第203話「フィリップの初恋⑥」
アリアと幸せな日々を過ごしていた僕ですが、浮かれてばかりはいられません。
なんと言っても僕は彼女を守らなければならないのですから。
そう決意した僕は、毎日アリアと遊んだ後、夜自分の部屋でどうしたら彼女を救えるのか必死に考えていました。
例えば、リアン兄さんが将来大陸を統一でしょうから、その時まで待つとか。
スコルト王をやっつけるとか。
海を渡ってルビオンを滅ぼし、僕がスコルトに出向きアリアを助けるとか。
はたまたアリアを連れて、今すぐ遠くへ逃げるとか。
ですが見ての通り、当時の僕は所詮まだ子供で、まともな案など浮かぶ筈はありませんでした。
さて、ここで皆様は疑問に思われることでしょう。
何故さっさと優秀な兄や凶悪な幼馴染や大人達を頼らないのか、と。
実は最初、僕は今回リアン兄さん達には頼らずに解決したいと思っていました。
何と言っても今回のアリアの件は、僕が守ろうと決めた、僕の友達のことでしたから。
しかしこの通り、結局僕は彼女を助ける良い方法が思い浮かばず、困ってしまいました。
そして、最終的には彼女を助けることこそが最優先なのだから仕方がない、と悔しい思いをしながらリアン兄さんのところへ相談に行くことにしました。
因みにこの時、直前まで聖女様を埋めるか沈めるかを話し合っていた地獄の門番二人は僕が来ても何故か何も言わず、ニヤニヤしながら兄さんの部屋へ通してくれました。
正直、ちょっと気持ち悪かったです……。
それから僕は兄さんに事情を説明し、助けを乞いました。
アリアを助けたい、幸せにしてあげたい、と。
すると兄さんは僕の頭を優しく撫でた後、少し考えてから言いました。
「……うーん、難しいかもしれないけど……スコルト王家を亡命させるのはどうかな?」
と。
「え?亡命……?」
僕には言葉の意味が難しくてよく分かりませんでした。
「えーと、簡単に言うとスコルト王家、つまりスコルト王とスコルト王妃、そしてアリア王女をランスで引き取って、住まわせるんだ」
「え?そんなことできるの!?」
「簡単では無いけど……多分出来るよ」
僕が驚いていると、兄さんは優しく笑いながらそう言いました。
「え?どうして?」
「それは、スコルト王家を管理しているルビオン政府が厄介払いをしたいと思っているからだよ」
「厄介払い?」
「そう。ルビオンからしたら、スコルト地方を治める為だけに彼らを生かしているんだけど、恭順するどころか無謀な反乱を常に考え続けているからもううんざりしていると思うんだ。だからスコルト王の今回の外遊を許したんだよ」
「?」
僕には最初、兄さんの言っていることが難しくてよくわかりませんでした。
「まあ、ある意味ルビオンの温情だな。海外に行ってそのまま亡命するなら良し、だが、もし他国に援助を乞い、スコルトに戻って反乱を企てるのならば……今度こそ滅ぼす、というね」
「そ、そんな……そしたらアリアも」
僕はその話を聞いて焦りました。
悪いスコルト王がいなくなるのはいいけど、アリアも大変なことに……と。
「だから、そうならないようにしないとね」
ですが、兄さんは僕を安心させるようにそう言いました。
「兄さん?」
「安心しろフィリップ、お兄ちゃんが明日中には絶対何とかしてあげるから……約束する」
そして、僕を見て頷きました。
「兄さん……ぐす……ありがとう」
僕はこれでアリアが助かると思い、安心したのと嬉しさで涙が出てきてしまいました。
「だからフィリップ、お前はそれまでしっかりアリア王女を支えてあげるんだぞ?」
「はい!」
「よし、いい子だ。お兄ちゃん応援してるな!」
それから兄さんの部屋を出た僕はその足でアリアの部屋へと向かい、彼女に言いました。
「明日、君に伝えたいことがあるんだ」
と。
僕は敢えて内容は秘密にすることにしました。
何故なら明日、全てが決まってからアリアと一緒に暮らせるようになるよ!と教えて彼女を驚かせたかったか
らです。
するとアリアは僕の言葉を聞いて、はじめ嬉しそうに微笑み、
「まあ、それは楽しみですわ!あ、あと……その、私もフィリップ様にお伝えしたいことがありまして……私もその時にお話致しますね?では、フィリップ様、おやすみなさいませ」
それから上目遣いで少し顔を赤くしながらそう言いました。
そして、おやすみを言っていつものようにアリアと別れたのですが……。
僕が二度と彼女に会うことはありませんでした。
そう、僕と兄さんの約束が果たされることはなかったのです。
あ、誤解が無いように言っておきますが、リアン兄さんは悪くありません。
寧ろ兄さんは、凄かったです。
あらゆる方法を使って翌日までには話を通し、後はスコルト側に提案するだけの状態まで持っていったのです。
しかし、いくら兄さんでも時間には勝てませんでした。
何と運悪く、ランスから援助を受けられないと悟ったスコルト王が、焦って夜の間にランスを発ってしまったのです。
僕は……アリアを助けるどころか、さよならすら言えませんでした。
そして、それから数ヶ月後。
僕はスコルト王家の滅亡と、アリアの死を知ったのです。
「うう……ぐす、フィリップ様……ただの最低なヤリ◯ンロリコン野郎だと思っていましたが……すん、そんな重い過去があったのですね……涙が止まりません!」
ギレーヌがハンカチで目を押さえながら非常に失礼なことを言いました。
「……」
このアマ……やはり吊るされたいのでしょうか?
「それでフィリップ様……どうされるのですか?」
僕が黙っていると、ギレーヌはそう聞いてきました。
「ん?どうとは?さっきも言ったが私に決定権はないぞ」
「ですが!もし決起に失敗すれば彼女は……アリア王女は間違いなく見せしめに……」
僕がそう言うと、珍しく感情的になったギレーヌが声を荒げて言いました。
「……だが、私にはどうすることも出来ないよ……それに私にはアユメリカでの使命があるのだから」
そう、今の私にはもっと優先すべきことがあるのです。
「しかし……」
「くどいぞ、ギレーヌ。今の私には本物かどうかも怪しい輩に付き合う暇はないのだ」
「殿下……では……では!一度マクシミリアン様にご相談なさっては?あのお方ならば良い答えをお持ちかもしれません!」
今日のギレーヌは本当に珍しく感情で動き、まだ食い下がってきます。
ここで少しだけ僕は逡巡しましたが、
「むう……確かにリアン兄さん……コホン、兄上ならば……いや、多忙な兄上にこれ以上の負担を掛ける訳にはいかない」
そう考えて辞めました。
兄さんは多忙を極めている筈ですし、それにもし僕が昔のように相談して上手くいかなかったら……また兄さんが苦しむことになってしまうのです。
もう、僕は兄さんを苦しめたくないのです……あの時のように。
「そんな……」
ギレーヌが悲痛な声をあげました。
「この件はルコルトが援助を求めてきた事実を王宮に報告して終わりだ、いいな?わかったな?」
ですが、僕はそれを敢えて無視し、話はこれで終わりだと彼女に告げました。
「はい……」
「よし、下がれ」
僕がそう告げると、ギレーヌは悲しそうに部屋を出ていきました。
「はぁ……」
そして彼女の背中を見送った後、僕はため息付き、意味もなく天井を見上げたのでした。
なお、この話には少しだけ続きがあります。
僕がアリアの死を知ってから数年後のこと。
僕はその間、彼女の死を受け入れられず投げやりになり、無気力に生きていました。
更にその頃、世間では疫病が流行り、その疫病で母上が亡くなり、父上は多忙で殆ど会えず、リアン兄さんも政務と家族を失ったセシルとマリーに付きっきりで、僕は一人ぼっちでした。
僕はそんな環境で心を病み、ゆっくりとドス黒い闇が心を侵食していきました。
そして、その闇が最後に残った僅かな心のカケラを覆い尽くす寸前のことでした。
僕の目の前にルビオンの工作員が現れてこう言いました。
「気に入らなければ奪うか、壊してしまえばいいのです」
その瞬間、僕は思いました。
「あはは……そうか……そんな簡単なことだったんだ……こんな世界は壊れてしまえばいいんだ!ははは!」
それと同時に僅かな心のカケラが完全に黒く染まるのがわかりました。
それから僕は決めました。
家庭を顧みない父上からは王位を奪い、
我儘な幼馴染達からは兄上を奪い、
そしてアリアを助けてくれなかった兄上からは命を奪う、と。
その上で世界を壊してやろうと思いました。
「くくくくく、あはははははは……あーはっはっは!」
その後、僕は暫く狂ったように笑い続けました。
それから、その工作員は言いました。
「微力ながら、我がルビオンがそのお手伝いをさせて頂きます」
それを聞いた僕はニヤリと顔を歪ませ、こう答えました。
「……そうか、宜しく頼む」
と。
そして、僕は闇に堕ちたのです。
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