第180話「テレビショッピング:RE①」
「はぁ、胃が痛い……」
今、私こと第一王子マクシミリアンはため息と共にそんなことを呟きながら、先導する侍従に付いて見慣れた荘厳な廊下を歩いていた。
馬車に乗っていた間に完全に日が落ちた為、壁の燭台には沢山の蝋燭が並び、揺らめいている。
そして、その廊下の壁沿いに並ぶ大きな窓は黒く染まり、私の生気のない顔を写している。
「はぁ……」
私はそんな自分の姿を見ながら、再びため息を一つ。
全く……つい一週間前に、二度と訪れることはないのだな、とか感慨深く心に刻んだ筈の元我が家であるトゥリアーノン宮殿に、まさかこんなに早く戻って来ようとは……。
はぁ、鬱だ……。
情け無い話だが、先程馬車の中で覚悟を決めたにも関わらず、私は今逃げ出したくてたまらない。
だが、だが、たが。
ここで逃げたらそれこそ終わり。
弁明の機会すら無くなってしまう。
だから、どれだけ嫌だろうと、怖かろうと、苦しかろうと自ら飛び込まなければならない。
百戦錬磨の政治家である父上と宰相が待つ、あの恐ろしい場所へ。
そして、そこで私は再び演じなければならない。
この国を愛し、自らを犠牲にして民の為に働く麗しき王子の姿を。
正直、上手く行く可能性は低い。
何故なら、勢いでなんとか押し切れた前回と今回では根本的に話が違うのだ。
前回は、私が突然婚約破棄をした、という割と内輪の話だったのに対し、今回は王権を蔑ろにした上、他国まで巻き込んでの大騒動。
つまり、重大な国際問題を引き起こしているのだ。
下手をすれば、我がランスが国際社会から孤立してしまう。
だから半端な覚悟では到底あの二人を説得することは出来ないし、仮にアレが完璧に決まっても果たして彼らを納得させられるかどうか……。
正直、あまり自信は無い……。
だが、失敗すれば島流しどころでは絶対に済まない。
今回は本当に死に直結する問題なのだ。
だから、是が非でも頑張らなければならないのだ!
もう、自由とか、金とか、贅沢は言わない!
一生独身で宮殿に監禁されてブラック労働三昧でもいい!
兎に角、死にたくない。
生きたいのだ!
まあ、それに生きてさえいれば、いつか逃げ出すチャンスもあるかもだし?
更に用済みになれば解放してくれる可能性や、逃亡するチャンスだってあるかもだし?
あ!いや、逆に用が済んだら始末されてしまう可能性も……うん、今それは考えないことにしようか。
と、兎に角!
だから……だからこそ!
今ここで生き延びねばならないんだ!
その為には絶対にアレを成功させる必要がある!
ああ、神よ!
どうか……憐れな私に力をお貸しください!
あの業界の神、タ◯タ社長!
と、私が悲壮な覚悟で神?に祈っていると遂に長い廊下が終わり、目的地に着いてしまった。
父上こと、国王シャルルの部屋に。
そして、全ての始まりの場所に。
私はひと月前と同じその重厚なドアの前に立つと、目を瞑って深呼吸一つ。
そして、今度こそ本当に覚悟を決めて目をカッと開き、自らの到着を告げた。
「父上!失礼致します!マクシミリアンです!お呼びにより参上致しました!」
すると、少し間を置いてから、
「………………うむ、入れ」
と、返事があり、私は静かにドアを開けて部屋に入った。
その瞬間、恐怖と緊張で身体が震えたが、私は何とかそれを押さえ付けた。
そして、ひと月前と同じように父上が座る厳つい仕事机の前まで移動し、そこで直立不動の姿勢をとったあと、少しだけ周りを観察した私は思った。
ああ、何から何までひと月前と同じだな、と。
相変わらず似合わない口髭を生やし、机でゲ◯ドウポーズを取っている父上。
その横に立つ、実年齢よりもかなり若く見えるイケメン宰相のスービーズ公。
奥でパチパチと音を立てながら燃える暖炉。
そして、人が隠れられそうなサイズの大きなカーテンが……ん?
何故かカーテンの下が短くカットされ、人が隠れられるような余地が無くなっているな?
ふむ、つまり今回はあそこから屈強な護衛が飛び出してきて、いきなり私を取り押さえるというような心配はしなくてもいい訳だな。
まあ、そんなことはどうでもいいか。
どのみち、この後のアレを失敗すれば同じこと。
それにしても……本当にあの時に戻ったようにほぼ全てが同じだな。
まるで、だろう系の転生モノの小説か、オカ◯ンみたいだ。
もしそうなら、きっと『無能王子のやり直し』みたいなタイトルになるのだろうか?……いや、なんかそれだと某回復術師のようにR指定になりそうな気がするな……。
主にエロ方面で。
いや、そんなことはどうでもいいか。
だが、時間のループを考えた場合、父上達の前というタイミングに戻されてもどうしようも無い気がする。
戻されるなら婚約破棄の前か、ダメならせめて婚約破棄の直後にして貰いたい。
恐らく、何度も同じ時間をやり直しながら誰かに相談して頑張ればバッドエンドは必ず回避出来る気が……しない。
うん、それはもう、不思議と全くしない。
一体、どうしてだろう?
何故だかそのタイミングでは何をしてもロクなことにはならない気がする……。
はっ!まさか!
やはり私はリ◯ロとかシュ◯ゲのように何度も失敗しながら同じ時間を繰り返してきたのか!?
……って、そんな訳ないか。
全く、現実逃避している場合では無かろうに、私は何をバカなことを考えているんだ!
今は目の前のことに集中しなければ!
さてと、始めようか。
『テレビショッピング:RE』を!
……と、意気込んで父上の顔を見たのだが……あれ?
何か……前回と雰囲気違くない?
ひと月前は人を殺せそうな鋭い視線と王様オーラだけで卒倒しそうなプレッシャーを感じたのだが……なんか今日はそれほど圧を感じない気がする。
不思議に思った私は、一応隣をチラリと見てみるが……。
あ、宰相も同じだな。
殺伐とした雰囲気どころか、何故か悲壮感漂っている気さえする。
これは一体どういうことなんだ?
……だが、しかし!
やはり今はそんなことはどうでもいい。
兎にも角にも、テレビショッピングを成功させなければならないのだから!
と、私が心の中で熱く叫んでいると、何処となく疲れた感じの父上が口を開いた。
「息子よ、折角自由になったところを急に呼び出してすまんな」
え?怒っていない?
それに軽い謝罪まで!?……いや、そんな訳はないか。
これは……そうか!皮肉か!?
くっ、だが、ここは耐えねば。
「いいえ、私は確かに自由になりましたが、父上の息子であることに違いはありません。お呼びとあらば喜んで参上致しますとも」
私は皮肉を受け流し、あくまで善良な息子を演じ続けてそう答えた。
「そうか!そう言ってくれるか!……コホン、では時間が無いから本題に入ろうか。マクシミリアン」
「はい、父上」
「自分が何故呼ばれたのか、分かっているか?」
「はい、理解しております」
「そうか……では単刀直入に聞こう。現在我が国で起こっている四つの事件について、主導したのはマクシミリアン、本当にお前なのか?」
「はい、その通りです」
私は父上の問いに即答した。
「そうか、それならいい。では早速我々のデスマーチを手伝って………………は?」
「で、殿下、今……なんと?」
私の予想外の返答に父上のみならず、横に立っている宰相まで聞き返してきた。
「はい、全て自分の意思で私がやりました」
そして、聞き返された私はハッキリとそう答えた。
すると、
「「は?……はあああああ!?」」
目の前の二人が絶叫した。
ああ、言った。言ってしまった……。
そして、始まった。
ああ、怖い。
今から叩きつけられる二人の恐ろしいプレッシャーが!……あれ?
私は恐ろしいそれを今か今かと待ち構えていたのだが、何故か何もなかった。
寧ろ、二人は怒るのではなく……なんというか……そう、何故か絶望しているような雰囲気を醸し出している。
「そ、そんな……そんなバカな……」
「ああ、お終いだ……この国も、私達も……もうダメだ……」
ん?
どいうことだ?
はっ!まさか!
これは……怒りを通り越して呆れているということか!?
もしかして、私がこのひと月頑張った結果、多少は父上達が私を信用してくれていたのか?
そして、突然それを裏切ってしまった(ことになっている)から絶望したのか?
こいつはもうダメだと。
今すぐ処分しないと。
と!
ヤバい!
殺される!
は、早く始めないと!
二人の意外な反応を見て予想外に状況が悪いことを悟り、焦った私は今すぐ計画を始めることにしたのだった。
そして、私はそう決めた瞬間、父上に向かってガバっと頭を下げて叫んだ。
「父上!宰相閣下!身勝手なことをしてしまい、大変申し訳ありませんでした!……しかし!全てはこの国の……このランスの繁栄の為なのでございます!」
さあ、踊ろうか!
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