言われ続けている気が……このままだと私、滅多刺し!?
……剣刺しイリュージョンかよ!
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