第204話「その頃、海の向こう側では①」

 場面は久しぶりに海の向こう側に移り、ルビオン王都のバックィーン宮殿にある白豚こと皇太子リチャードの執務室。


 そこでどっかりと高級なソファに座っているリチャードの口にアリア……いや、アンがフルーツを運んでいるところから。


「むぐむぐ……アン、君が食べさせてくれるフルーツは格別だよ〜グフフ……パクッ」


 と、リチャードは上機嫌でそういうと、フルーツを持っていたアンの手ごと口に含んで美味そうに味わった。


「もうリチャード様ったら〜ウフフ(ああ……不快過ぎて気が狂いそうだ)」


 だがアンは目的の為に心を殺してそれに耐え、無理矢理に妖艶な笑みを浮かべて見せた。


「ブヒー、さあ、おかわりを……」


 と、リチャードが言い掛けたところで、彼の部下が部屋に入ってきた。


「殿下、失礼致します。ご報告が……」


「むう?なんだお前か、煩いなぁ。今アンと愛を深め合っていたのに……」


 それを見たリチャードは露骨にめんどくさそうな顔になって言った。


「そうですよ〜いいところだったのに〜(本当に良いタイミングで来てくれたわ)」


 アンも一応それに乗っかる。


「も、申し訳ありません……」


「もういいよ、それで何?」


「はい、実は当初の予想より情勢が悪く、我らが完全に国を掌握するのに時間が掛かりそうなのです」


 そして、部下がおずおずとそう言った。


「はぁ?何だって?おかしいじゃないか!父上を支持する国王派は全貴族の二割にも満たないはずだろう!?」


 当然、不愉快な報告を聞いたリチャードは声を荒げた。


「は、はい、それは仰る通りなのですが……」


 しかし、それでも部下は言いづらそうにして、ハッキリと結論を言えない。


「じゃあ何が問題なんだよ!ハッキリ言えよ!」


 煮え切らない部下を見て、更に腹を立てたリチャードが吠えた。


「実は第三の勢力が現れ、力を伸ばしており……我が陣営にも内通者がいる可能性があります」


 すると、部下の口から出て来たのは思いもよらない事実だった。


「は?はぁ!?第三の勢力?どこだ!?地方の貴族か?異民族か?教会か?それとも王政を否定する過激派の連中か!?」


 リチャードは思い当たるもの全てを挙げるが、


「いえ……その……全て正解であり、間違いでもあります……」


 部下はダラダラと冷や汗を流しながらも、まだハッキリしない。


「何を訳のわかんないこと言ってんだよぉ!さっさと名前を言えよ!」


 そして、問い詰められた部下はここで漸く意を決し、その名を口にした。


「は、はい!……その名は……『ツンデレ解放戦線』、通称『ツン解』です」


「……お前、僕を馬鹿にしてるのか?いや、お前……頭がおかしくなったのか?」


 あまりにぶっ飛んだ名称が出て来た為、リチャードは部下の正気を疑い、可哀想なものを見る目でそう言った。


「いえ、滅相もない!事実です!エリザベス様を慕う連中が親しみを込めてそう名乗っているのです!」


 問われた部下が慌てて説明した。


「なーにー!?またしてもあの女かぁ!ぐぬぬ……だが、おかしいではないか!あの女は国を捨てて逃げたのだぞ!?普通は非難されるところだろうが!」


「いえ、それが……エリザベス殿下は今までの行いが非常に良かった為、リチャード様と違って人望があり、いつか必ず戻って来てくれると希望を持った連中が結集しているのです」


「ぐぬぬぬぬ……って、おい!お前!今、何気に今僕をディスっただろう!?」


「き、気の所為です!そ、それで更に厄介なのが……」


「何だ!武力でさっさと叩き潰せよ!」


「連中は至る所にいるのです。上位貴族から庶民、教会、地方の少数民族まで幅広く支持者がおり、我らの派閥や国王派の中にさえ協力者がいる模様で……ハッキリ申しまして、エリザベス様が生きておられる限り、手の打ちようがないかと……」


 そして、部下は芳しくない事実を告げた。


「またあの女か!どうして……どうしていつも皆んなあの女ばかりなんだぁ!」


 それを聞いた瞬間、リチャードは怒りが頂点に達し、力任せにテーブルをひっくり返した。


 ガシャーン!


 と、派手な音を立ててテーブルが倒れ、フルーツが床に散らばった。


「ひぃ!」


 部下は怯えたが、そこでアンが甘い声で言った。


「きゃーリチャード様怖ーい、ワタシだけは殿下のお味方ですから〜落ち着いて下さいよ〜……ね!(落ち着け白豚、話が進まないだろうが)」


「ハァハァ……そうだな、僕には君がいるものな、怖がらせてごめんよ……チュッ」


 彼女の言葉で我に帰ったリチャードはアンを抱きしめてキスをした。


「ん……よかった〜いつものお優しい殿下です〜(ああ、死にたい……)」


「それで、如何しますか?」


 リチャードが落ち着いたのを見た部下は、これ幸いと指示を仰いだ。


「……どうするもこうするも、一秒でも早くあの女を殺すしかないだろう。情報部の連中に急がせろ!あ、あと作戦内容を変更だ!あの女を殺したらその首を持ち帰り、広場に晒せ!それならツン解の連中も大人しくなるだろう」


「はい!なるほど……流石は卑しくずる賢いリチャード殿下でございますね!?」


 部下は関心しつつ、さりげなく?主人をディスった。


「おい、ついでにお前の首も晒してやろうか?」


「ひぃ!ご、誤解でございます!褒めているのです!」


「……はぁ、まあいいか。それで、あとはこのまま予定通り国王派を追い詰めつつ、ランスの第二王子フィリップの殺害を確実にやり遂げて実績を残す。そうすれば我々の派閥の士気は大いに高まり、愚民共の人気も取れるだろう」


 と、リチャードはその醜い見た目と腐った人格からは考えられないような、まともな指示を出したのだった。


 そこまで彼が言い終わったところで、横からアンが声を掛けた。


「……あの、リチャード様〜(おい白豚)」


「何だいアン?」


 リチャードは脂ぎった顔を歪ませ、嬉しそうに返事をした。


「そのランスの王子って〜どうやってやっつけるんですか〜?ワタシ知りたーい(おい、私のフィリップ様をどうするつもりだ、言え)」


「うーん、ごめんよアン、それは君にも秘密。全ては殺ってからのお楽しみさ!」


 が、リチャードにしては用心深く、今回も内容を聞き出すことは出来なかった。


「もー意地悪ー!プンプン!(チッ、豚の分際で口が堅いことだ)」


「グフフ、あの女、元婚約者が死んだらどんな顔をするかな?楽しみだブヒー」


 そして、リチャードはフィリップを始末した後、エリザがどんな顔をするのか想像してグフグフと気持ち悪く笑った。


「……(安心しろ白豚、死ぬのはお前の方だ。それにエリザベス様はランスに逃げたのならきっと大丈夫だし、フィリップ様は私が命に代えても絶対に死なせはしない)」


 と、アンは内心でそんなことを考えながら、彼をゴミを見るような目で冷たく見つめたのだった。




 ※お待たせしました!次回、漸く夏休み企画スタートです!

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