第202話「フィリップの初恋⑤」

 僕とアリアは友達になったその日から毎日会うようになり、朝から晩まで一緒に遊びました。


 二人で庭園を散策したり、お茶を飲んだり、宮殿を探検したり。


 他には街に出て買い物をした時、アリアに新しいドレスをプレゼントしたりもしました。


 実はこの時、謙虚なアリアは、はじめ遠慮して中々話が進まなかったりしたのですが、リアン兄さん風トークで何とか説得して受け取って貰いました。


 口では遠慮していたアリアでしたが、やはり彼女も若い女の子、実際にドレスを着てみるとそれをとても気に入り、喜んでくれました。


 流行りの可愛らしいドレスを着たアリアは最高に可愛かったです。


 因みにアリアが遠慮をしていた理由は今まで育った環境の所為で、基本的にあまり物に執着が無かったからのようです。


 あ、あとその所為で不思議な体験をしました。


 例えば別の日に僕がアリアに、


「何か欲しいものはあるかい?」


 と聞くと、彼女は少し考えた後、


「えーと……私はフィリップ様との思い出が欲しいです……」


 と言いって顔を赤くしながら微笑みました。


 その瞬間、何故だかこそばゆくて悶えて死にそうになりました。


 この気持ちは一体何なのでしょうか?


 うーん、本当に不思議です。


 あ、不思議と言えばこんなこともありました。


 ある日、なんと地獄の門番という名の危険な幼馴染×2と、アリアを連れた状態でバッタリ出くわしてしまったのですが……。


 何というか、その時の二人の反応が不思議なものだったのです。


 具体的な状況としては……。




「アリア、この後はどこに行きたい?」


「私は……フィリップ様と一緒にいられるのなら何処でもいいですよ♪」


 と、僕らはそんな会話をしながら逃げ場のない真っ直ぐな宮殿の廊下を歩いていました。


 すると、前方から何やら不吉な物体×2が近付いてくるのが見え、僕は焦りました。


「ん?あ、あれは!?」


「え?フィリップ様?如何されました?」


「ま、まずい!」


「?」


 アリアは無邪気に横で小首を傾げています。


 可愛いなぁ……ではなくて!


 どうしよう……場所が場所だけに逃げられないし。


 と、そんなことを考えているうちに、前方から例の二人が物騒なことを話しながら近付いてきました。


「ねえ、マリー。今リアン様が接待役を勤めさせられているあの女、どうやって始末しましょうか?……あら?フィリップ様?」


「はい、あのクリスティア教の聖女ですわよね?宗教関係者の癖にリアンお兄様に色目を使う淫売め……おや?フィリップ様?」


 こいつら……聖女様に何てことを……。


 いや、今はそんなことどうでもいい!


 正直この時は、アリアが連中に何かされるのではないかと気が気ではありませんでした。


 彼女は立場が立場でしたから……。


 ですから僕は、咄嗟に命に代えてもアリアを守らないと!と、自分の身を犠牲にしてでも彼女を逃す覚悟をしたのです。


 そして、


「や、やあ二人共、こんにちは」


 と、僕が引き攣った笑顔で挨拶をすると……。


「「フィリップ様、ご機嫌よう」」


 二人は笑顔で僕に挨拶を返し、続いてアリアを一瞥してから言いました。


「フィリップ様、こちらのご令嬢はどなたなのですか?」


 続いて、セシルちゃんは横にいるアリアの紹介を求めてきました。


 くっ……ええい、ままよ!


「え、ええっと……紹介するよ、僕の友人でスコルト王国のアリア王女だよ」


 僕が紹介すると流石は王女だけあって、アリアは優雅に名乗り、一礼しました。


「お初にお目にかかります、スコルト王国王女のアリア=スコルトと申します」


 すると、それを見た二人の反応は意外なものでした。


 二人は上品に微笑むと、


「これはスコルトの王女殿下でしたか……失礼を致しました。私はズービーズ公爵家が娘、セシル=ズービーズと申します」


「私はブルゴーニュ公爵家が娘、マリー=テレーズ=ブルゴーニュと申します。以後お見知り置きを」


 と自己紹介を行い、それから普段の奇行からは考えられないような優雅さで完璧なカーテシーをキメました。


 ……これは一体誰なんだろう?


 僕は思わずそんなことを考えてしまったのですが、次の瞬間。


「「フィリップ様、何か言いたいことがございまして?」」


 と、二人がこちらを見て言いました。


 その目は全く笑っていません。


 この二人、シックスセンスでもあるのでしょうか?


 そんなふうに僕が恐怖していると、横では……。


「アリア様、ランス滞在中にもし何かお困りのことがありましたら、何でもご相談下さいね!」


「アリア殿下、フィリップ様のことなら好みから弱みまで何でも教えて差し上げますので、遠慮なくご相談下さいませ!」


「まあ、これはご丁寧に!……お心遣い感謝致しますわ」


 と、女性同士で会話が進んでいました。


 というか意外なことにこの二人、アリアに凄く優しいな。


 いや、待てよ?


 最近ヤバい姿ばかり見ていたから忘れていたけど、実はこの二人、兄さんさえ絡まなければ他は完璧なんだった……。


 立ち振る舞いは勿論のこと、公平で公正、家柄や境遇なんかで相手を見下したり差別したりなんか絶対にしない貴族令嬢の鏡みたいな存在なんだよなぁ。


 とか思っていたら、ここで二人が信じられないことを言い出しました。


「フィリップ様、今頃ちょうどリアン様がお部屋に戻られた頃ですから……」


「今から伺ってアリア様をご紹介したら如何ですか?」


 え?


 今、何て?


「リアン兄さんに会いに行けと?」


 それを君達が勧めるだと!?


「「はい!折角ですから是非!」」


 え?正気?


 僕があり得ないことを言い出した二人の正気を疑っていると……。


「ではアリア様……」


「フィリップ様を末永く宜しくお願い致しますね?」


 二人はそう言って後ろに回り込み、僕らの背中をグイグイと押しました。


「?」


 末永く?


 僕は意味がよく分からず、首を傾げていると、反対にアリアは恥ずかしそうに顔を赤らめた後、


「え?あ、は、はい……ありがとう……ございます」


 消え入るような声で返事とお礼を言いました。


 そしてセシルちゃんとマリーちゃんは意味ありげにニヤニヤしながら、


「フィリップ様、アリア様を大切にするんですよ?ムフフー」


「フィリップ様、しっかりアリア様をエスコートするのですよ?ムフフー」


 と言い残し、去って行きました。


 どういう意味だろう?


 兄さんのところへ行くだけなのに……。


 僕には意味がよくわかりませんでしたが、二人にそう言われてしまったので、取り敢えず兄さんの部屋へと向かいました。


「……アリア、二人にああ言われてしまったし、折角だからリアン兄さんのところへ行こうか?」


「は、はい!」


 そして、僕らは兄さんの部屋へと向かったのでした。


 あ、そうそう。


 余談ですが、実は二人に言われる以前にも兄さんにアリアを紹介しようと思ったことがありました。


 でも今ちょうどクリスティア教の聖女様がランスに来ている関係で、彼女と歳が近い兄さんは接待役の一人になってしまった為、忙しく会えなかったのです。


 閑話休題。


 あ、あと実はこの時、不思議なことがもう一つ起こりました。


 それは僕が人生で初めて、リアン兄さんに会いたくない、と思ったのです。


 これには自分でも驚きました。


 はじめはどうしてなのか理由が分からず、もやもやしていましたが、それはアリアを連れて兄さんの部屋のドアをくぐった瞬間に分かりました。


 僕は不安だったのです。


 もしアリアを兄さんに紹介して、魅了されてしまったら?


 その結果、彼女の瞳に僕の姿が映らなくなり、僕から離れてしまったら?


 そう考えたら急に怖くなって、僕はアリアを兄さんに合わせたくないと思ってしまったのです。


 でも、それは全くの杞憂でした。


 僕とアリアの二人が緊張しながらリアン兄さんの部屋を訪ねると、兄さんは少し驚いたような顔をしたあと、温かく迎えてくれ、自らお茶まで入れてくれました。


 そして、その時の兄さんには不思議といつもの女の子を魅力してしまうようなオーラがありませんでした。


 もしかして兄さんはオーラのオフ/オンが出来て、僕の友達をとってしまわないように気を遣ってくれたのでしょうか?


 やっぱり兄さんは凄いや!


 僕も見習わないと!


 その後、色々なお話をしました。


 当然ですが話をする時、兄さんも人を見下したり馬鹿にしたりは絶対にしない人なので、アリアを色々と気遣ってくれました。


 そして、兄さんは最後にとても嬉しそうな顔で言いました。


「アリア王女、私の大事な弟を宜しくお願いします」


「はい!喜んで!」


 するとアリアは緊張しながらも、嬉しそうに即答しました。


 うん、よく分からないけど幸せな気分です。


 次に兄さんは僕の方を向いて言いました。


「フィリップ、アリア王女を大切にするんだよ?」


「は、はい!」


 僕が返事をすると、兄さんは笑顔で頭を撫でてくれました。


 それとその時、小声で独り言を呟いていました。


「……それにしても可愛い弟がいつの間にか大人になったものだ……今日はお赤飯だな」


 ……お赤飯って何だろう?


 そして、兄さんは最後にこう付け加えました。


「二人共、私の分まで青春を謳歌して幸せになってくれ」


 と、若干疲れた感じの笑みを浮かべながら。


「「?」」




 と、不思議なことが色々とありましたが、本当に楽しい日々でした。


 それと日に日に増えるアリアの笑顔を見るのが僕はとても嬉しかったです。


 これはどうやらアリアの父、つまりスコルト王が命令通り彼女がランスの王子と仲良くしているところを見て上機嫌になり、彼女の精神的負担が軽くなったということもあるようです。


 この頃、僕にとって全てが順調で、平和で、楽しくて、輝いていました。


 毎日、明日が来るのが楽しみでした。


 明日はアリアと何をしようかと考えるのが、楽しくて仕方ありませんでした。


 それらはまるで夢のような日々でした。




 ……ですが、その夢の終わりが突然にやって来たのです。






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