第176話「シャケ、しょっぴかれる②」

「しかも、噂によるとマクシミリアン殿下の独断で攻め込んだらしいぞ!」




 ………………は?


 おい、今なんて言った?


 マクシミリアン殿下の独断?


 つまり『私』の独断?


 は?え?……はああああああぁ!?


 ちょ、ちょっと待て!全く意味がわからないぞ……。


 そもそも戦争とかそれ以前に、私はこの一週間ちゃんとニートしてたし……。


 と、私がパニックに陥っていると、男は更に話を続けた。




「で、これもあくまで噂なんだが、バイエルライン王国の第二王子が見合いの席でセシル様とその元婚約者であるマクシミリアン殿下を侮辱した上、その第二王子本人とお付きの者達がスービーズ公爵領の民に狼藉を働いたらしい。しかも理由を問われると、この連中は将来セシルと結婚したら自分の民になるのだから問題ないだろう?と、真顔で言ったそうだ」




 ほう、その第二王子、最低な奴だな。


 セシルばかりか我がランスの民を侮辱するとは許せん。




「あと、それに加えてバイエルラインでは基本的に王侯貴族達は民を人として見ていないから理由もなく殺したり、物を奪ったり、目に付いた女を攫って犯したりと、平気でそんなことをするぐらいに民を虐げていると有名なんだ」




 おいおい、バイエルラインはとんでもない国だな。


 世紀末なのか?




「……とまあ、それら諸々の理由でそんな非道は絶対に許せないと正義に燃える殿下が『最愛のセシルと我がランスの民に狼藉を働き、加えて長年に渡り自国の民を理由も無く苦しめ続けるとは言語道断!天に代わり、悪党共に裁きを受けさせてやる!』と勅命を出し、電光石火の早さで攻め込んだらしい」


「おお!なんかカッコいいな!」


「やるな、うちの殿下も」




 いや、可哀想だとは思うけど、だからと言って私はそんなことしないし、言わないし……。


 ……いや、待て。


 落ち着け、私。


 こんなものは所詮、酔っ払いの与太話だ。


 きっと何かの間違いだろう。


 うん、そうに違いない!


 だからきっと大丈夫さ!ハハッ!(某世界的人気のネズミ風)


 というか、そうでないと困る……。


 と、私が無理矢理自分に言い聞かせていると……。


 更に別の男が言った。




「何言ってんだお前ら。そりゃ違うだろ」


「「え?」」




 おお!そうだそうだ!


 彼の言う通り、私は無実だ!


 いいぞおっさん!頑張れ!


 もっと言ってやれ!


 と私が、違うと言ってくれた男に心の中でエールを送っていると……。




「マクシミリアン殿下の独断でやってんのは、コモナ攻めだろ?」




 と、続けた。


 そうだそうだ、私が命じたのはコモナ公国への侵攻作戦だ……って、そんな訳あるかぁ!


 ふざけるな!




「おい、それマジか?」


「ああ、マジマジ、大マジだぞ。何でもストリアに滞在中のマリー殿下が、晩餐会でプレイボーイで有名なコモナ大公に侮辱を受けたらしくてな。それに激怒したマクシミリアン殿下が『最愛の我が妹マリーをはじめ、世の女性達を害する金に心を支配され堕落した拝金主義め!神に代わり私が貴様を成敗してくれる!』と言って、すぐさま勅命を出して五千の遠征軍をブルゴーニュに集めているらしいぞ」




 え?何そのセリフ、それもちょっとカッコいい……じゃなくて!


 いや!だから!そんなこと言ってねーよ!


 私は無実だ!


 ていうかこの国、二正面作戦やんの!?




「すげーな!」


「やるな!」


「しかも同時に、目の前で可愛い孫娘を侮辱されたストリア皇帝も烈火の如く怒り狂い、オットー皇子を総大将にした援軍を派遣することを決めたらしい。因みにこの軍は国境を越えて既にランスに入ってるらしいんだが、王都へ寄って挨拶をしてからブルゴーニュでランスのコモナ遠征軍と合流するらしい。まあ、これはまだ幼いオットー皇子の為に安全な初陣を用意した、という意味もあるみたいだけどな」


「すげえな、ランスとストリアの連合軍か……でも、それも違うと思うぞ?」




 と、ここで更に別の男が言った。


 そ、そうだ、これもあくまで噂……。




「マクシミリアン殿下が独断で命じたのは、ランス国内の悪党の撲滅だろ?」




 え?


 いや、それも知らないんだけど!?




「何でも、お忍びで街を散策している時に王都の治安の悪さを目の当たりにして『こんな悪が蔓延るような国では民が安心して暮らせないではないか!私が全てを正す!』と、すぐさま勅命を出してマフィア、窃盗団、山賊、素行の悪い傭兵団なんかを相手に情報局を中心としたタスクフォースを編成して撲滅作戦を絶賛展開中らしいぞ?」




 あ、だから最近街の治安がいいのかー、なるほどー……じゃねーよ!?


 この国はどうなってるんだ!


 しかも、これでは実質的に三正面作戦を展開しているようなものだ……。


 一応、ランスの国力的には可能だとは思うが、果たして父上達の仕事量は大丈夫なのだろうか?


 まあ、あの人達は優秀だから問題ないか。


 それよりも私が諸々の首謀者で、しかも独断というのが困ったな。


 このままではまずい気がするんだよなぁ。


 いや、しかし。


 あくまで、これもただの噂の筈……。




「へー、そんな噂もあるんだな……あ!そういえば……」




 ええ!?まだあんの!?




「マクシミリアン殿下は、独断でアユメリカ植民地の一大開発計画を進めているらしい」




 え?割と普通だな。


 一応アユメリカの件はフィリップの担当だし、普通に頑張れとしか言ってないけど……まあ、他のに比べたらそれぐらいなら首謀者にされてもいいのか?


 と、私が勝手に安心して油断したその瞬間。




「何でもランスのみならず、イヨロピア大陸の余剰人口をアユメリカにどんどん移住させて新しい国を作って自ら皇帝になりたいらしいぞ!」




 酔っ払いからまた、とんでもない発言が飛び出した。


 なりたくねーよ!


 てか、これ一番ヤバいじゃねーか!


 独立とか皇帝とか、完全に父上への反逆じゃないか!


 これ、少しでも父上が信じたら大変なことに……。




「で、今はその前段階で弟のフィリップ殿下に全てを任せてるらしくて、国内で資金を集めたり、学者や技術者、商人なんかを集めたり、移住者を募ったりしているらしい」


 そうか、やってること自体はまだ普通か。


 それなら謝って言い分ければ、十分まだ間に合……。




「ただ、その移住希望者の中には結構ヤバい連中が混じってるらしい。特に自由主義者みたいな反政府活動をしていたような連中だ。それが今は熱心にフィリップ殿下を支えているらしい」


「え?何でそんな連中が王族に協力を?」


「さあ……ただ、連中は演説や動員が上手いから頻繁に集会を開いて移住希望者はかなりの数になっているらしい。あと、他国の反政府組織と繋がりがあるから、そのツテで情報を得たり他国の扇動なんかをしやすいらしいぞ。噂によるとルビオン支配下のスコルト地方と繋がってるとか……」


「え、てことは場合によってはルビオンとも戦争すんのか?」  


「だろうなぁ」




 な、何故だ……何故こうなった……。


 四正面作戦?


 正気か?


 これ、ランスだけ総力戦になるのでは?


 本当にこれ、色々ヤバすぎるだろ!


 しかも、全て私が主導したことになってるし……。


 もう!私が……私が一体、何をしたと言うのだ!?


 ああ……本当に訳がわかないよ!


 こんなの絶対おかしいよ!


 ……だが、ここでいくら考えてもどうにもならない。


 はぁ、取り敢えず今日は帰って休み、対策は後から冷静に考えよう。


 あ、そうだ。


 その為に明日レオニーに賄賂を渡して色々情報を教えて貰おう。


 さて、会計して帰るか。


「バーテンさん、水を一杯。後、チェックで!」


 そして、私がそう告げると、


「ええ!もう帰っちゃうんですかー!イケメンのお兄さん、今いいところですから、もう少しだけ居て下さいよー!あ、お水と、お酒のお代わりです」


 何故かバーテンさんに引き留められてしまった。


「ん?まあ、そこまで言うならもう一杯だけ……でも、いいところって?」


 私、気になります!


「あ、それは見てもらった方が早いと思います!」


 そう言って彼女は玄関まで歩いて行くと、ドアを開け放った。


 すると、その先に見えたのは人集り。


 いつの間に集まったんだ?


「え?何で広場にこんなに人が?祭りか何かかな?」


「いえ、違います。ほら、今そこの人達も言ってましたけど、アユメリカ移住希望者の集会です。結構いいこと言ってますし、聞いてると熱意も伝わってきて感動しますよ?」


「ほう」


 何だか少し興味が湧いたな。


 では見せて貰おうか、話題の集会とやらを!


 ……ん?でもさっきの反政府活動をしていた連中がいるという話からすると、内容は大丈夫なのか?


 もしかしてテロリストか過激な分離独立派の決起集会ではないのか?


 つまりこれ、通報案件では?


 などと考えながら、私が何気なく視線を外へと向けると、大勢の聴衆に囲まれながら壇上に立った、髪をオールバックにした長身でインテリ風の女性が見えた。


 現在彼女はよく通る力強い声で熱弁を奮っている。


「……我々イヨロピア人がアユメリカ大陸という広大なフロンティアを発見してから百余年。我がランスを含めた各国がこぞって植民地を作り、入植を図ったが、現状あまり上手くいっていない。これは由々しき事態である!何故ならば、それは古い思想に取り憑かれた政府がアユメリカの真の価値を理解せず、本気で入植を進めていないからである!」




「へー、まあ、確かに」




「アユメリカの価値、それは資源や広大な土地、そして地政学的に将来唯一の超大国になることができるという点であり、即ちアユメリカを制する者が世界を制するも同じなのである!」




「ほう、鋭いな」




「だが、先程もいった通り、無能な政府はそれに気付かず、さらに疫病に起因する不景気で人余りの状態であるにも関わらずアユメリカの開拓を後回しにしている!我々は最早、こんな状況を看過することは出来ない!しかし、そんな時に立ち上がったのが、我らがマクシミリアン殿下である!あのお方は誰よりも早くアユメリカの重要性に気付き、開発が進まないことを懸念された。そしてここに殿下の勅命という形でことを進めるに至ったのだ!」




「いや、そんな勅命出してないし……」




「そして、その為の人員に殿下は我々を選ばれた!そう、選ばれた我々こそがその無能な政府に代わり、アユメリカを発展させ、マクシミリアン殿下を頂点とした理想の国を作り上げるのだ!」




「いや、選んでないし、知らないし……」




「だがしかし!アユメリカの重要性を認識し、自ら進んでその身を削って尽力して下さった、諸君らが愛してくれた殿下は(社会的に)死んだ!何故だ!」




「ふっ、坊やだからさ」


 と、私はニヒルな笑み浮かべながら、思わず何処かの赤い人みたいに呟いた。


 って、何か勢いで思わず言っちゃったけど訳わかんないよ!


 そもそも私は死んでないし……。




「それは我々の甘さの所為である!様々な問題を認識しつつ、何もしてこなかった我々の怠惰の所為である!国民よ、奮起せよ!悲しみを怒りに変えて、立てよ国民!ランスは諸君らの力を欲しているのだ!(大自然との)戦いはこれからである!」


 そして直後、壇上の女性は力強く拳を真上へ突き上げて叫んだ。


「ジーク……リアン!」 




「え?」




 そして、集まった聴衆も熱狂しながら同じく叫ぶ。


「「「ジーク、リアン!ジーク、リアン!ジーク、リアン!」」」




「おい!何だそれは!というか、あの女はギ◯ン=ザビ総帥の生まれ変わりか何かなのか!?」


 と、思わず私がツッコミをいれると、


「違いますよー、あれは自由ランス党のギレーヌ=ビザ党首ですよー、素敵ですよねー!」


 何故か横からバーテンの少女に訂正された。


 そして彼女はうっとりしながらギレーヌ総帥……じゃなかった、党首を眺めている。


「……」


 ああ、もう……全て訳が分からない。


 ふぅ、取り敢えずもう一杯飲もうか。


「マスター!」


 私は半ば投げやりになり、酒のお代わりを頼もうとカウンター内にいた男性を呼んだ。


 マスターかどうかは知らないけど。


 と、私がカウンターに声を掛けると突然背後から、


「その一杯、私に奢らせて貰いましょう」


 そんな声がした。


「何!?」


 私が驚いて振り返るとそこには、高そうなお仕着せを着た侍従が立っていて、


「シャルル陛下の命によりお迎えにあがりました、殿下」


 と、慇懃に礼をしてからそう告げた。


 そして、ふと見れば彼の背後には馬車の他、多数の近衛と憲兵の姿があった。


 残念ながら逃亡は不可能なようだ。


 ああ……終わったな。


「そうか……ご苦労」


 抵抗の無駄を悟った私は、諦めて力無くそう呟くしかなかった。


 その後、私はそのまま馬車に乗せられ、しょっぴかれたのだった。

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