第179話「おっさん達の平和の破綻②」

「申し上げます!ストリア軍が国境を越え、こちらへ……この王都へ向かっております!」


 セシルの独断と暴走による隣国への侵攻に加え、突然の同盟国の裏切りという衝撃的な事実を告げられたおっさん二人は目を見開いた。


「「な、なんだとぉ!?」」


「陛下、宰相閣下!時間がありません!急ぎ迎える準備を!」


 そして、まさに青天の霹靂という事態に二人が動揺していると、伝令役の兵士がそう促した。


「む、そうだな。至急、迎撃の準備をせよ!……それにしても、なんと言うことだ。よりにもよって、このタイミングでストリアが我が国を裏切り、侵攻してくるとは……」


「まずい、直ちに全軍を王都へ招集しなければ……くっ、バイエルラインに二万の兵を出しているのが痛いな」


 そして、兵士の言葉で我に返ったおっさん二人が苦悶の表情を浮かべながら、王都防衛の指示を出そうとしたところで……。


「え?あ、あの……陛下?宰相閣下?」


 伝令役の兵士が、今度は困惑気味におずおずと言った。


「「なんだ!?」」


 それに対して、立て続けに悪い知らせを聞かされたおっさん二人が、苛立たしげに怒鳴った。


 すると兵士は、


「……ストリアからの『援軍』を迎撃せよ、とは本気でございますか!?」


 と、まるで彼らの正気を疑うような顔でそう言った。


「……は?援軍?何処の国への?」


 突然そこで援軍という単語を聞いた国王シャルルは、ポカンとした表情になったあと、困惑気味に言った。


「は?はい、当然我がランスへの援軍でございますが……?」


「「え?」」


「え?」


 そして、三人は顔を見合わせた。


「はっ!……では急いで迎える準備というのは……まさか?」


 と、ここで先に我に返ったエクトルが、事態を察して呟いた。


「はい、ストリアの皇族の方々をお迎えする為の晩餐や宿泊場所等、歓待の準備をお急ぎ下さい、と申し上げたつもりだったのですが……?」


「え?……ええええええええええ!?」


「やはりか……」


 再び兵士の言葉でシャルルは絶叫し、エクトルは頭を抱えたのだった。




 数分後。


「……あの、すまんが君、概要を教えてくれんか?」


 少しだけ落ち着きを取り戻したシャルルが兵士に状況を聞いた。


 そして、聞かれた兵士はしかつめらしい顔になり、状況の説明を始めた。


「はい、私が聞いた限りではストリア帝国のブルンシェーン宮殿で行われた舞踏会にて、コモナ大公がマリー様を侮辱したとのことです。そして、それを知ったマクシミリアン殿下が激怒されて勅命をだし、ブルゴーニュ公爵領の軍を中心に遠征軍を編成したとのことです」


「何!?またマクシミリアンだと!?」


 反射的にシャルルはそう叫んだが、


「いや、おかしいだろう。それでは殿下が分身したことになってしまわないか?」


 反対にエクトルは冷静にそう言った。


「……だがまあ、取り敢えずその件は後にしよう。まずはコモナ遠征軍の解散と、ストリア軍をもてなすことが先決だ」


「うむ、その通りだ、エクトル」


「運が良かったのは、コモナへ攻撃を仕掛ける前だったということだろう。これならまだ外交交渉で何とか……」


 そして、やれやれという感じでエクトルがそう言い掛けた、その時。


「あ、あの宰相閣下、大変申し上げにくいのですが……既にブルゴーニュ公爵領を進発した先遣隊三千がコモナ公国を重包囲下に置いております……」


 兵士が非常に申し訳なさそうな顔で、無慈悲な現実を告げた。


「「はあ!?」」


「因みに、目の前で涙を流すマリー様を見たストリアの皇帝陛下も激怒し、軍を出すことになったようです。あと、それに加えて援軍の総大将であるオットー皇子には、コモナを滅ぼすまで帰って来るな!と厳命したとか」


 と、ここまで話を聞いた二人は……。


「な、なんということだ……これでは戦争は避けられず、ワシの休みが無くなってしまうではないか!」


「これではもう戦争は止められない、ニ正面作戦は確定だ……つまり、デスマーチの始まりか……」


 と、今後の仕事量に頭を抱えて絶望した。


 そんな彼らを見た伝令の兵士は慌て、取り敢えず場を取り繕うことにして、


「ま、まあ兎に角!つまりストリア軍はコモナ攻めの援軍なのですから、その点だけはご安心を!」


 と、かなり無理をして明るくそう言った。


「うむ、確かにそれだけは不幸中の幸いだが……」


「まあ、このタイミングで攻め込まれるよりは万倍マシだが……」


 すると、兵士の頑張りのお陰でおっさん二人は多少ポジティブになれたのだった。


 と、ここで。


「あ!あと陛下、マリー様よりお手紙を預かっております」


 兵士はもう一つの重要な要件を思い出し、そう告げた。


「手紙?そうか、ご苦労。むう、めっちゃ嫌な予感がするのだが……」


 そして、シャルルがもの凄く嫌な予感と共に手紙を開くと、そこには大きな文字で、


「準備して!」


 と、書かれていた。


「?」


 シャルルが頭に?を浮かべながら、続けてもう一枚の紙をみると……。


 そこには、これから来るストリアの援軍について書かれていた。


 具体的には、総大将オットー皇子とそれにちょっとした海外旅行気分と孫バカ・親バカでくっついて来る皇太后、皇太子妃の歓迎パーティーの段取りと、戦争に必要な戦略物資や資金の額、それに戦後処理の準備や対外工作等が羅列されていた。


「っ!?……すまんエクトル、うちの娘もだった……」


 そして、愛娘からの愛情のカケラもこもっていない事務的な手紙を読み終わったシャルルは顔を引き攣らせたあと、エクトルに謝った。


「……気にするな、これでおあいこだ」


 すると、エクトルは苦笑を浮かべてそう言った。


「そうだな……さて、では早速指示を……」


 と、シャルルが言い掛けたところで、またまた扉が弾けるように開き、伝令が飛び込んで来た。


「申し上げます!情報局副局長のレオニー殿がマクシミリアン殿下の命により、国内の広域マフィア、野盗化した傭兵団、またそれらに関わった貴族等を片っ端から掃討しております!」


「「またか!」」


 続いて、またまた仲良くおっさん二人は叫んだ。


「陛下、閣下、早く彼女を止めないと大変なことに……」


 そして、伝令が深刻な顔でそう告げた……のだが。


「ああ……その、な。知らせを聞いて一応驚いてはみたのだが、多少手荒でも悪を滅ぼすのならば別にいいのではないか?」


「恐らく相当強引な手段をとっているのだろうが、まあこの際それぐらい目を瞑ろう」


 と、おっさん二人は、拍子抜けだな、という感じの反応をし、更にエクトルは逆に問い返す。


「……というか、そもそもレオニーはオフィスで全体の指揮を取ってる筈では?」


「い、いえ、現在進行形で血の雨を降らせているかと……」


 だが、伝令は気まずそうな顔でそう答えた。


「何故だ!」


「あ、あの……レオニー殿は昨日までは殿下に会えない寂しさで大人しくメソメソしながら書類仕事をしていたのです。しかし、その寂しさから来る膨大なストレスが遂に大爆発したらしく、完全武装で現場へ飛び出していきました……」


「「うわー……」」


 おっさん達、ドン引きである。


 そして、


「で、でも!ワシ思ったのだが!さっきも言った通り、悪を滅ぼすのは別に良いのではないか!?」


「そ、そうだ。それより今は優先すべきことが……」


 と、これ以上都合の悪いことは聞きたくないとばかりに、二人が現実逃避気味にそう言い掛けたところで、またまた無慈悲な現在を伝令が告げる。


「いえ、実は大変なことになっておりまして……狩られるのは先程述べたような連中だけでないのです……」


「「え?」」


「僅かでもそれらと繋がりのある貴族や役人、商人を片っ端から襲撃しておりまして……そのー、政治には色々な手段や繋がりがあると思いますし、万が一、陛下や宰相閣下とごく僅かでもそれらと繋がりが有れば、お二人とてタダでは……」


「ヤバいではないか!あの女を止めろ!」


「そ、それは確かにまずい!今すぐ作戦を中止させるんだ!」


 と、慌てておっさん二人が叫ぶが、


「無理です」


 伝令は、もの凄く申し訳なさそうな即答した。


「ぐっ……困ったー。はぁ、それにしても、この件もアレが命じたとは……我が息子は一体何を考えておるのだ?」


「正直、わからん。だがシャルル、この件は取り敢えずあと回しだ。どうせこの件はもう止められまい……」


「そうだな……では優先すべきは物資の手配と晩餐の用意だな?エクトル」


「ああ、その通り。では直ちに手配を……」


 と、言い掛けたところで、最早本日何度目かすら分からない伝令がドアをバン!と、乱暴に開けて入ってきた。


 だが、逆にもうそれに慣れてしまったおっさん二人は不貞腐れたような顔で、


「「はいはい、次はー?」」


 と、どーせ戦争か弾圧だろう?的に投げやりな感じで言ったのだが。


「申し上げます!フィリップ殿下が開拓民募集を装い、危険分子をランス中……いや、イヨロピア中から集め、王政の打倒を目論んでおります!」


「「!?」」


 予想を遥かに超える内容に目を剥いた。


「更に、アユメリカで独立国家を作ることを画策しているようです!」


「なんだと!?フィリップめ!マクシミリアンに免じて許してやったのに……あの恩知らずめが!もう許さんぞ!」


「くっ、こんな時に!直ちに兵を差し向け……」


 そして、二人は激怒して直ちに捕縛を命じようとしたが、しかし。


「あ、いえ、実は今お伝えした内容は全てマクシミリアン殿下のご意志のようです。フィリップ様は嬉々としてそれに従って動いておられるだけのようで、しかも……」


 今度は更に予想な回答。


「「!!??……し、しかも?」」


 そして、恐る恐る先を促すと……。


「これは確実ではないのですが……マクシミリアン殿下はその新しい国に皇帝として自ら君臨することを目論んでおられるようなのです」


 更にとんでもない答えが帰ってきた。


 もうこれには流石の二人もパニックである。


「な、何故なのだ!?意味が分からん!そんなに皇帝になりたければ普通に王位を継いだ後、王国を帝国に変えれば良いだけではないのか!?」


「全くその通りなのだが……もう、本当に訳がわからない!………………うーん、もしかしたらマクシミリアン殿下は旧態依然としたこの国を継ぎたくないのかもしれないな。帝位に就くのなら自ら築き上げた新しい国がいい、とか?」


「むう、分からん……だが、こうなってしまったからには仕方がない。取り敢えずマクシミリアンを呼び出すしかあるまい」


 そして、もう訳がわからないので取り敢えず張本人を呼び出すことにしたのだった。


「おいシャルル、殿下を呼び出してどうするんだ?」


「どうするって、それは決まってるだろ?一応、全部お前がやったのか?と問う」


「ああ、それで?」


「それで一言、やってない、と言う返事が聞ければそれでいい。そして……」


「そして?」


「その後、我々の惨状を見たアレが仕事を手伝ってくれたりしないかなぁ……なんて思ったり……」


 最後にシャルルは、少し気まずそうに結論を言った。


 すると、


「……うん、なるほど!お前にしては珍しくいい考えだな」


 珍しくエクトルが笑顔で賛成した。


「そ、そうか!お前もそう思うか!?……って、今珍しくって言わなかった!?」


「気にするな。兎に角!今後予想させる膨大な量の仕事を我々だけで捌くのは流石に厳しいと言わざるを得ない……というか過労死レベルだろう。だから申し訳ないが、殿下に仕事を手伝って頂こう。きっと、あの方はお優しいから仕事に埋もれる憐れな髭親父を助けてくれるだろうさ」


「髭親父って……まあ、いい。兎に角エクトル、お前も賛成ということでいいんだな?」


「ああ、勿論だ」


「よし、決まりだな。では息子を呼び出すとするか」


 そして、猛獣達の所為でデスマーチが決まった憐れなおっさん二人は申し訳ないと思いつつ、シャケを道連れにすべく呼び出しの使者を向かわせたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る