第166話「ツンデレラ、断罪される②」

 そして話は冒頭へと戻り、我らが心優しきツンデレラが、彼女を迎えに来た名も無き腹黒ビッチを生かし、大人しく広間に移動して断罪劇という名の醜い口論を始めたところから。




「なっ!?誰が厚化粧の厨二病ですか!寝惚けたことを言っていると炙り豚トロにしますわよ!……コホン、アタクシは事実を述べただけですのよ?それに、そもそもアタクシが何をしたと言うのです兄上?」


 エリザは一瞬、『厚化粧の厨二病』というワードに反応してキレてしまったが、直ぐに冷静になって追放される理由について炙り豚トロに問うた。


 すると、問われた炙りリチャードは、すぐ横でぶりっ子しているアネット似の愛人を抱き寄せながら叫んだ。


「ええい、黙れこの悪女め!そんなことも分からないのか?あと二度と僕を兄と呼ぶな!貴様は既にただの平民なのだからな!キリッ!」


「キャ〜!リチャード様カッコいいです〜」


 すると、すかさず愛人の少女がリチャードの好感度を上げる為にヨイショした。


 エリザはそんな彼らに広間の中央で腕組みしながら冷ややか視線を向けていた。


 そして、


「全く訳がわかりませんわ。説明もなくアタクシを連れてきておきながら、これは一体どういうことですの?白豚上」


 無駄だと分かってはいたが、エリザベスは一応食い下がる。


「コラッ!僕を白豚と呼ぶな!」


「え?兄上と呼ぶなと言ったのは白豚上の方でしょう?」


 皮肉っぽい笑みを浮かべながらエリザがそう言った。


「くっ……と、兎に角、白豚も……いや、豚は禁止だ!」


「はいはい……で、早く理由を知りたいのですけど?脂身さん?」


「ぐぬぬ……それも禁止だ!ふざけやがって……だが、話が進まないし、ここは我慢だ……ふぅ……と、兎に角、どうもこうない!全てはお前の自業自得だ!」


 散々バカにされた脂身リチャードは、話が進まないので何とか屈辱に耐えて一旦キレるのを我慢し、そう叫んだ。


 するとエリザは人差し指を唇にあてながら、わざとらしく首を傾げて見せた。


「うーん、アタクシには全く覚えがありませんわね」


 そして惚けた感じの笑みでそう告げた。


 当然リチャードは怒るかと思われたが逆にニヤリと笑った後、エリザに追求を始めた。


「わからないとは言わせないぞ!お前は父上が何も言わないのをいいことに、悪行の限りを尽くしたではないか!」


「はて、悪行とは?」


 エリザは余裕の表情のまま聞き返した。


 それを見たリチャードは鼻を鳴らし、彼女の悪行を並べ立てた。


「ふん!エリザベス、貴様……まずお前は王女としての自覚が足りない。ロクに公務や勉強もせず遊んでばかりいるな?」


 エリザはその見た目に反して大変真面目で優秀なので、基礎科目から芸術、護身術に至るまで殆どの教育が終わっており、実は割と暇である。


 また最低限必要な公務はきちんとこなしている。


「ほう?」


「そして高価な宝石や離宮を強請ったり、豪華な茶会を頻繁に開いて贅の限りを尽くして国費を浪費したな」


 それらはルーシーが以前説明した通りだし、エリザは必要が無ければ自分に割り当てられた王室費を超えて何かをしたことは殆どない。


「ふむ」


「更に使用人達に対しては、当人に非がなくてもその時の気分で理由もなく突然解雇したり、罰を与えたりしたな」


 エリザはツンデレラなので理由を言わないことが多いが、彼女の行動には必ず合理的な理由が存在する。


「……」


 と、ここでエリザは相槌が面倒になり、無言になった。


 逆にそれを彼女が事実を突きつけられて困っていると勘違いしたリチャードは、更にドヤ顔で捲し立てる。


「また、社交会で気に食わない相手は王女という立場を利用し、後で呼び出して無理矢理配下にするか、酷い目に遭わして潰してきただろう?」


 貴族の我儘娘達を躾けたら、懐かれてしまっただけである。


「……」


「しかも、今回はよりによって私の婚約者である男爵令嬢アンに対して散々嫌がらせをした挙句、無頼の者を使い彼女を亡き者にしようとしたな?当然、証拠もある。どうだ?観念する気になったか?んん?」


 そして、リチャードはこれでトドメだとばかりに嫌らしい笑みを浮かべながら、そう締めくくった。


 因みにこれだけは半分事実である。


 エリザは無能な脂身にすり寄ってきた、明らかに玉の輿狙いのアバズレビッチを厳しく教育し、ものになれば愛人として認め、ダメなら排除しようとしたのである。


 勿論、優しいエリザが、たとえ相手がどんな人間であっても命を奪うことを考えるなどあり得ない。


 それで、断罪された当のエリザは……。


「はい、それがなにか?」


 わざとらしくキョトンとながらそう答えた。


「は?」


 予想外の反応にリチャードは一瞬ポカンとしてしまった。


 すると、今度はエリザの方から話始めた。


「アタクシは与えられた環境の中で好きに生きてきただけなのですが、それが何か問題でもありまして?それに……」


「そ、それに?」


「女は少しぐらい我儘な方が可愛いのよ」


 エリザは妖艶な笑みを浮かべながら、キメ顔で言い放った。


「ぐぬぬ……」


「ああ、そうそう。いちいち脂身如きに弁明するなど時間の無駄ですので省きますが、一つだけ言わせて貰います」


「何?」


「そこにいる卑しい女は貴方に、そして我がスチューダー王家に相応しくないと判断しましたので、王宮から消えて貰おうと思っただけですの。それが何か?」


 そして、エリザは当然とばかりにそういった。


「何!?」


「ふえ〜ん、あの厚化粧の人怖いよ〜リチャード様〜助けて〜」


 リチャードは怒りで顔を歪ませ、アンはあざとく怖がって見せた。


「よしよし、僕の可愛いアン。大丈夫、僕がついてるから、あの厚化粧には君に指一本触らせないから安心して?」


「ありがとうございます〜、リチャード様〜、大好き〜」


「ぐふふ……僕も大好きだよ、アン」


 という、目の前の気持ち悪い茶番を見てつけられたエリザは、


「全く、下らない」


 そう吐き捨てた。


 言われたリチャードは激昂し、彼女を睨みつけた。


「何だと?この悪女め!全く、お前と言う奴は……もういい!改めて言うぞ!平民エリザベス、只今を持ってお前を追放し、同時に身分、財産の全てを剥奪する!以上だ!」


 そして、大声でそう告げた。


 一方、エリザは冷めた顔のまま、


「ふん、何を血迷ったか知りませんが、ただの脂身である貴方にそんな権限はなくってよ?そもそもお父様がそんなことを絶対にお許しになる筈が……」


 そのように臆した様子もなく言い返したのだが、しかし。


 リチャードはここでニヤリと嫌らしく笑い、驚愕の事実を告げる。


「くくく、バカめ!父上は拘束した。現在、父上は老公爵達と一緒にデボンプール城で軟禁している。勿論、表向きには病によって公務が出来ない状態ということになっているがな。だから当然、皇太子である僕が政務の全てを代行するのさ」


 これには流石のエリザも目を見開いた。


「何ですって!お父様やおじさま達を軟禁した!?何と愚かなことを!兄上、まだ間に合います、直ぐにお父様達を解放なさい」


 そして、すぐさま忠告するが、


「はっ!誰が折角手に入れた権力を手放すんだよ!そもそも既に王族ではない卑しい平民の貴様には関係のないことだ……わかったら立ち去れ!」


 当然リチャードは聞く耳持たず、それどころかエリザにさっさと出て行くように促した。


「ふん、誰が貴方の言うことなど聞くものですか!アタクシはデボンプール城のお父様達のところへ……」


 そして、エリザがその言葉を鼻で笑ってから、そう言いかけたところでリチャードは更なる暴挙に出た。


「衛兵!この女を王宮から摘み出せ!……いや、私に逆らったのだ!反逆罪で牢へぶち込んでおけ!」


「「はっ!」」


 リチャードがそう命じると、すぐさま彼直属の衛兵二人がエリザを拘束しよう近づいた……が、しかし!


「アタクシに触るな!無礼者!」


 ドカッ!


「「ぐわっ!」」


 直後、エリザが若干サービスしながら放った鋭い回し蹴りが炸裂し、衛兵達が吹き飛んだ。


「なっ!」


 更に、目の前の信じられない光景に驚愕してフリーズしているリチャードに向かってエリザは言った。


「ふん、アタクシの身体に触れていいのは、心に決めたあの方だけですの」


 そして焦ったリチャードが、


「なんだと!?ええい!何をしている!全員で取り押さえ……」


 ろ!と彼が言い終わる前に、


「不要ですわ!牢に入れというならば、自らの足で入りますのでエスコートは不要ですわ。では、ご機嫌よう」


 と、エリザは一方的にいい放つと優雅に歩いて退室し、少し遅れて固まっていた衛兵達が慌ててそれを追いかけて行った。


 そして、微妙な空気の広間にはリチャードと強硬派の貴族達だけが残された。


「ふぅ……全く、我が妹ながら最後の最後まで往生際の悪い女だった……だがこれで邪魔者は片付いたな。さて……」


 そこで我に帰ったリチャードはそう呟いた後、今度は会場全体に向かって、 芝居掛かった様子で言った。


「では皆の者!手筈通り、ランス侵攻作戦の準備を始めるのだ!今こそ、このイヨロピア大陸にルビオンありと示すのだ!」


「「「おう!」」」


 そして、威勢よくそれに応えた配下達を見たリチャードは満足げに頷き、


「うむ、士気は高いし、新体制の滑り出しは順調だな。さて、では散々僕をバカにしてくれたあの女には最期ぐらい役に立って貰おうかな、ぐふふ」


 そう呟いたのだった。




 と、そんな感じでルビオン王国でシリアスさのカケラもない悪役令嬢追放劇が上演されている頃、海峡を挟んだ対岸では……。


「さて、今日のランチは何がいいかな?肉、魚……うーん、迷うな。あ!あと今日こそ普通の定食だといいな……」


 などと、石畳を歩きながら呑気に呟いている我らがシャケが、残り少ないモラトリアムを享受していたのだった。

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