第167話「ツンデレラ、旅立つ」

 これは無実の罪で追放を宣告されたエリザが白豚こと兄リチャードに反抗し、反逆罪で牢へ入ることになり、慌てる衛兵達を引き連れ自ら地下牢へと入った日の夜こと。


 彼女が牢内に設置されたソファにゆったりと座りながら、燭台の灯で読書に勤しんでいるところから。




「……ふふ、この本中々面白いわね」


 その時、エリザは独り言を呟きながら、夜中の読書に勤しんでいた。


 すると、


「エリザ様ー、ご無事ッスかー?」


 カンテラを持ったメイドのルーシーが音もなく現れ、鉄格子の外からエリザに話しかけた。


 だが、エリザは不思議そうな顔で首を傾げた後、


「あら?こんなところにジャージー牛の亡霊が出たわね。はっ!まさかこの牢は昔、牛舎で憐れにもステーキにされてしまった牛の怨念が……」


 わざとらしく驚きながら言った。


「ちょっとー!そんな訳あるかッス!」


 すると当然、その牛の幽霊?はキレ気味に叫んだ。


「ん?ああ、よく見ればルーシーじゃない、どうしたの?」


 そして、エリザはそれを見てクスクス笑った後、更にからかうようにルーシーに問うた。


「えー、どうしてって……一応助けに来たんスけど……」


 登場してから、いじられっぱなしのルーシーは顔を引き攣らせながら答えた。


「そう。でも少し待ちなさい。さっき牢番の方に借りたこの本、パンにゃんだ著『シャケと猛獣達に悪役令嬢を添えて』が良いところなのよ」


 しかし、エリザはまだそんなことを言ってふざけている。


「えー……何スかー、その意味不明なタイトルはー……じゃなくてー!エリザ様ー!」


 と、ここで再びルーシーがキレ始めてしまい、


「はいはい、冗談よ。では、まずは現状を教えてちょうだい。あ、扉の鍵は掛かっていないから、まずは中へお入りなさい。あ、良かったらお茶飲む?」


 エリザは苦笑しながら真面目な話を始めるのかと思いきや、またまた意味不明なことを言い出した。


「はいッスー、ではお言葉に甘えて……って、ええ!?鍵が開いててお茶もあるとか、なんスかそれ!?」


 あまりに自然な流れだったので一瞬それに乗ってしまったルーシーだったが、すぐに色々おかしいことに気付いてツッコんだ。


「え?何って、初めに牢番の方が『牢の鍵は開いておりますから、外出はご自由にどうぞ』って……」


 だが、エリザはキョトンとしながらそう答えた。


「は?」


「あと『何かございましたら、何なりとお申し付け下さいませ』っていうから、お茶と本をお願いしたの。そしたらついでに絨毯とベッドとソファとローボードに綺麗なお花まで用意してくれたの!アタクシ牢番さんのお仕事って知らなかったのだけど、きっとコンシェルジュのようなものなのね!」


 そして、それを聞かされたルーシーは……。


「へー……全く意味がわかんないッス……あと、牢番の仕事はコンシェルジュでは絶対ないッス……」


 心底微妙な顔をしていた。


「そうなの?まあ、いいじゃない!それより現状の説明は?」


 だが、エリザは気にせず本題に入るよう促した。


「エリザ様ってー、皆んなに愛され過ぎッスよー……え?あ、はいッス!えーと、自分が集めた情報だとー、まずエドワード陛下達がデボンプール城に軟禁されてるのは本当ッス。あと、今のところ危害は加えられてないッスー」


 すると、ルーシーはいつものダルそうな顔に戻って話し出した。


「そう、お父様は無事なのね、良かった……」


 それを聞いたエリザは胸を撫で下ろし、安堵の笑みを浮かべた。


 実はエリザ、顔や態度には出していなかったが、白豚が国王に何かしていないか娘として結構不安だったのだ。


 と、ここで更にルーシーが補足する。


「多分、完全に国を掌握してから正式にみんなの前で陛下を退位させてからー、リチャード様は堂々と国王に即位するんだと思うッス」


「なるほど……それなら正規の手続きで国王になれるし、お父様を殺さない方が後々スムーズに事が運ぶわね」


「それでー国内の情勢はー、作物の不作や不景気、最近問題の出どころ不明の白い薬がランスからかもってことで皆んな、かなり不満が溜まってる感じッスー。更に平民から貴族まで強硬派を支持する声が大きいッスー。あと実はウチの情報部内でも意見が割れてまして……」


 そして、ルーシーがあまり良くない事実を告げた。


「……まずいわね」


「はい、まずいッス」


 と、美少女二人で渋い顔をしたところで、エリザがあることに気付いた。


「ん?でもちょっと待って。そもそも白豚はランスと戦ってどうするつもりなのかしら?確かに海上では我がルビオン艦隊の方が強いでしょうけど、単純な国力ではランスのが遥かに上よ?」


 そう、実はランスとルビオンでは単純な人口の比較でも三倍程違うのだ。


 そして、その疑問を口にしたエリザだったが、


「あー、申し訳なッスー、その辺りはまだ詳細が掴めてないッス」


 ルーシーは申し訳なさそうに答えた。


「そう、まあ、仕方ないわよね」


 と、エリザが呟いたところでルーシーが大事なことを思いだして言った。


「あ!でもー、ある意外な人物からのリークではー、作戦の一部にエリザ様を使う予定らしいッス!」


「アタクシを使う?どう言う意味?」


 それを聞いたエリザは怪訝な顔になって聞き返した。


「さあー、そこまではー……まあ、兎に角エリザ様の身が危ないのは間違いないッスー。んで、その意外過ぎる人から早くエリザ様を連れ出して欲しいって言われたんでー、忙しいのに仕方なく来たんすよー」


 すると、ルーシーはいつもダルな顔でそう言った。


「そう言うことね……って仕方なく?」


「だってー、エリザ様人使いが荒いしー、毎朝のセットが面倒いですしー、結構その厨二キャラ設定の所為でうるさいですしー、自分的にはもう二、三日牢にぶち込んでおけばいいと思ってたんッスよー……ひぃ!?」


 そして、彼女は非常に不敬な本音をカミングアウトした。


「ルーシー、貴方ね……後で覚えてなさいよ?……あと、その意外な人物って誰よ?」


 するとエリザは額に青筋を浮かべ、ふざけたジャージー牛を威圧しながら謎の人物について問うた。


「すみませんッス、えーとー、それは秘密ッスー」


「まあ、そうよね……で、今からどうするの?」


 意外にもエリザはその答えで納得し、今後の予定について尋ねた。


「はいッス、取り敢えずここを出たらー、まずは馬車で港へ行くッス」


「港へ?」


「そうッス、船で植民地かー、最悪他国へ亡命ッスー」


 そして、ルーシーがそこまで説明すると、


「そんな!アタクシ、こんな時に民を置いて逃げるなんて出来ない!」


 善良なエリザは、悲痛な顔で心からそう言った。


 しかし、


「はいはい、そう言うのあとでいいッスから行くッスよー」


 エリザの身を守ることが最優先の任務である情報部員ルーシーは、敢えてその叫びを無視して彼女を手を掴んだ。


「え!?あ、ちょっと!ルーシー!待って!」


「……行くッスよ」


 実はもうあまり時間がないのでルーシーはそのままエリザを強引に連れ出した。


 そして階段を上がり、地上に出たところで……。


「んー?あ、やっぱりッスかー」


 ルーシーは何故か納得し、


「え!?」


 エリザは予想外の光景に目を見開いた。


「皆さん!?どうして……」


 そこには何と深夜にも関わらず、牢番、衛兵、メイド等の臣下の者達や、彼女が目を掛けたり、助けたりした貴族の令嬢達など多くの人々が並んでいた。


「エリザベス様、皆殿下の御身が心配なのでございます。どうか、安全な場所へお移り下さいませ」


「お願いでございます!エリザ様!」


「エリザベス様……どうか生きて下さいませ!」


 そして彼らは口々にエリザへの感謝と、生き延びて欲しいという願いを口にした。


「え?……そんな、アタクシ……」


 優しいエリザはそんな彼らの気持ちが嬉しくもあり、だが受け入れ難くもあった。


 しかし、そこでハンサムな初老の侍従長が柔和な笑み浮かべながら進み出て、


「エリザベス殿下、貴方様は十分ルビオンの為に尽くされました。どうぞ、気兼ねなくお発ち下さいませ」


 一同を代表して彼女の背中を押した。


 すると、エリザは頬を滴る美しい涙を手で拭い、無理矢理笑顔を浮かべ、


「皆さん……今までありがとうございました。どうかお元気で……ご機嫌よう」


 優雅にカーテシーをすると、ルーシーに導かれ、バックィーン宮殿を去って行ったのだった。


 そして、裏手から建物を出たところでルーシーはエリザに聞こえない小さな声で呟いた。


「流石はエリザ様ー、こういう時に日頃の行いが出るッスよねー」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る