第169話「ツンデレラ、海に出る」
「ピンチですわ……」
その時、エリザは密貿易船の鉄格子の付いた窓から、大海原を眺めて呟いた。
そして、
「このままでは……ルーシーに怒られてしまうわ!」
そんな緊張感のないセリフを続けた。
と、一見呑気に見える彼女ではあるのだが、実は本当に現在進行形でピンチだったりする。
具体的に説明すると、エリザは現在ルビオンの人買い商人に捕まって……いや、自ら捕まりに行って密貿易船に乗せられているところだ。
幸い売り物ということで、今のところ危害は加えられていない。
だが、間もなくランスからやって来る別の人買い商人に売り飛ばされることになっているのだ。
と、そんな感じで地味にピンチな我らがツンデレラなのだが……さて、では一体何故こんなことになっているのかというと……。
時を少し遡り、エリザが迷子になって偶然『緋色』の布を垂らした船を見つけたところから。
エリザは、アタクシだってやれば出来る子なのよ!と鼻歌混じりにその船に近づくと、
「もし、そこの貴方」
近くにいたその船の関係者と思しき柄の悪い男に対して、なんの危機感も持たずに声を掛けた。
「あん?俺になんか用か、嬢ちゃん?」
すると、男はめんどくさそうにそう答えた。
だが、エリザは空気を読まずに話始める。
「ええ、勿論ですわ!ルーシーから話は聞いているでしょう?実は少し予定が変わって先に一人で来たんですの」
「は?ルーシー?お前、何訳の分かんねえこと言ってんだ?」
「なっ!アタクシに向かってお前ですって!?無礼な!いいから早く船に乗せなさい!」
予想外の雑な扱いをされたエリザは憤慨した。
「たく、なんなんだよこのガキは……」
と、そんな彼女に男が頭を抱えていると、
「おい、どうした?」
趣味の悪い無駄に高そうな服を着た恰幅のいい男が、船から降りてきてそう言った。
「あっ!親分!いや、この女が訳のわからんことを言うんで困ってるんですよ」
そして、聞かれた最初の柄の悪い男が説明すると、
「ほう?……見たところ貴族の令嬢のようだが……厚化粧だが見た目は悪くないし、身体の方も中々だな……よし、行きがけの駄賃だ」
親分と呼ばれた男はエリザを品定めするように眺めると、何やらブツブツと呟き、一瞬だけニヤリと嫌らしく笑った。
だが、その直後には打って変わって愛想よく人の良さそうな笑顔を浮かべて言った。
「あの、お嬢様」
「はい?」
「大変申し訳ないのですが、実はまだこちらには何の連中も来ておりません。直ぐに先方に確認を取りますので、宜しければ中でお待ち下さい」
そして、男はそう言って頭を下げた。
「そう。では、そうさせて頂くわ」
「はい、ではどうぞ中へ。直ぐにお茶のご用意を致します……おい、お嬢様を『特別室』にご安心して差し上げろ」
「へい!」
そして、エリザはそのまま『特別』な鉄格子の付いた部屋に案内され、そのまま監禁されてしまったのだった。
その後、船は何事もないかのようにノアマスの港を出航し、順調に航海を続け、半日後にはランスとルビオンの中間ぐらいにある無人島の辺りまで来ていた。
「よし、ここらでいいだろう。船を止めろ!」
「へい!」
そして、親分と呼ばれる男はそう言って船を止めさせた。
それから男は周囲の海を見渡してから、
「ふむ、ランスの奴らはまだ来てねえみたいだな」
そう呟いた。
そう、実はこの人買い商人はこの海域でランス側の仲間と落ち合う予定なのだ。
「連中、予定外の上玉(エリザ)を見て驚くだろうな、くくく」
それから暫くすると水平線の向こうから一隻の似たような形の船が現れ、エリザ達が乗っている密貿易船の方へと向かってきたのだった。
と、現在エリザが置かれている状況はざっとこんな感じである。
そして、話は冒頭へと戻る。
「……さて、一体どうしましょう……ん?というか、もしかして、このまま助けが来ないで何処かへ売りと飛ばされたら大変ではありませんの!?」
と、ここで漸く温室育ちのツンデレラは、状況が芳しくないことに気付いた。
「さてさて、本当にこれからどうしましょうか?この部屋には何もありませんし、窓は小さく鉄格子付きで脱出は不可能ですし……しかも外は海で、大分沖合のようですから泳いで逃げるのも無理そうですし……はぁ、困りましたわ」
そして、エリザが今更鉄格子の中で悩み始めた、その時。
ドーン!という轟音が響き、直後に窓から水柱が上がるのが見えた。
「きゃっ!」
突然の砲撃に驚き、エリザは尻餅をついた。
「もう!一体何事ですの!?」
一方、エリザが特別室で尻餅をついている頃、甲板上では大騒ぎになり、怒号が飛び交っていた。
「おい!あの船はなんだ!いきなり撃ってきやがって!」
「多分、島陰にいたんです……ん?あれは……やべぇ!軍艦だ!しかもあの旗は……ランスの船だ!どうします親分!?」
「どうもこうもねえ!ランス側に捕まったら厄介だ!逃げるぞ!」
そして、親分と呼ばれる男は手下の報告を聞き、直ぐに逃走することにしたのだが……。
更に同じ頃、今まさに密貿易船の鼻先に大砲を撃ち込んだその軍艦、ランス海軍所属の中型の木造帆船『テメレール』号では……。
「レオ姐さん!連中に止まる気配はありません!どうします?もう一発鼻先にお見舞いしますか!?」
その時、『テメレール』号のクォーターデッキ(木造帆船後部の一段高くなっている場所)で密貿易船を睨んでいたベテランの下士官が叫んだ。
すると、問われたその人物はニヤリと獰猛に笑い、
「あん?決まってんだろ、止まらねえなら止めるんだよ!あとアタシのことは艦長と呼びな!」
そう叫び返した。
「了解です!レオ姐さん!」
それを見たベテラン下士官は、ニヤリと笑い敬礼した。
「たく、この野郎……ふん」
普通ならこんな態度の水兵は間違いなく懲罰ものだが、その若い女性の艦長は、その水兵を咎めたりはしない。
何故なら、自分が駆け出しの士官候補生だった頃から十年以上の付き合いであるこの水兵を始め、乗組員は皆家族のようなもので、強い信頼関係があるからだ。
そして、彼女は次に副長の方を向き、
「さて、やるぞ副長!左舷砲列(進行方向に対して船の左側に並んだ大砲)、全門装填!弾種は全部チェーンショットだ!」
と、鋭く命じた。
「左舷砲列、全てチェーンショット、了解です!連中が絶望する顔が目に浮かぶようですね!」
年配の副長はそれに楽しそうに応じた。
因みに『チェーンショット』とは、鉄球二つを鎖で繋いだもので、主に敵船のマストや帆、ロープ等を破壊する為に用いる弾種である。
そんな副長の言葉に艦長は、
「ああ、そうだな。あ!あと絶対に船体には当てるなよ?捕まった連中がいる筈だからな。それにお前らも、万が一美人の奴隷とか間違って死なせちまったら嫌だろ?」
と、ニヤリと笑ってそう言った。
しかし副長はそれに対して、
「わかってますよ。でも、ウチの連中は極上の美人を毎日嫌と言うほど見てますから、並の美人なんてどうでもいいと思いますよ?まあ、ウチの美人は少々口が悪いですがね」
と、更なる冗談で美しい艦長に言葉を返した。
すると、その直後。
スーパーモデルを真っ黒に日焼けさせたような見た目のその艦長は、整った美しい顔を怒りで歪め、
「うるせえ!無駄口叩いてねえで、さっさと働け!このノロマども!」
と、大声で部下達を怒鳴り付けたのだった。
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