第206話「その頃、海の上では②」

 テメレール号がルビオン艦に嫌がらせの片舷斉射を撃ち込み、彼らをずぶ濡れにした頃。


 そのルビオン艦に追われていたルーシー達はというと……。




「前方の軍艦が発砲した!全員伏せろ!」


 見張り役の警告で咄嗟に全員が床に伏せた直後。


 ドドドーン!


 と、雷のような発砲音が聞こえ、砲弾がかすめる音がいくつも聞こえた。


 この時ツン解派の情報部員達はこの砲弾で被る被害を、それこそ自らの命を奪われることすら覚悟した。


「ギャーまだ死にたくないッスー!せめて美味しいご飯を食べてー、それから勝手に出歩いた所為で自分が酷い目に遭ったことをエリザ様に一言文句を言ってからじゃないと死にきれないッスよー!」


 と、そんなことを言いながら衝撃に備えていたルーシー達だったが、いつまでたっても衝撃は来なかった。


「あれ?全部外れた……ッスか?……た、助かったー!」


 ゆっくりと顔を上げたルーシーは思いがけない幸運を喜んだ。


 しかも、更に幸運なことに、


「それに見ろ!ルビオン艦が追跡を諦めたぞ!」


 と見張り台にいる仲間が叫んだ。


「「「おお!助かった!」」」


「やったッスー!」


 と、一瞬船中が湧いたが、冷静な仲間が言った。


「いや、ちょっと待て!追手が……つまりルビオンの軍艦が逃げたってことは前方の軍艦って……もしかして……ランス海軍なんじゃ?」


「「「あ……」」」


 皆んなでそう気付いた瞬間、船の空気が再び重くなった。


 更にタイミング良く、前方から迫ってくる軍艦の国旗が風で靡き、鮮やかなランスの国旗が見えた。


「「「ぎゃあああああ!」」」


 希望を与えられた瞬間にどん底に突き落とされたルーシー達は大パニックだ。


「どうするッスか!?これは工作船ッスよ?捕まったらスパイは死刑ッスよ!?」


「マジでどうする!?この船の速度じゃ逃げれないし、かと言って戦うのも不可能だし……降伏しても全員死刑……」


「クソっ!連中を道連れに自爆するか!?」


「いや、それだと使命が果たせないぞ!?」


「もう使命どころじゃないッスよ!」


「だが、船を破壊して泳いで逃げるにしても陸は遠いし……ああ!お終いだ!エリザ様!申し訳ありません!」


 と、そんな不毛な言い合いをしている間にもランス艦がどんどん近づいてくる。


「うーん、こうなったら一か八か、商船のフリをしながら接舷して、連中が油断したところで白兵戦を挑むしかないッスかねー?」


「確かに接近戦なら俺達にも勝機があるかも……」


「何もしなきゃどうせ全員あの世行きなんだ!仕方ねえ、一丁やろうぜ!」


「「「おおー!」」」


 と、映画のワンシーンのように皆んなで悲壮な覚悟を決め、大いに盛り上がったところで……。


「なあ、俺たちって今から密書をランス政府に届けるんだよな?」


 冷静な仲間が言った。


「当たり前だろ」


「だったら素直に目的と身分を明かして協力を求めたらいいんじゃないのか?あれはランス海軍の正規の軍艦な訳だし」


「「「え?」」」


 極々、当たり前の事実を。




 それから約十分後。


 今更当たり前のことに気付いたルーシー達が急いで停船し、それにテメレール号が横付けしてレオノール達が乗り移った。


 続いて武装した水兵達の前に進み出たレオノールが問い質した。


「アタシはランス海軍所属テメレール号の艦長レオノール=レオンハートだ、貴船の事情を聞きたい」


 すると、工作船の代表が答えた。


「初めましてレオンハート艦長、自分達はルビオン王国ツンデレ解放戦線所属の者です。この度は書状を持参しておりまして、取り急ぎランス政府にそれをお届けに……」


 そして、そう言い掛けたところでレオノールが怪訝な顔をして言葉を遮った。


「……ん?おい、今何だって?」


「は?で、ですから書状を……」


「いや、その前だ。アタシのルビオン語がおかしいんだと思うんだが、所属をもう一回言ってくれるか?」


 それから、そう聞き直した。


 すると代表は当然のように答えた。


「はい、ツンデレ解放戦線ですが?」


 その瞬間、レオノールの怒りが爆発した。


「ふざけてんのかテメェ!ランス海軍舐めてんのか!?船ごと沈めるぞコラ!」


「いえ、そんなことは!」


 突然の事態に代表をはじめとした工作船の面々はオロオロし出してしまった。


「あのー!自分がご説明させて頂きたいッス!」


 と、そこでルーシーが説明を申し出た。


 レオノールはそれに気付いてギロリとルーシーの方を見た後、更に別のことに気付いた。

 

「あん?何だお前……って、おい!


「ひぃ!ご、ごめんなさいッスー!」


 ルーシーはライオンに怯える牛のように怯えた。


 だが、レオノールはそんなことには構わず、あることを問い質した。


「なあ牛の嬢ちゃん、その服はどうしたんだ?」


 そう、破れたメイド服のことを。


「え?ああ、これは仲間に……」


 と、問われたルーシーはサメに齧られて短くなったスカートを摘みながら呑気に答えようとしたのだが。


 彼女が「お仕置きされてちゃってー、テヘッ!」と最後まで言う前にレオノールが鬼の形相になり、肩を震わせて叫んだ。


「テメェら、この嬢ちゃんに寄ってたかってなんてことを……全員アレを切り落としてやる!覚悟しやがれ!」


 そして、盛大に勘違いして暴れ出したのだった。


「「「!?」」」




 約十分後。


「ぐおー、痛いッスー」


 巨大なタンコブを作ったルーシーが頭を押さえてうずくまっていた。


 そして、代表が頭を下げていった。


「ウチの駄牛が誤解を招くようなことを……大変申し訳ありませんでした」


「いや……こちらこそ、すまねえな……」


 代表がそう言うと、バツが悪そうな顔でレオノールが謝った。


「いえ……コイツの落ち度ですから。それより今後のことですが……」


「ああ、そのことなら安心しな!ちゃんとルーアブルの港までエスコートしてやるし、その後のこともバッチリ手配してやっからよ」


「そうですか!ご協力ありがとうございます!」


「いや、気にすんな。仕事だし……エリザの為だしな」


 と、ここでレオノールは苦笑しながら言った。


「いやー、それにしてもまさか艦長殿がエリザベス王女殿下とお知り合いだったとは驚きですよ」


「アタシも驚きだよ、初めて遭った時は確かに世間知らずの嬢ちゃんだと思ったが、まさか王女様だったとはなぁ。アイツ、優しくていい奴だよな?」


 と、レオノールが言ったところで。


「そうなんッスよー、エリザ様ってーツンデレなんで……」


 復活したジャージー牛が明るく言ったのだが、


「テメェは黙ってろ!牛女!」


 まだ怒りが収まっていない雌ライオンに一喝されてしまった。


「ひぃ!?酷い……」


「紛らわしいんだよ!無駄にエロい格好とエロい身体しやがって!」


「えー!?そんなこと言われても……」


 そして、レオノールは狩を行う猛獣のような執拗さで更に追撃する。


「たく、こんなのがエリザのお付きで今まで大丈夫だったのか?」


「うっ!そ、それはッスねえ……」


 直後、牛女の目が露骨に泳ぎ出した。


「艦長、実は……」


 続いて横から代表が少々怯えながら説明を始めた。


 ……。


 …………。


 ………………。


 それからエリザが捕まった経緯を説明し終わったところで。


「つまり、全部この牛女が悪いんじゃねーか!」


 雌ライオンが吠えた。


「それは酷いッスよー!自分にも過失はあるッスけど、元話といえば全部エリザ様がドジっ子で不幸体質な所為で……」


 ルーシーは反論を試みるが、レオノールは全く聞いておらず、彼女はテメレール号の方を見て叫んだ。


「トモカン!」


「ハーイ!ネーサン!」


 すると、バサバサと手すりからトモカンが飛んできて彼女の肩にとまった。


「アー!ネーサン、ドウシター?」


 そして、レオノールは言った。


「おうトモカン、この牛女食っていいぞ」


「え!?ちょ、ちょっとー!?」


 ルーシーは慌てたが、トモカンは彼女を観察してからプイッと横を向いた。


「コレ、トモカンノゴハン?……アブラミ、イラナーイ!マズソー!」


「ガーン!∑(゚Д゚)……脂身!?不味そう!?いらない!?ぐはっ!」


 ルーシーは鳥にすらいらないと言われてメンタルに大ダメージを負い、心が折れて膝をついてしまった。


 ちょっとした冗談のつもりでトモカンを呼んだレオノールは、流石にルーシーが可哀想になり、


「……まあ、元気だせよ」


 と片手で肩を叩いた後、そう言って彼女を慰めたのだった。

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