第197話「その頃、猛獣達は?II ④」
その四、シャケ教の教皇(狂皇)
猛獣ホイホイシャケが、意図せずまた一頭の凶悪な猛獣を引き寄せてしまったのと同じ頃。
王都の郊外にある城、またはシャケ教の総本山に狂信者である第二王子のフィリップがいた。
彼はシャケにアユメリカ大陸での支配権を確立せよ!という使命を与えられ(た、と思い込んでいる)、それを全うする為にありとあらゆる努力を重ねていた。
フィリップはあらゆる伝手や今まで貯めていた手持ちの資金を惜しげもなく使い、人(大陸へ連れて行く各種専門家や労働力となる移民希望者や兵士)、物(開拓に使う資材や原住民への贈りもの、そして輸送に使う船等)、金(商人や投資家、不要な宝石や美術品や別邸等の売却)を集めていた。
それはもう、驚くべき早さと優秀さで。
そして、今は巨大なシャケの肖像画を背に、書斎のデスクでギレーヌから報告を聞いているところだ。
「……フィリップ様、ご説明した通り、物資や人員の準備は滞りなく進んでおります。加えて移民募集の集会や私達のネットワークを通じて集めた同志達の集結も順調です」
と、すっかりフィリップの参謀兼秘書的なポジションに収まった元過激派リーダーのギレーヌが、準備の進捗状況を説明した。
「そうか、これなら大陸行きの船団の出発までには何とかなりそうだな」
それを聞いたフィリップは安心したように頷いた。
「はい、私もそのように思います。あといくつかご報告がありまして、まず船団護衛に就く海軍との調整がほぼ終わりました。陣容としては大型の戦闘艦5隻に加え、その他小型艦艇を10隻ほどを回してくれるそうです」
「うん、まあ妥当だな」
「ですね。えー、次に陸軍から打診が来ております」
「陸軍から?」
ここで意外な報告を聞いたフィリップが首を傾げた。
「はい、フィリップ殿下が自費で集められた遠征軍一万に加え、アユメリカ駐屯軍の交代要員三千を同船団で一緒に送りたいと申しております」
だが、ギレーヌが説明するとフィリップはすぐに納得し、苦笑した。
「なるほど、私の船団に便乗することで少しでも経費を浮かせようということか。確かに軍は最近、予算が減少傾向だからなぁ」
「左様かと。いかが致しますか?」
「勿論構わないさ。これはランスの為になることだし、ついでに陸軍に恩も売れるしな。ギレーヌ、追加で船舶の手配を頼む」
「はい、ではそのように手配致します」
ギレーヌが慇懃に返事をした。
「ああ、頼む……それにしても中々の規模の船団になったな、きっと人、物、金を満載した百隻以上の船が集まる姿は壮観だろうな(兄さん……褒めてくれるかな?)」
そして、フィリップは自分が苦労して集めた船団の陣容を思い浮かべながら満足そうに言った。
一方ギレーヌは、
「はい、それはもう……フッ……これだけの物資と兵力あれば、ランスはあと十年は戦える!キリッ!」
何だかよく分からないセリフを吐いた。
「ん?十年?」
「ハッ!……失礼しました。ついテンションが上がってしまって……コホン、しかし宜しいのですか?」
と、ここでギレーヌが少し心配そうな顔で言った。
「ん?何が?」
「今更ではありますが、本国には無断で大規模な戦闘を行うのです。いくらフィリップ様でもそのようなことをすれば、タダでは済まないのでは?」
するとフィリップはフッとニヒルな笑みを浮かべながら返事をした。
「そうだろうな……だが構わないさ。全ては我が兄上の為だ。それに私には時間が無いし、今更多少罪状が増えても困らない。だから、父上にバレて本国へ召喚されるまでには決着をつけるつもりだ」
「殿下……」
「安心しろ、ギレーヌ。約束は守る。私亡き後は全て兄上が上手くやってくれる。だから、安心したまえ」
「……はい」
と、部屋の空気が少し暗くなったところで、トゥリアーノン宮殿に書類を届けに行ったフィリップの部下が戻って来た。
「殿下、失礼致します」
そして、部下はフィリップの前まで来ると、右手を前方斜め上にパシッと伸ばし、
「ハイルリアン!」
と、何処かの独裁国家のようにローマ式敬礼を決めた。
「ハイルリアン!」
続いてフィリップも同じように敬礼を返した。
因みにこれはフィリップ以下メンバー達全員のシャケへの忠誠心が高まり過ぎた結果、いつの間にか始まっていたらしい。
余談だが、この習慣は後々シャケ本人が気付いてやめさせるまで続くことになる。
「只今戻りました。早速ですが、ご報告があります」
「どうした?」
「はい、先程トゥリアーノン宮殿で聞いた話で詳細はまだ不明なのですが……マクシミリアン殿下が密かに復帰されたそうです」
「何!?兄上が復帰されただと!?バカな!早過ぎる!それは本当なのか?」
それを聞いたフィリップは目を見開いた後、再度確認した。
「はい、間違いございません」
「うーん、個人的には超嬉しいが……何故だ?」
神の帰還が間違いないことを確認したフィリップは歓喜したが、同時に疑問が出た。
そう、彼はシャケの狂信者なのだが他の猛獣達とは違い、自分の姿を客観的に見れないこと以外は非常に優秀で、物事を冷静に分析することができるのだ。
「はい、実はマクシミリアン殿下は密かにバイエルラインとコモナへの侵攻、そして国内の反社会勢力の撲滅を進めており、その指揮を取る為にお戻りになったとのことです。あとこれは噂なのですが……何でもそれら全て、誰にも相談することなく殿下が独断なされたとか……」
と、そこまで静かに話を聞いていたフィリップは少し考えた後、
「うーん、確かにどれもランスにとって利益にはなるが……あの聡明で高潔でお優しい兄上が父上や宰相に一言の相談も無く独断で?いや、あり得ない……これは一体………………そうか!」
何が閃いたらしく声を上げた。
「殿下?」
「そういうことか!……優しい兄上は猛獣達の暴走を庇ったのだ!」
そして、何とフィリップはほぼ正解を導き出し、直後に頭を抱えた。
「は?猛獣?庇う?」
彼の言葉を聞いた部下はその意味が理解出来ず、首を捻った。
「気にするな、こっちの話だ。ああ、それにしてもあの連中はまた兄さんに迷惑を掛けて……やはり僕が兄さんを守らないと!」
フィリップは決意を新たにそう言った。
だが、残念ながら自分が加害者の一人であるということには、最後まで気付くことが出来なかったが。
「殿下、宜しいでしょうか?実はもう一つご報告がありまして……」
と、ここで暫く静観していたギレーヌが口を開いた。
「ん?何だ?」
「はい、実はルビオンから手紙が届きました」
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