第168話「ツンデレラ、間違える」

 エリザは彼女を慕う者達に見送られながらメイドのルーシーと共にバックィーン宮殿を出た後、馬車で一路、港町ノアマスへと向かった。


 そして、場面は夜通し走り続けた彼女達の馬車がノアマスの街へと入り、目的地付近でルーシーが馬車を止めたところから。




「ふー、やっと着いたッスー」


 そう言うと、一晩中馬車の手綱を握り続けたルーシーは御者台から飛び降りた。


 そして、一晩馬車を引き続けてくれた馬達のところへ近寄ると、


「お馬さん達お疲れ様でしたッスー、後で仲間が迎えに来ますからー、それまでゆっくり休んで下さいッスねー」


 労いの言葉と共に馬達を優しく撫でてやった。


「さてとー、エリザ様は……アレ?出てこないッスねー、全くウチのツンデレラはまだ泣いてるんスか……仕方ないッスねー」


 次にルーシーはそう言ってから、馬車の方を見て、やれやれと肩をすくめた。


 そして、ルーシーがダルそうに馬車に近づいてドアを開けると案の定、中には両手で顔を覆い、肩を振るわせているエリザの姿があった。


「うう……ぐす、皆さん、ごめんなさい……ひっす」


 その姿を見たルーシーは深いため息を吐くと、


「もう、いい加減泣き止んで下さいッスよー、一晩中泣いたんだからもう十分でしょー?」


 ダルそうに呟いた。


「……うう、ぐす」


 だが、それでもエリザは嗚咽を漏らし続けている。


「はぁ……」


 ルーシーは全く自分の言葉が届かない泣き虫ツンデレラのそんな状態を見て、再びため息を吐いた後、仕方がないのでもう少し待つことにしたのだった。


 ………………。


 …………。


 ……。


 三十分後。


 なんとかエリザが泣き止んだので、ルーシーは涙でメイクが崩れてドロドロのホラー映画みたいな顔になったエリザを人間に戻した。


 そして、フード付きの地味なコートを彼女に被せてトレードマークのゴージャスな金髪縦ロールを隠し、一緒に馬車の外へ出た。


 それからルーシーは人間に戻ったエリザと手近なティールームへ向かって歩きながら、


「全くー、テコずらせやがってッスよー」


 と、愚痴をこぼした。


「もう、そんな風に言うことないじゃない!悲しいものは悲しいのだから、仕方がないじゃないの!」


 すると、若干の元気を取り戻したエリザはそう反発した。


 だが、彼女がそう言うとルーシーはジト目になって口撃を開始した。


「言いたくもなるッスよー……こっちは頑張って一晩中馬車を走らせてー、しかも途中で偶然そこにいた野盗に襲われるしー…… エリザ様ってどれだけ不幸体質なんスかー?」


 だが、ルーシーは容赦なく無慈悲な事実を並べ立てる。


「そ、そんなことにないわよ!それにルーシー、貴方止まらずに野盗をそのまま馬車で轢いてたわよね?」


 と、エリザは一応反撃を試みたが、ルーシーには効かない。


「それは馬車は急に止まれないのにー、いきなり前方に飛び出してくる連中が悪いッス!まあ、お陰で自分で片付ける手間が省けたので良かったッスけどね!……で更にー、やっと目的地に着いてみればそこから泣きやまないツンデレのお守りとかー、左官屋の真似事とかーダル過ぎッスー!……ああ、頑張ったんスから追加でボーナスとか欲しいッスねー……チラッ!チラッ!」


 そして、ルーシーは一通り捲し立てた後、あからさまにご褒美を期待する目でエリザを見た。


「うう、分かったわよ、落ち着いたらご褒美をあげるわ……」


 すると彼女は渋々ご褒美を約束した。


「やったッスー!あ、自分キャッシュが良いッス!」


「はいはい……全く、『現金』な牛ね……」


 そしてエリザが呆れ顔で嫌味を言ったところで……。


「あ、エリザ様ー」


 ルーシーが何か思い出したように言った。


「何?」


「えっとー、この後仲間が待ってる船まで行くんスけどー」


「ええ」


「その前にちょっと食料とか買って来ますのでー、そこのティールームで待ってて下さいッスー」


 と、ルーシーはエリザに待機しているように言った。


「は?食料?そんなの船にあるでしょう?」


 それに対してエリザはルーシーの言った理由に、驚きと呆れが混じった顔でそう返した。


「まあ、あるにはあるんスけどー……」


 するとルーシーは渋い顔で説明を始めた。


「?」


「船のご飯ってー、堅パンっていうレンガみたいなビスケットとかー、岩みたいな塩漬けのお肉とかーハッキリ言って超不味いんでー、今のうちにまともな食料を調達しておかないとー、自分は兎も角ー、温室育ちのエリザ様は発狂するか飢え死するッス」


「え?……そんなに酷いの?」


 エリザはビックリして思わず聞き返した。


「はいッス……まあ、語り出したらキリがないのでー、それは船に乗ってからのお楽しみってことでー」


「別にいいわよ……で、どんな船なの?前にお父様と乗った『ヴィクトリア号』みたいな感じかしら?ふふ」


 久しぶりの船旅ということで、エリザは目をキラキラさせた。


 因みに、ヴィクトリア号はルビオン最大の軍艦である。


「あのーエリザ様?自分達は一応逃亡中なんスからー、一番大きな軍艦を用意できる訳ないッスよー」


 しかし、ルーシーは直ぐにその幻想をぶち壊した。


「そ、そうなの?」


「そうッス!でー、今回自分達が乗るのはー、中型の商船に偽装したウチ(情報部)の船でー、目印に舷側に『黄色』の布を垂らしているヤツッス!」


「ふーん、『緋色(ひいろ)』の布ね」


 と、ここでドジっ子属性と不幸体質の所為か、エリザは色を聞き間違えてしまった。


 まあ、ルーシーと一緒に行くのだから本来は問題ない筈なのだが。


「はいッス!で、自分は今からノアマスの市場で色々調達してくるッスからー、エリザ様は絶対そこのティールームかー、この周辺から動かないで下さいッスよ?ただでさえエリザ様はドジっ子な上、不幸体質なんスから……」


「失礼ね!そんなことないわよ!この辺りに居ればいいんでしょう?」


 あまりの信用の無さにエリザは憤慨しながらそう言った。


「そうッスー、くれぐれもどっかへ行かないで下さいッスよ?では、しばしばお待ちをー」


 そう言い残すとルーシーは街の喧騒の中へと消えていった。


 一方、エリザは通りの反対側にあるティールームに向おうと足を踏み出したのだが……。


「あら、アレは何かしら?」


 偶然近くを通りかかった荷馬車に山積みにされた荒巻シャケが目に入った。


「干からびたお魚さんが沢山いるわ!なんだか不思議とアレ、欲しくなるわね…… ん?あちらに並んでいる品は何かしら?」


 そして、今度は近くの露店に並んでいる品に目がいった。


「あら、あちらにも珍しいものが……」


 と、見るもの見るもの全てにエリザは目移りしてしまう。


 まあ、退屈な王宮暮らしのエリザは目に映るもの全てが物珍しく、興味深々になってしまうのは仕方のないことではあるのだが。


「あ!アレも見てみたいわね!……あ、でもルーシーが……」


 と、ここで彼女はルーシーの動くな!というセリフを思い出した……のだが。


「……この周辺ぐらいなら少しぐらい動き回っても大丈夫ですわよね!」


 と、全然大丈夫では無さそうなセリフは吐くと、悪役令嬢は本格的に探検を開始したのだった。


 ………………。


 …………。


 ……。


 それから一時間程経過したところで。


「……まずいですわ、迷ってしまいました……」


 そう、エリザは迷子になっていた。


 案の定、彼女はフラフラと色々なものを見ているうちに、いつの間にか指定の場所を大きく離れてしまっていたのだ。


「どうしましょう……このままではルーシーに大目玉を食らってしまいますわ!……ん?あら、アレは?」


 と、エリザが頭を抱えたその時、彼女は偶然視界に映った余計なものに気付いてしまう。


「あ!あのお船!もしかして……確か目印は『緋色』の布だったわね!ふっふっふ、ツイてますわ!これでアタクシだってやれば出来ることを証明できますし、加えてあのジャージー牛に世間知らずとか、温室育ちとかバカにされずに済みますわ!」


 と、喜ぶエリザの視線の先には『緋色(ひいろ)』の布を垂らした船が係留されていた。


「さあ、参りましょう♪」


 そして、エリザは鼻歌混じりに、その緋色の布を垂らした『人買い商人の密貿易船』に近づいて行ったのだった。




 因みに同時刻、本来のエリザの待機場所付近では、ちょうどルーシーがパンパンに膨らんだ巨大なリュックを背負いながら現れたところだった。


 更に言うと、その手に五人前のフィッシュ&チップスを抱えている。


「ふう……買い物は直ぐに終わったッスけどー、ついでに寄ったフィッシュ&チップスのお店が予想外に混んでて時間が掛かってしまったッスー……ああ、厨二様退屈して怒ってるッスかねー……まあ、これ一つ分けてあげれば大丈夫ッスよね!」


 と、彼女は呑気なことを言いながら戻ってきたのだが不思議なことに、そこには誰もいなかった。


「って、あれれー?いないッスねー……エリザ様ー?」

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