第178話「おっさん達の平和の破綻①」
場面はシャケがバーで捕獲される日の午前中、トゥリアーノン宮殿の王の私室でおっさん達が束の間の平和を享受しているところから。
「平和だなぁ」
国王シャルルは穏やかな笑み浮かべ、高級なソファにゆったりと座ったまま珈琲片手に午前のおやつタイムを楽しみながら言った。
「ああ、全くだ」
それに対して、宰相であり親友でもあるスービーズ公エクトルが、同じくのほほんと珈琲を啜りながら、珍しく彼に同意した。
「いやー、強引に連中を地方へ飛ばしてから一週間。何か起きるのでは?と戦々恐々の日々だったが、予想外に平和で驚いたぞ。これはつまり……」
そして、国王は自分の養女や親友の娘などの年頃の少女達を『連中』とか何気に酷いこと言いながら、話を続けた。
「つまり、我々のやったことは正しかった訳だ。やはり、危険物を保管するなら分散させるべき、ということが証明されたな」
だが、エクトルは反論するどころか娘達を『危険物』呼ばわりし、更に分散させたことが正しかったと、自信を持って結論付けたのだが……。
たった一週間で本当にそれが正しいと証明されたかは、正直疑問が残るところである。
「ああ、その通り!お陰で我々はかつてないほどの平和を享受出来ている訳だし……ああ、こんなことならもっと早くやっていればなぁ」
それを聞いたシャルルは、素直にそれを言祝ぎ、寧ろもっと早く危険物の分散をしていれば……と、呟いた。
「まあまあ、そう贅沢を言うなよ。少し遅くなっても、気付けただけいいとしよう」
すると、これまた珍しくエクトルからポジティブな発言が飛び出した。
どうやら今日のイケメンもやしはストレスの原因がいなくなって、気が緩んでいるようだ。
「確かにそうだな……ああ、このまま何事もなく時が経ってくれないかなぁ」
シャルルも久しぶりにストレスが減り、穏やかな顔でそれに同意した。
「なあ、エクトル」
「ん?」
「折角だし、久しぶりにこっそり街へ繰り出さないか?」
そして、気が緩んだシャルルは思わずそんな提案をしてしまう。
普段なら、馬鹿ことを!仕事しろ!と宰相エクトルに一蹴されてしまうのだが……。
「城下……か。たまにはいいかもな。折角の平和。我々にも享受する権利がある筈だ」
なんと、普段なら無表情で鋭い皮肉を返してくるであろうエクトルが、珍しく微笑を浮かべながらそう言った。
これを冷たい宰相の顔しか知らない者が見たら、正しく驚天動地だろう。
「ああ……ああ!そうだな!」
そんな非常にレアな反応をした親友に、シャルルは顔を輝かせた。
そして、気が緩み調子に乗った彼は、
「願わくば、このままずっと連中が大人しくしていてくれるといいのだが……」
と、露骨な死亡フラグを立ててしまった。
「全くだ。だが、それは高望みだろうがね。あと、そう言うのは死亡フラグだから言うんじゃない」
エクトルは苦笑しながら頷いたあと、肩をすくめながらそう付け加えた。
「まあ、それはそうだが……流石に当面は大丈夫の筈……」
そして、エクトルの言葉にシャルルがそう言い掛けた、その時。
「陛下!宰相閣下!失礼致します!」
バーン!と弾けるようにドアが開き、鎧を着た兵士が一人転がるように走り込んで来た。
「何事だ!騒々しい!」
「そうだぞ若いの!何事だ?」
突然久方ぶりの平和を邪魔されたおっさん二人は、苛立たしげに叫んだ。
だが、兵士はそんなおっさん達の塩対応にもめげず、
「は、はい!申し上げます!お味方、敵方の王子二人を討ち取る大勝利にございます!」
精一杯胸を張り、歓喜と興奮そのままにそう叫んだ。
しかし。
「「……え?」」
おっさん二人はポカンとしていた。
「あ、あの陛下?閣下?」
二人がこの吉報によって歓喜すると自信を持っていたこの兵士は、予想外の微妙な反応に戸惑ってしまった。
「あー、すまん若いの。何処の国の話なのだ?同盟国が戦争をしているという話は聞いていないのだが……?」
一方、おっさん二人は現在行われているという戦争に心当たりが無かったので、国王が首を傾げながら兵士に問うた。
「は?いえ、我が国のバイエルライン遠征軍の話ですが……?」
すると、問われ兵士は更に戸惑いながら、おずおずとそう答えた。
「「え?」」
「え?」
そして、お互い顔を見合わせた直後。
「「ええええええええ!?」」
トゥリアーノン宮殿におっさん達の叫びがこだましたのだった。
数分後。
「ああ、すまん若いの。取り乱した。それで……大体でいいから状況を説明して欲しいのだが……」
何とか気持ちを落ち着かせたシャルルが、もの凄く悪い予感と共にそう言った。
「は、はい!畏まりました。えーと、私の知る限りでは、発端はセシル様のお見合いの席でバイエルラインの王子が……」
………………。
…………。
……。
二人が途中まで説明を聞いたところで。
「「……やはりか」」
見事に悪い予感が的中したおっさん二人は、深いため息と共に頭を抱えた。
「あ、すまん。続けてくれ」
「はい、それで……」
………………。
…………。
……。
「……という経緯があったと聞いております。そして、そのことを知ったマクシミリアン殿下が直ちに勅命を出され、セシル様を総大将とした遠征軍二万を集めてバイエルラインに侵攻致しました」
そして、最後に驚くべき事実を知らされた二人は混乱の境地に陥り、
「あの殿下が無断で勅命を!?訳が分からない……」
「な!?なんだと?マクシミリアンが勅命だと?馬鹿な!聡明なアレが、そんなことをする筈が……」
などと叫んでいたところで、
「あ!あと宰相閣下にセシル様よりお手紙を預かっております。どうぞ」
兵士は思い出したように言って、円筒形をした手紙を差し出した。
「セシルから手紙?ああ……もの凄く開けたくない!……が、仕方ない」
そして、手紙を渡されたエクトルが、これまた嫌な予感しかしないそれ開くと、そこには大きな文字で、
「送って!」
と、一言だけ書かれていた。
「ん?」
それを見たエクトルは怪訝な顔になった後、二枚目の紙を見て再び頭を抱えた。
「あの……馬鹿娘が……」
因みに、そこに書かれていたのは、資金、食料、武器・弾薬、占領地の管理の為の憲兵や文官、後詰の兵、等の一覧だった。
そして、手紙から目を上げたエクトルは疲れたような声で伝令役の若い兵士に礼を言った。
「君、ご苦労だった。下がって休みたまえ」
「はい!ありがたきお言葉!それでは陛下、宰相閣下、失礼致します!」
それから兵士ピシッと敬礼すると、部屋を退出した。
そして、再び二人だけになったところで、
「なぁ、エクトル。これって……」
シャルルが何処となく親友を気遣いながら言った。
「すまん、うちの馬鹿娘の所為で……」
すると、またまた珍しくエクトルがそう言ってから、シャルルに深々と頭を下げた。
「いや、気にするな。そういうこともあるさ……」
それを見たシャルルが、そう言い掛けた時。
コンコンコン!と言うノックと共に慌ただしく官僚が入室し、荒い息遣いのまま上擦った声で告げた。
「失礼致します!陛下!宰相閣下!現在、各国の大使が外務省に詰めかけ、今回の突然のバイエルライン侵攻について、説明の要求や抗議が殺到しております!如何されますか!?」
「くっ!と、取り敢えず、待たせておけ……」
「はっ!」
そして、取り敢えずエクトルがそう言って官僚を部屋の外へ出してから、二人で対応を話し始め、
「まあ、起こってしまったもの仕方がない。直ぐに対応を検討しなければ……」
と、シャルルが言い掛けた、その瞬間。
再びドアがバン!と開き、鎧を着た兵士が息を切らせて飛び込んで来た。
「陛下!失礼致します!」
「ん?今度はなんだ?」
多少の落ち着きを取り戻し、流石にこれ以上悪いことはないだろうと考えながらシャルルは、兵士に先を促したのだが……。
「はっ!申し上げます!ストリア軍が国境を越え、こちらへ……この王都へ向かっております!」
同盟国の裏切りという衝撃的な事実を告げられ、目を見開いたのだった。
「「な、なんだとぉ!?」」
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