第198話「フィリップの初恋①」

「ルビオン政府から私に手紙だと?どう言うことだ?」


 憎しみを焚き付けるという方法で長年自分を操っていたルビオンの名を出されたフィリップが、怒気を孕んだ声で言った。


「あ!大変申し訳ありません殿下、『ルビオン政府』からではないのです」


 すると、それを聞いたギレーヌが慌てて訂正し、誤解させてしまったことを謝罪した。


「ん?違うのか?」


 一方、ルビオン政府からの手紙ではないと言われたフィリップは一気に怒りが冷めて冷静になった。


「はい、正確には『ルビオン国内』から送られてきた手紙という意味でして……」


 そして、ギレーヌは申し訳なさそうに説明を加えた。


「ああ、なるほど!そう言う意味か」


 するとフィリップはその言葉で彼女の言わんとすることを理解し、苦笑した。


「はい、まあ何と言いますか……この手の活動をする者同士、それなりに横の繋がりがありまして……」


 続いてギレーヌがバツの悪そうな顔で言った。


 つまり、どういうことなのかと言えば、テロリスト同士、仲良しこよしということだ。


 まあ、そう言ってしまうと身も蓋もないが。


 閑話休題。


 それを聞いたフィリップは、


「ふ、気にするなギレーヌ。今の君達はテロリストではないし、更に今回はそのネットワークを使って人を集めている訳だしな」


 と、一笑に付し、話を続けた。


「……それでその手紙だが『ルビオン国内』からということは……北部のスコルトの連中か?」


「流石はフィリップ様、ご明察です。スコルト王家再興を目指す地下組織で名前は……えーと、なんだったか……『デ◯ーズフリート』?……じゃなくて『黒の騎◯団』?……でもなくて……あ『ヴ◯レ』?だったかな?……いや、どれも違うな……すみません、どうでもよすぎて忘れました」


「テロ仲間なら覚えておいてやれよ……というか、どれもめちゃくちゃ物騒な名前だな……ま、まあ、いいか。それで手紙の内容は?」


 意外と同業者に薄情?なギレーヌにフィリップはツッコミながら先を促した。


「はい、えー、要約しますと、反抗の準備が整いつつあるので……」


「決起の時は力を貸して欲しい、と?」


「はい、連中は現在我々がフィリップ様と……つまりランス政府と繋がっていることを知り、援助を求めて来たようです」


「ふむ……つまり連中はこう言いたいのだろう?スコルトでの反乱はルビオンの国力を落とすことに繋がる、つまり我がランスの利益になるのだから力を貸せ、と」


「はい、仰る通りでございます。あとそれに加えて今回は城を一つ手に入れた上、更に切り札があると書かれています」


「切り札?聖杯でも見つけたか?」


「いえ、そんなサーバントを使って奪い合うような危険なものではありませんよ……というか、ものではなく人です」


「人?……では、今は亡きスコルト王の血縁でも見つけてきたか?」


 ヒントを出されたフィリップは、今度は真面目に考え答えを出した。


「流石フィリップ様、正解です。実は今回の蜂起ではスコルト王の一人娘、アリア王女を旗頭にするそうです」


「何!?アリア王女だと!?」


 ギレーヌがそう言うと同時に、ここまで割と冷静だったフィリップがそれに反応した。


「は?はい、そう書かれておりますが……どうかなさいましたか?」


「あ、いや、その……すまない、何でもない。それで……えーと、そう!確かに亡国王女が立てばそれなりの数のスコルトの民が従うかもしれないな……」


 フィリップは誤魔化すようにそう言った。


「確かにそうですね」


「現在ルビオン国内は混乱しているという情報もあるし、それなら憎きルビオンにダメージを負わせることが出来そうな気もするが……果たして本当に可能なのだろうか?君はどう思う?」


「はい、恐らく企み自体は失敗するかと。いくら相手のルビオン政府が多少弱っているとは言っても、連中の戦力だけでは知れていますし、我々が多少の援助をしたところで大勢は変わらないでしょう。それに……」


「それに?」


「何度か連中の幹部と顔を合わせたことがありますが、正直短慮な無能という印象でした。幹部があれでは……」


「そうか」


「しかし、ルビオンを多少なりとも消耗させることが出来ればアユメリカで有利に運ぶ可能性は十分あるかと思います。ですので、我々が援助を与えるというのはありだと思います。殿下、いかが致しますか?」


 そこまで説明したギレーヌは、フィリップにこの件をどうするか問うた。


「なるほど、そうだな……だが、今の私個人には連中を支援する余裕はないし、そもそもこれは父上や兄上がお決めになるべき案件だ。済まないが内容をまとめて宮殿に届けてくれ」


 だが、フィリップはなおも冷静に判断し、復讐の為に今すぐ出来る限りの支援をする!などとは言わず、敬愛するシャケに判断を委ねた。


「はい、畏まりました」


 それにギレーヌが慇懃に返事をしたところで、


「それにしてもアリア王女が生きていたとはな……」


 と、複雑そうな顔で意外なセリフを言った。


「え?まさか殿下はアリア王女をご存知なのですか!?」


 そして、少し驚いたギレーヌが思わずそう聞くと、


「ああ、と言ってもかなり昔の話だがな。ええっと、あれは私が闇堕ちする前だから……そう、まだ傀儡としてスコルト王家がかろうじて残っていた頃の話だ」


 フィリップの昔語りが始まった。


「闇堕ち……?」


「何でもない、忘れろ。えーと、それで彼女と出会ったのはスコルト王が親善の為という名目で我がランスを訪問し、トゥリアーノン宮殿に滞在していた時のことだ。彼女……アリアはそれに同行していたんだ」


「呼び捨て!?ほほう、まさか!そこで甘いボーイミーツガールが……」


 なんだか甘い酸っぱい恋の匂いを嗅ぎ取ったギレーヌが、怜悧でおっかない見た目に反して目をキラーン!と光らせた。


「ない」


 だが、フィリップは即座にそれを切り捨てた。


「そうですか……」


 すると、ギレーヌは露骨にテンションが下がった。


「何故残念そうな顔をする?……はぁ、まあいい。えーと、兎に角、彼女と出会ったのはその時だ」


「はい、それでそれで?」


「ああ、それで具体的な状況を説明すると、先程言ったようにスコルト王家は既にルビオン島中部から南部を治めるスチューダー王家の傀儡と化し、かろうじて生き延びている状態だった。で、そのスコルト王が何故わざわざ我がランスに来たのか、と言うば……」


「援助を乞いにきた、ですか?」


「ああその通り。無能なスコルト王は大人しく傀儡として生きていれば、それなりの暮らしが出来るのにも関わらず、それが気に入らなかった。だから表向きは親善を装い、独立の為の支援を我が国に頼みに来たのだ。だが、あからさまにそんなことをした結果……」


「これを好機と見たスチューダー王家に反乱を企てた罪で家ごと取り潰されてしまった訳ですか……」


「そうだ」


「酷い話ですね」


「ああ、全くだ。それで件のアリア王女だが……」


「はい、どうなったのですか?」


「聞いた話では、確か最後の攻城戦の中で死亡したことになっていた筈だ。一応、焼け落ちた城からそれらしき遺体も発見されたそうだ」


「ではそれが偽装だった?」


「いや、分からない。その遺体が偽物だったのか、今回のアリア王女を名乗る女が偽物なのか……それは会ってみないとなんとも言えない」


 そして、ここまで深刻そうな顔で話していたフィリップが、また意外なことを言った。


「え?相当時間が経っていますが、殿下は当人と会えば本物か見分ける自信が?やはり!愛の力ですか!?」


 すると、ギレーヌはすかさずテンション高めで質問したのだが、


「ギレーヌ、吊るされたいのか?」


 フィリップに割と本気でそう言われてしまった。


「……申し訳ありませんでした。しかし、冗談は兎も角、本当に本人かどうか分かるのですか?」


 そして、今度は真面目にそう聞くと、


「ああ、彼女がランスに滞在中それなりに一緒にいたからな」


 しれっとフィリップはそう答えた。


「え?それ聞きたいです」


 すると再びギレーヌのテンションが上がり、詳しい内容を聞きたいとせがんだ。


「む?何も面白いことなどないぞ?」


「いいから、お願いします!」


「全く、ギ◯ン=ザビみたいなおっかない見た目のくせに、そんな乙女みたいな顔をするな気持ち悪い……」


「酷い!」


「だが、まあいい。話してやろう。あれは……」


 と、そこでフィリップはついに折れて昔話を始めたのだった。

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