第196話「その頃、猛獣達は?II ③」

 その三、獅子ニー。


 猛獣ハンターシャケが、新種の猛獣バイオレンス・ゴールデンドリルを甘い罠を使って捕獲し、自らの猛獣コレクションに加えたのと同じ頃。


 その時レオニーは久しぶりの隠密ルックに身を包み、王都から離れた東部の地方都市に存在する、とある屋敷の前に立っていた。


 そして彼女は、その多くの手練れがひしめき、堀や防壁、各種トラップなどに厳重に守られた少し特殊な屋敷を見ながら呟いた。


「さて、少し手間取ったが漸く下郎共の親玉か……貴様の部下が私の愛しい殿下を侮辱した罪、その命で贖って貰おうか」


 レオニーは屋敷を向かって冷たくそう言うと、両手で長年の相棒であるダガーをホルスターから引き抜き、身構えた……のだが。


「レオニー様」


 突然その声と共に、彼女の背後の闇の中から連絡員が現れた。


「ん?どうかしましたか?」


 レオニーはそう答えると一度構えを解き、連絡員の方を向いた。


 そして問われた連絡員が要件を切り出そうとして、シャケの名前を出した、その瞬間。


「はい、実はマクシミリアン殿下よりお言伝……ガァ!」


 レオニーはシャケの名前に光の速さで反応してテンションMAXになり、目を血走らせながら両手で哀れな連絡員に掴み掛かった。


「え!?殿下から!?」


「はい……ぐっ、く、苦しい……」


「いいから早く内容を言いなさい!」


 レオニーは嬉し過ぎて連絡員をガクガクと揺すりながら、強引に先を促した。


 因みに、そんなことをせずに普通にしていればもっと早く内容を聞けたという事実に、シャケ成分に飢えた残念な雌ライオンは全く気付いていない。


 反対に生命の危機に陥っている連絡員は、生き残る為に首を締め付けられながらも、何とか話を始めた。


「う、は、はい……殿下が……密かに復帰され……」


「☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆」


「ひぃ!?……ほ、本作戦を含めた諸々の指揮を……ハァハァ……と、取られることに、なりました……そこで是非、レオニー様を側に置きたいと……」


 酸欠で朦朧とする意識の中で連絡員は懸命にも役目を果たした。


「何ですって!?何故それを先に言わないのですか!貴方が早く内容を言わない所為で殿下にお会い出来るのが十秒も遅くなってしまったわ!」


 だが、シャケ大好き盲目雌ライオンは、理不尽にも連絡員を責めた。


「え!?えぇ……いや、それは貴方の所為では……」


 連絡員は余りの理不尽に反論を試みるが、


「黙れ」


「ひぃ!?」


 瞬殺された。


「さて、私は今すぐ帰還しますから、他の人員には貴方からそれを伝えておきなさい」


 そして、彼女は躊躇なく職務を放棄することを宣言した。


「ええ!?ちょ、ちょっとレオニー様!?ここはどうするのですか!?」


 流石に連絡員も大慌てでレオニーにそう問うが……。


「作戦は一旦中止します。たかがマフィアのボスの首などいつでも取れますから。では頼みましたよ」


 彼女は何の躊躇もなくそう言った。


「ちょっとレオニー様!?たかがって国内最大の構成員数万人のマフィアのボスですよ!?」


「殿下!レオニーは今参ります!」


 そして、連絡員の言葉をスルーし、


 シュバ!


 っと、消えてしまった。


「……どうしよう」


 その場に残された連絡員と配置についていたメンバー達は途方に暮れたのだった。


 ……。


 …………。


 ………………。


 数時間後、帰還途中。


 レオニーは砂漠の真ん中でオアシスを見つけた遭難者のように……いや、久しぶりの獲物を見つけて追いかける猛獣のように王都へ向かってひた走っていた。


 高速で移動する彼女の見た目はクールそのものだが内心では、


「フフ、殿下が復帰されたことも嬉しいのですが……何より私を必要として頂けるとは!しかも、側に置きたいと!ああ、嬉し過ぎてどうにかなりそう!ウフフ」


 嬉しさで一杯だった。


 更に、


「しかも!しかもですよ!?側に置きたいということは……もしかしてワンチャンあったり……きゃー!はっ!ダメよレオニー!そんなよこしまな考え

は不敬だわ!……でもでも、殿下だって若い殿方だし……場合によっては……グフフ」


 と、かつての感情のない精密機械のようだった頃の面影は完全に失われて、自らの欲望に支配されてしまった憐れなエロ獅子……差し詰めエロニーが煩悩丸出しでそんなことを考えていると……。


「レオニー様!宮殿より火急の知らせにございます!」


 突然、前方から馬に乗った連絡員がやってきて彼女の妄想を遮った。


「ふぁっ!?何ですか!今いいところだったのに!」


 いいところ?で妄想を邪魔された変態雌ライオンは殺意の混じった視線を連絡員に向けた。


「ひぃ!?……申し訳ありません……あ、あの!それよりも殿下より言伝がありまして……」


 その人が殺せそうな視線で射抜かれた連絡員は意識が飛びそうになりながらも、何とかそう言った。


「え!?殿下から!?まさか、早く私に会いたくて帰還を急かす内容かしら!?これは急がないと……」


 するとレオニーは勘違いしてそんなことを言い出してしまったのだが……。


「あ、あのー……レオニー様、それが……」


 連絡員がそれを恐る恐る遮った。


「何ですか!時間がないの!」


 当然、レオニーはキレた。


 すると先程から冷や汗が止まらない連絡員はもの凄く言いづらそうに、


「は、はい!えー………………実は………………新しい秘書(♀)を雇ったので、レオニー様にはそのまま現場にて存分に働いて頂きたいとのことです」


 と、内容を端的に告げた。


「……は?い、今……なん、と……?」


 残酷?な事実を告げられたレオニーは現実を受け入れられず、現実逃避気味に連絡員に聞き返した。


「で、ですから帰還は取り消しです!速やかに現場に戻るようにと……では、私はこれで!」


 シュバ!


 泣き出しそうな顔でそう言うと、本能的に身の危険を察した連絡員は素早く逃げ出した。


 因みに昔は悪い知らせを持ってきた使者を斬り捨てることも割とあったりしたらしいので、彼が逃げたのは当然なのかもしれない。


 だが、意外にも一人その場に残されたレオニーは暴れたりはせず、むしろ力無く夜明けの田舎道の真ん中に両膝を着き、天を仰いだ。


「あ、ああ……そんな……殿下は……新しい女を手に入れたから私はもう用済み?……うう……ああ、そんなぁ……あああああああああ!」


 ポーズ的にその姿はまるで戦争映画プラ○ーンのパッケージのようだ。


 差し詰め、レオアス軍曹と言ったところか?


 そして、レオアス軍曹はそのまま暫く泣いた後。


「う、うう……殿下の……ばかぁ……ぐす……でも、それでも……たとえ女としての私は不要だとしても……まだ私は殿下の騎士!せめて仕事の面でお役に立って見せます!……でも、でも……涙が止まらない……」


 レオニーはその美しい顔を涙で濡らしながら無理矢理自分を奮い立たせると、トボトボと来た道を戻って行ったのだった。


 その日、作戦目標だったマフィアのボスは、白昼堂々カチコミにやって来た号泣する一頭の雌ライオンの手によって、屋敷にいた部下達全員と共に非業の死を遂げたのだった。

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