第191話「シャケ、幽霊を見る!?」
「……私からの指示は以上だ、ピエール。私は一旦自宅に帰って仮眠とってから支度をして昼までには戻るから、それまで頼むよ」
「はい殿下、かしこまりました!」
「……ふぅ、疲れたな……さあ、帰ろう」
私の指示を受け、歩き去るピエールの後ろ姿を見ながら出てきたのはそんなセリフだった。
実はテレビショッピングを終え、今後についての諸々の指示をピエール達に出し終えた頃には深夜になっていて、私の疲労はピークに達していた。
なので、今日出来ること、やるべきことは全てやったので一旦自宅に戻り仮眠と今後の準備をすることにしたのだ。
なんと言っても、ブラリと街に出たらそのまま宮殿に連れてこられてしまったからなぁ。
まあ正直、全てが揃っている宮殿からわざわざ新居に戻る意味はあまりないのかもしれないが、その方が気が休まると思ったのだ。
それから私は外の空気を吸いながらのんびりと帰りたかったので、直ちに馬車を準備致します!という侍従達と今すぐ護衛を!という近衛と情報局員達を追い払い、そのまま宮殿の裏門から出て歩き出した。
因みに私が河のように広い宮殿の堀の横を歩き始めた頃には、既に空が少し明るくなり始めていた。
「ふぁ……それにしても、私如きが外交官という交渉のプロ達と渡り合うとか、本当に大丈夫なのだろうか?」
そして、朝モヤが掛かる宮殿と街並みを眺めつつ、明日……いや、既に今日か、再び押しかけてくるであろう他国の外交官達をどうやってあしらおうか、とあくび混じりに考えていた、その時。
「……うう……ぐすん、もう嫌ですわ……すん」
「はぁ、辛い……ん?何だ?今何か聞こえたような……?」
何処かから女性が啜り泣くような声が聞こえてきた。
え?こんなに時間に?こんな場所で?
まさか……ね?
気の所為、だよね?
と、思おうとしたのだが。
「うう……もういっそ、このまま身を投げてしまおうかしら……ぐすん、うう……」
再び泣き声が聞こえてきた。
しかも今、身を投げるとか聞こえたような?
……え?マジか!?
そして、私がキョドっていると、前方のモヤの中に人影が見えた。
「っ!?」
う、嘘だろ!?
こんな時間に人影?これってまさか……?
いや、落ち着けマクシミリアン。
あれは皇居ランナーならぬ、宮殿ランナーに違いない!……きっと。
いや、この時代にそんな訳ないか。
あ!だったら逆に犯罪者やテロリストの可能性もあるのでは!?
どうしよう、もしそうだったらさっさと逃げて応援を呼んでこないと……。
ん?でも、テロリストは泣かないよな?
うーん、取り敢えずもう少しだけ近づいて確認してから判断しようか。
なんだかんだ言って気になるし。
私は怖いもの見たさもあり、そう決めると足音をさせないよう、ゆっくりとその人影に近づいた。
徐々に対象の人物に近づき、シルエットがはっきりしてくる。
そして、ドキドキしながら更に近付くとそこにいたのは……。
「……え?少女?」
堀の向こうにそびえるトゥリアーノン宮殿を切なそうに見つめる、うら若き女性だった。
彼女は腰まであるストレートの髪に豊かな胸、そして整った顔立ちの儚げな美少女……なのだが。
私はそこで思わず寒いものが走った。
何故なら彼女はボロを纏い、顔や髪は泥と埃に塗れてくすみ、更に裸足なのだ。
正直、それだけならただの物乞いの少女かな、で済むのだが……こんな時間に、こんな場所だ。
加えて朝モヤの中に佇むその姿は何というか……幽霊っぽく見えてしまったのだ。
え?
何これ?ヤバいやつ!?
もしかして、王侯貴族との悲恋の末に非業の死を遂げたとかの恨みで化けて出てるとか……!?
怖っ!
ああ、どうか相手が我が一族ではありませんように……あっ!
もしかしてフィリップか!?
プレイボーイという噂もあったし、可能性はあるんだよなぁ。
いや、イケメンの父上絡みかも……。
もしかして嫉妬深い母上が……?
ど、どうか、違いますうに!
そして、もしそうなら呪うのは当人だけにして下さい!
私は善良なニートで、無関係ですから!
まあ、どちらにせよ、関わらない方がいいよな。
さあ、音を立てずにここを離れて忘れよう……と思い、そろりと片足を踏み出した瞬間。
カツン!
「っ!………………」
あっ……。
小石を蹴っ飛ばし、その音が辺りに響いた。
ヤバい、気付かれた!?
私は慌てて幽霊少女?の方を見ると、
「……あら?どなたかいらっしゃるのかしら?」
少女は悲しげな表情で此方を見た。
「ひぃ!」
え?えーと……どうしようか!?
と、取り敢えず何か答えないと!
と、私が思ったその時。
「ご安心下さいまし。アタクシ、もう逃げたりは致しませんの……で……」
彼女は儚げに微笑むと、そのままゆっくりと堀の方へ倒れ始めた。
「っ!?」
それを見た私は反射的に身体が動き、ギリギリのところで幽霊少女?を抱きとめた。
そして、思った。
咄嗟に助けてしまったが……良かった!
ちゃんと重さがある!
ということは普通の人間だということだよね!?
ふぅ、一安心だ。
と、下らないことを考えていると、抱きとめた少女と目があってしまったので、
「……ふぅ、間に合った。あ、あの……君大丈夫かい?」
取り敢えず、無難にそう言った。
「え?あ、はい……ありがとうございます……実は急に身体に力が入らなくなってしまって……」
すると、少女は弱々しくそう答えた。
「そうか、兎に角間に合って良かったよ……あ、えーと、君名前は?」
「え?あ、これは失礼を。アタクシはエリザ……そう、アタクシはエリザと申しますの」
「エリザか、了解。あー……エリザ、君一人で立てるかい?」
「は、はい、大丈夫ですの」
私が問うと、エリザと名乗った少女はあまり大丈夫ではなさそうな顔でそう言った。
「それで……どうしてこんなところに居たの?……と、聞く前に……はい」
そして私は、薄着に裸足という出立ちで震えている少女に上着を羽織らせた。
「……え!?」
すると、当の少女は一瞬何が起きたら理解できずポカンとしてしまった。
因みに何故、いきなり私がこんな恋愛小説みたいなことをしてしまったかと言うと……実は自分でもよく分からない。
ただ目の前の少女を見ていたら、『そうしなければいけない』気がしたのだ。
……うん、私は何を言っているのだろうね……。
と、兎に角何か話さないと気まずいな。
「寒いんでしょ?震えているし」
私は取り敢えず、目の前で震える少女に対して無難にそう言った。
まあ、こんな薄着で、しかも裸足で夜明けの街に立っていれば暖かい訳はないが。
すると、
「え、あの、あ、ありがとう……ございます……そ、それで……ワタシなんかにどうして声を掛けた下さったのですか?」
恐る恐るという感じで、少女はそう聞いてきた。
「え?世知辛い現実から逃げ出して……じゃなくて……たまたま近くを通り掛かったら声がして、気になって見に来たんだよ。そしたら君が一人で泣いていたから心配で……」
私は表面上は優しくそう言った。
まあ、本当は逃げ出そうとした後、気になって好奇心で近付いただけなんだけどね……。
「え?ええ!?あ、ありがとうございます!……ワタシなんかの為に……ああ、本当に信じられない!……これはまるで……あの時と同じ……う」
私が思わず適当にそう答えると、少女はパァっと顔を明るくした後……。
「う?」
「うう………………うわーん!」
急に号泣し始めたのだった。
「は!?」
え!えええええ!?
何、何、何なの!?何なんですかぁ!?
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