第193話「シャケ、スカウトする」

「実は……君が欲しいんだ!」


 私は彼女のサファイアのような瞳を真っ直ぐに見つめながら言った。


 するとエリザは目を見開き、それから顔を真っ赤にしながら盛大に驚いていた。


「ふぁ!?な、なななななな何を仰るの!?ワタシ達はまだ出会って間もないですし、いきなりそんなことを言われても……それにワタシには心に決めた方が……」


 ふ、まあ、そうだろうな。


 出会ったばかりのよく知りもしない男にいきなり誘われたりしたら当然だ。


 だが、私は引かない。


 男たるもの、時には強引に求めることも必要なのだから!


 そして私は、再び彼女を求めた。


「改めて言うよ、エリザ、私には君が必要なんだ」


 それに対してエリザは奇声?を上げた後、逡巡し始めた。


「はぅ!うぅ……(こんなにストレートに来られるとワタシ……で、でも!出会って数時間で求めてくるなんて破廉恥ですわ!……あ……でもでも……ワタシにら拾って頂いた恩に報いてあげられるものは何もないですし……やはり、求めに応じて身体を差し出した方が良いのかしら?それに……不思議とこの方なら全てを捧げても良い気が……いや、でもでも、だって……ああああああ!ワタシはどうしたらいいの!?」


 よし、だいぶ心が揺らいでいるな。

 

 もうひと押しだ。


 あと少しでこの女は私のものだ!


 そして、心の中でニヤリも笑うと、トドメとばかりに私は彼女の手を取り、ついでに少し顔を近付けて三度目の求めを口にした。


「お願いだエリザ!私のものになってくれ!」


「は、はわわわわわ……(ち、近いです!あとこの方、よく見れば凄く綺麗な顔立ちをされていますわ!まるであの方のように……ああ!私、もうダメかも……)」


「エリザ……」


「あ……ああ……(もう、ダメ……ワタシという存在がこの方を……リアンさんを求めている………………ごめんなさいマクシミリアン様、エリザは……エリザは……この方のものになります)」


 私がダメ押しをすると、エリザは一度俯いた後、


「……はい、ワタシ……貴方のものになりますわ(……さようなら、ワタシのマクシミリアン様)」


 潤んだ目でこちらを見つめながら、そう言った。


「そうか、決心してくれたか。ありがとうエリザ」


 私は表面上、穏やかな笑みを浮かべたままそう言った。


 しかし心中では勿論違い、


 やったー!


 クックック、かなりメンタル的に無理をしたが、最高の女を手に入れたぞ!


 などと叫んでいた。


 さて、では彼女の気が変わらないうちに早速頂くとしようか……グヘヘ。


 そして私は最高の似非スマイルを浮かべると、テンション高く言った。


「僕と契約して、秘書になってよ!/人◕ ‿‿ ◕人\」


 僕の労働時間が危ない!早く!(>_<)


「はい、不束者ですが宜しくお願い致します………………は?」




 さてさて、遂にシャケに落とされてしまったエリザだが、何故こうなってしまったかというと……。


 時間を少し巻き戻し、ジゴロシャケがエリザを家に連れ込んだところから。




「エリザ、ついたよ。ここが私の家だよ」


「はい……落ち着いた雰囲気の良いお家ですわね」


「ありがとう、さあ、入って」


 そして、彼女を家に招き入れ、ソファに座らせたところで。


「えっと……あ、朝食の前にお風呂に入りなよ、その間に支度をするから」


「あ、ありがとうございます!ランベールさん」


 私がそう言うと、エリザは顔を明るくした。


「ではお湯を沸かすから、少し待っていてね……」


 それから約十五分後。


「準備できたよ。バスルームは奥にあるから」


 私は苦労して風呂を入れ、エリザに声を掛けた。


「はい、ありがとうございます。では、失礼して……」


 そして、私はエリザがバスルームに入って行くのを見届けてから朝食の準備を始めたのだが、そこでふと思った。


「あ、替えの服がないな」


 そう、当然だが我が家に女物の服などある筈が無いのだ。


 しかも今は早朝で、店も開いていない。


「参ったな……」


 ボロ切れのようになってしまったドレスをもう一度着せる訳にもいかないし……。


 かと言ってバスタオル一枚や、裸ワイシャツとかエロゲみたいな格好にさせるのは可哀想だし……。


 何かないかな……あ!そういえばアレがあったな。


 まあ、店が開くまでの少しの間だけだし、アレで我慢して貰おうか。

 

 それに彼女なら似合いそうだし……いや、何でもありません。


「さて、ではあの服を準備をしておこうか」


 私はそう言うと、今は使っていない使用人用の部屋からメイド服を取ってきたのだった。


「さて、取り敢えず服はこれでいいとして、朝食を準備するとしようかな」


 と、服の問題を解決した?私がそういったところで。


「あ、あの……ランベールさん……少し宜しいですか?」


 バスルームからエリザの遠慮気味な声がした。


 どうしたのだろう。


 バスタオルやお湯の準備はした筈だが……あ、もしかして貴族の娘だから使い方が分からないのかな?


 はぁ、全くこれだから温室育ちは……。


「ん?どうかしたのかい?」

 

 心の中でため息を吐きながら、私は脱衣所に入ると……。


 そこには下着姿のエリザが!


 キャー!ランベールさんのエッチ〜!


 などと言うラッキースケベな展開は無く、そこには先程と同じくボロボロのドレスを纏ったエリザが立っていた。


「あ、ランベールさん」


「エリザ、どうしたの?やっぱりバスルームの使い方が分からない?」


 私が彼女にそう問うと……。


「え?ああ、はい。それもあるのですが……その……実は……」


 歯切れの悪い答えが返ってきた。


 ん?どうしたのだろう。


「実は?」


「今までお風呂は、服の着脱から身体を洗うところまで全て侍女がやっておりまして……」


「……そう」


 で、どうしろと?


 なんか凄く嫌な予感が……。


「あの……大変心苦しいのですが……入浴を手伝って頂けませか?」


「………………は?」


 なんとなくそんな気はしていたが、やはりか。


 いや、でもそれはちょっと色々と問題が……。


 ていうか何この子!


 羞恥心がないの!?


 痴女なの!?


「お願いします!ランベールさん!」


 が、しかし。


 お願いしてくるその瞳に穢れは全くない。


「うっ……」


 や、やめてくれ!


 そんなに純粋な瞳で見つめられると断りづらいじゃないか!


「……チラッ!チラッ!」


 ぐっ……仕方ない!


「………………分かった、手伝うよ」


「ありがとうございます!ああ、これで久しぶりのお風呂に入れますわ!」


 すると、エリザはパァっと顔を輝かせた……が、反対に私は急にドキドキしてきた。


 うーん、やっぱり彼女は恥ずかしくないのかな?


 あ!いや、多分緊張が緩んだのと、久しぶりの入浴でテンションが上がり、羞恥心が一時的に麻痺しているのだろう。


 うーん、あとで訴えられないか心配だ……。


「あの……ではランベールさん、お願いしますね♪」


 私がそんなことを考えていると、彼女は嬉しそうにそう言って私に背中を向けた。


 ん?……ドレス(の残骸)を脱がせろと言うことか。


「え?あ、はい……」


 ええい!ままよ!


 そして、私は覚悟を決めて彼女の背中に手を伸ばしたのだった。


 以下、自主規制。


 ……。


 …………。


 ………………。


 約一時間後。


「むぐむぐ……ごくん。ランベールさん、これ凄く美味しいですわ!」


 ダイニングでは艶々した顔で朝食を頬張るエリザ(メイドルック)の姿があった。


「そう、良かったね……」


 そして、それに力無く返事をする心身共に疲れ果てた私がいた。


 はぁ……疲れた……。


 レディの入浴について語るような無粋なことはしないが、一応誤解の無いように言っておくと、何もなかったので悪しからず。

 

 本当だよ!?


 ……はぁ、さてと。


 取り敢えず、ちゃんと事情を聞いておかないとな。


「ねえエリザ」


「はい、何でしょうか?」


「もし良ければ何があったのか事情を聞いてもいいかな?もしかしたら力になれるかもしれないし」


「え?あ、はい、あの実は……」


 ……。


 …………。


 ………………。


 それから約一時間後。


「……と、言うことがありまして……」


「そうか、大変だったね」


 エリザは当たり障りのない範囲で事情を教えてくれた。


 いわく、なんとルビオンでは皇太子が反乱を起こして政権を奪い取ったらしく、それに伴い国王派の貴族は大混乱らしい。


 そして彼女はその国王派の貴族の娘で、ルビオン王国から命からがら身一つでランスに逃げてきたのだとか。


 その際、お付きのメイドとハグれてしまったり、親切な船乗りに助けてもらったり、ランスで道を聞こうとしたら突然襲われて戦闘になったり、お金や書類を全て落とした上、転んで泥だらけになったり、色んな所にドレスを引っ掛けてボロ切れにしてしまったり、悪い人間に騙されそうになったり……などなど怖い目に沢山あったらしい。


 貴族の箱入り娘がそんな体験をしたら、そのショックは計り知れないだろう。


 なるほどね……だからボロボロだったのか、可哀想に。


 これは何とか力になってあげたいところだが……かと言って私は忙しく、これ以上彼女を助けている暇は無いし……。


 だが、目の前で不安そうにしている彼女を放り出すなんて出来ないし……うーん、あ!しまった!もうすぐ仕事に行く時間だ!


 ……どうしよう、彼女を一人にするのはなぁ、でも宮殿に連れて行く訳にも……ん?


 宮殿に連れて行く?


 ……ん?


 あ!


 その時、私はあることを閃き、エリザにいくつか質問をすることにした。


「ねえエリザ」


「はい、何でしょうか?」


「君は貴族の娘だから、当然色んな教育を受けてきたよね?」


「はい、勿論ですわ」


 よし。


「では聞くけど……エリザは流暢なランス語を喋っているけど他にも喋れる?」


「はい、十カ国語ぐらいは……」


 マジか!?


 凄いなこの子!


「素晴らしい!あ、あと領地の経営を手伝っていたりはしない?」


 これは高望みかな?


 と、思いながら聞いたのだが……彼女の答えは予想を遥かに超えるものだった。


「領地の経営の手伝い……ですか?ええっと、少し違うかもしれませんが……政務に関しては様々な政策の立案や助言をしたり、派閥をねじ伏せ……いえ、纏めたり、経済に関しては貿易の拡大や規制の緩和を行なってお金の流れを良くしたり、軍事に関しては傭兵に頼らない常備の陸軍の増強や海軍の待遇改善をしたり、外交については……」


 なんと!


 まさか偶然拾った少女が、ここまでの逸材だったとは!


 やはり、ただの痴女ではなかったんだな!


 良かった良かった。


 さてと、そうと分かればやることは一つだ。


 彼女を手に入れないと!


「ねえ、エリザ」


「はい」


「実は……君(の能力)が欲しいんだ!」


 そして、私は優秀なエリザをスカウトする為、彼女の目を真っ直ぐに見つめながら、そう言ったのだった。






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