第177話「シャケ、必死に考える」

「何故だ、何故こんなことに……私はただ静かにニートをしていただけなのに!」


 その時、私は揺れる馬車の中で苦しげに呻き、頭を抱えた。


「こんなの一体どうすればいいんだよ、今回ばかりは完全に詰みだぞ……あああああ!鬱陶しい!」


 そして更に呻いた後、急に鬱陶しく感じたウィッグと伊達メガネを投げ捨て、頭をガリガリとかいた。


 ……ん?


 ああ、これはこれは皆様。


 お見苦しいところをお見せして大変申し訳ありません。


 実は今、少し……いや、盛大にピンチでして、少々取り乱してしまいました。


 えー、状況をご説明致しますと、今日フラリと立ち寄ったバーで他の客の噂話を肴に飲んでいたところ、国王である父上の手の者に同行を求められ、しょっぴかれました。


 そして、現在トゥリアーノン宮殿に向かう馬車の中で一人揺られているのです。


 で、問題は同行を求められたその理由なのですが……何故か私の名義で多方面に戦争を仕掛けたことになっていたり、新大陸に新たな国を作って皇帝を名乗ろうとしていたり、するらしいのです。


 いや、正直訳が分かりません。


 何故ならこの一週間、私は王都の一角に引きこもっていたので、物理的にそんなことは不可能なのです。


 仮に可能であったとしても、そんなことは絶対にしません。


 だって、何も利益はない……というか不利益しかないのですから。


 つまりこれは……私は誰かに嵌められたのでしょうか?


 だが、何故?


 それに誰が?


 うーむ、イケメンで金持ちで品行方正で人畜無害な私には全く心当たりがないのですが……。


 あ!もしかしたら私がこの間の作戦で潰した悪徳貴族達か、若しくはその関係者が私を恨んでの犯行!?


 いや、待て。


 今の私は平民なのだし、それならばこんな回りくどい手段ではなく、もっと直接的にやってくるだろう。


 拉致とか、拷問とか、暗殺とか。


 では他の可能性は……あ、もしかしてそれぞれの件を担当している者たち、セシル(バイエルライン攻め)、マリー(ストリアとの連合軍でのコモナ攻め)、レオニー(悪党撲滅作戦)、そしてフィリップ(アユメリカの分離独立)が手を組んで私を陥れようとしている、とか?


 この可能性は……割と高いんじゃないか?


 なんと言っても、私は連中にかなり迷惑を掛け、恨みを買っている筈だし。


 一応このひと月、私なりに誠意を見せた結果、表面上は皆私を許してくれたり、感謝をしてくれているように見えたのだが……。


 まさか!連中は皆で私を騙していたのか!?


 自由になって油断した私を陥れる為に?……はっ!


 くっ、そうか……最高のタイミングで私を絶望のどん底に突き落とす為、皆で手を組んだのか……。


 酷いよ!こんなの絶対おかしいよ!


 よって集って、無力な私を虐めるなんて!


 イジメ駄目!絶対!


 ……だが、しかし。


 婚約破棄騒動を起こして先に彼女達を傷つけたのは私の方だし、レオニー達暗部の待遇の改善も遅かったし、フィリップの心の闇にも気付いてやれなかった訳だし……。


 はぁ、そう考えると、仕返しをされても仕方ないのかもしれないなぁ。


 記憶が無かったとは言え、怠惰な日々を過ごしてきたことは事実だし、それに対する報いを受けることは寧ろ当然なのかもしれない。


 ならば無駄な抵抗はせず、罰を受け入れるべきなのだろう。


 まあ、この状況ではもう、どのみち手遅れだがな。


 はぁ、せめてもう少し早く分かっていれば、有るだけ全部の金を持って土下座しにいったものを……。


 残念だが、こうなってしまってはもう打つ手はなく、後は流れに身を任せるしかない。


 だが、何もしなかった場合、この先に待っているのは確実な死だ。


 勿論、できることならばそれは避けたいが……かと言って何をするべきかも分からないし。


 ああ、困った……。


 この絶望的な状況で、私は残された時間で何をするべきなのか……ああ!分からん!


 と、そこで私はくわっ!と目を見開き、


「くっ、絶望した!どうしようもないこの絶望的な状況に絶望した!」


 取り敢えず、何処かのすぐ絶望する先生のよう叫んでみた。


 いや、冗談を言っている場合ではないな。


 少しだけ気は晴れたが。


 こんな状況ではあるが、私だって死にたい訳ではないし、何か考えないと……。


 ではまず、落ち着いて状況を整理することから始めよう。


 現在、私には『独断で戦争を始め、更に新大陸で勝手に国を作ろうとしている』という容疑が掛かっている筈だ。


 残念ながら情報が少ないので、あくまで先程の噂からの推定だが。


 で、仮にもし本当にそれらの容疑が掛かっていた場合、どうなるのか?


 それは言うまでもないのだが、『死刑』だ。


 何しろ、王権を蔑ろにし、更に反乱まで企てた(ことになっている)のだから。


 一つもやってないけど。


 それで、私が助かる為にはそれらをやっていないことを証明する必要があるのだが……。


 残念ながらそれは無理だ。


 何故なら、準備する時間も考える時間もない上、そもそも『やってないことを証明する』のはほぼ不可能なのだ。


 正直、悪魔証明とか痴漢の冤罪並みに厳しい。


 いくら某痴漢冤罪の映画のように『それでも僕はやってない!』と叫んでも、そのまま有罪になるだけだろう。


 というか、あの映画は普通に有罪エンドだったし……。


 では、無実の証明が出来ないことを前提に今後の流れをシミュレーションしてみようか。


 まず私はこのまま父上達の前に連行され、尋問される。


 次に、これはお前の仕業か?と聞かれる。


 で、ここで分岐だ。


 もし『NO』と答えた場合。


 恐らく、ではやっていない証拠は?とか逆に、これだけ証拠が揃っているのに言い逃れをするのか?と言われる筈だ。


 ここで私に出来るのは黙るか、言い訳をするか、なのだが……どちらも無理だな。


 多分、レオニー辺りに拷問されて無理矢理自白させられるだろうし。


 残念ながら私には美人に拷問されて喜ぶ趣味はないので、長時間痛め付けられるぐらいならば、嘘でもさっさと罪を認めるだろう。


 ……うん、このルートはバッドエンドしかない気がする。


 では、『YES』と答えた場合。


 そんなの速攻で死刑にされるだけだろう。


 何故なら、そもそも反逆者に情状酌量の余地はないし、反省しようが、土下しようが、無意味なのだ。


 更に私は婚約破棄を誤魔化す為に、あれだけ国の為だとか、皆んなの為だとか言っておきながら、父上達を裏切った(ことになっている)のだから。


 それに尚悪いのが、私は現在、公式には皇太子の地位を剥奪され幽閉されている、ということになっているのだ。


 つまり、私がいつ死んでも大丈夫、無問題な訳で、死刑にするのを躊躇する理由がない。


 だから今回ばかりは、例えどんなに泣こうが喚こうが、反省しようが無駄なのだ……。


 はぁ、つまり私がこのルートで選べるのは多分、死刑の種類だけ。


 銃殺か、絞首か、斬首か、切腹……は嫌だなぁ……って、それはないか。


 まあ、兎に角、死あるのみだ。


 はぁ……詰みだ。


 終わりだ、お終いだ!


 ああ、折角、婚約破棄騒動を乗り切ったのに、僅か一週間でこんな結末を迎えるとは……私はとことんツイてないらしい。


 せめて、最期は苦しまない方法にして欲しいと頼んでみようか。


 きっと、素直に罪を認めて謝罪したらそれぐらいの希望は叶えてくれる筈………………ん?


 待てよ?


 罪を認める?……自分から?


 うーむ………………はっ!そうだ!


 諦めるのはまだ早いんじゃないか?


 なんと言ってもあの時、敢えて自分から素直に罪を認めて謝罪したからこそ、今こうして生きているのだから……。


 うん、そうだ!


 私はあの騒動の時も死を覚悟し、必死に考えて乗り切ったのではなかったのか?


 カッコ悪く、情けなく足掻いて生き残ったのではないのか?


 ……ああ、そうだよ!


 私にはあのピンチを乗り切った経験があるのだ!


 きっと今回だってなんとかなるさ!


 諦めるにはまだ早い!


 どうせ死ぬのなら、やるだけやってみようじゃないか!


 よし、では再び気を取り直して生き残る為に考えてみよう!


 で、まず容疑を認めるか、否認するかだが……。


 やはり、否認は無理だろう。


 拷問されたら言い訳も黙秘も不可能だし、そのまま死刑か、レオニーのムチで新たな性癖に目覚めるかの二択だろう。


 つまり、どのみちバッドエンド一直線。


 では、やはり逆に思い切って認めてみるか?


 だがその後はどうする?


 うーむ、困ったな。


 やはり、謝っても選べるのは死刑の種類だけなのか……いや、そんなことはない筈だ。


 ではあの時はどうしたのだったか?


 百八十話近く前の話だから記憶が……えーと、確か婚約破棄は国の為で、沢山のメリットがあるとか言ったような気がするな。


 では今回の件はどうだろうか?


 バイエルライン王国へ攻込み、コモナ公国をストリアまで巻き込んで攻め、国内では悪党の撲滅、アユメリカ関係では危険分子を集めて独立を企んでいる。


 これらの事実と、それぞれの件から得られるメリットを上手く使って言い訳することは出来ないのか?


 考えろマクシミリアン!


 必ず何かある筈だ。


 戦争に伴うメリット。


 他国を巻き込むメリット。


 悪党を撲滅するメリット。


 敢えて危険分子を集めるメリット。


 必ず!


 ………………。


 …………。


 ……。


 それから十分後。


 うん!いける!いけるぞ!


 まだ、試合は終わっていない!


 やってやる!やってやるぞ!


「もう一度あのテレビショッピングを!」




 そして、考えが纏まり覚悟が決まった頃、私を乗せた馬車がちょうどトゥリアーノン宮殿の裏口に到着したのだった。

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