第161話「その頃、猛獣達は?④」
憐れなピエール達が、嫉妬と寂しさから来るストレスで爆発した怒れる雌ライオンの犠牲になった翌日。
再びレオニー専用のオフィスにて。
現在レオニーは、昨晩いつも以上に沢山シクシク泣いたので割と心が落ち着いていた。
冷静になった彼女は昨日のピエール達の報告を踏まえ、またそこにかなりの私情を挟んだ結果、可及的速やかにマクシミリアンの警備強化が必要だと判断した。
そして、具体的な対策を指示する為に、シャケの警備担当責任者を部屋に呼び出していた。
「……と、ピエール達から報告があったのですが……全く、彼らには失望しました」
レオニーは机の上で両手を顔の前で組んだ、いわゆるゲ○ドウポーズの状態で、重苦しくそう言った。
「はい」
一方、彼女の机の前に立っているシャケ担当責任者の情報局員もその言葉に同意し、神妙に頷いた。
「なので私は殿下への忠誠心が足りないあの連中だけでは護衛が不十分と考え、警備を強化する必要があると判断しました」
「なるほど……それではレオニー様のお考えをお伺いしたいのですが」
部下に促されたレオニーは、自らの考えを説明し始める。
「はい、勿論です。まず陛下の許しを得た後、私が早急に近衛と憲兵、それに街の自警団に協力を要請して警備を強化し、街全体のセキュリティレベルを引き上げます」
「はい」
「それについて陛下は勿論、近衛と憲兵の連中も殿下の為ならば喜んで協力する筈ですから、私が煩わしい政治的な駆け引きをする必要はないでしょう。なので後の細かい現場レベルの調整は貴方に任せます」
「はい、全力を尽くします」
担当者はそれに真剣な顔で頷いた。
「次に……殿下の身辺を警護しているウチの人員の配置を一度見直します。確認の為、一度現在の警備状況の説明を」
続いて、レオニーが具体的な人員の配置状況の説明を求めた。
「はい、現在マクシミリアン殿下のお住まい周辺のエリアは、シャルル陛下のご意向で、全て我が情報局傘下の商会を介して買収し、情報局員が監視の為に詰めているか、空き家となっております」
「それで?」
「はい、具体的な人員の配置は……」
そして、その情報局員はしかつめらしい顔でレオニーに具体的な人員の配置場所やシフト等の監視体制の説明をした。
「……と、なっております。なお、いざという時は憲兵隊の応援も受けられるように調整済みでございます。現状の監視体制に関しての説明は以上です」
そして、担当者が話を締め括ると、
「……ですが、それでは不十分だった、訳ですね」
レオニーは、そう言葉を付け足した。
「はい、レオニー様の仰る通り、その体制では不十分でした。ご存知の通り、既に何度か殿下がご不快な思いをされてしまうという重大な事案が発生してしまったことから、早急に体制を改善しなければなりません」
「その通りです」
レオニーは深く頷いた。
「今後の体制につきましては対策として、殿下が生活されるエリア全体に情報局の臨時の拠点を増設し、今以上に局員が様々な職業の街の住人に擬装して巡回し、ゴロツキ、怪しい呼び込み、物乞い等を見つけ次第徹底的に排除します。また、同時に今申し上げたような連中を根本から断つ必要があると考えます」
「根本から?具体的には?」
「はい、ゴロツキの溜まり場となっているような安酒場、非合法な賭場、呼び込みを行なっている付近の娼館、物乞いや犯罪者がたむろしている危険な裏路地などを、全て潰すのです」
と、担当者はかなり強行な案を提示した。
流石はレオニーの部下である。
だが、この明らかにやり過ぎな案を聞いたレオニーはゲ○ドウポーズのまま、不満げな顔をしていた。
「ふむ、なるほど……しかし、それでは足りません。まだ危険があります」
そして、そう告げた。
「と、いいますと?」
担当者は目の前の『仕事が出来るクールビューティーな上司』だと信じている物体にそう言われ、自らの案に見落としや甘さがあったのかと慌てた。
だが、次の瞬間、そんな出来る女上司(笑)の口からは、
「女です!」
と、意外過ぎる単語が飛び出した。
「……は?え?お、『女』でございますか?具体的にどの女性で……」
が、レオニーをまだ有能な信頼できる上司だと信じている部下は、戸惑いながらも、そう聞くが……。
「あの世界一美しい殿下が変装ぐらいでその魅力を隠すのは難しいのです!その証拠に私は黒髪眼鏡ルックの殿下にもメロメロで……コホン、いや、何でもありません。兎に角、あの魅力的過ぎる殿下がどこかの桃色ビッチのような若い街娘や、その他の適齢期の女共に騙されてしまう可能性があります!なので、速やかに対象エリアから女共を排除する必要があるのです!」
と、レオニーは拳を握りしめ、下らない内容を部下に熱く語った。
「は、はぁ……」
これには流石の部下も、困惑している。
だが、レオニーの話は止まらない。
「いや!それではまだ足りません!人妻や幼女、男の娘等も殿下を誑かそうとする可能性は十分に考えられます……うむ、ここはやはり、殿下を惑わす存在はすべて排除すべきですね……」
「あ、あの……レ、レオニー様!?」
と、レオニーが一人で盛り上がり、それを見ていた部下がドン引きしていると、その時。
「失礼致します」
そこで最近増えた若い女性の事務官がおずおずと部屋に入ってきたが、
「あ!申し訳ございません!お取込み中でしたか、出直します」
レオニーが熱弁を奮っている姿を見て出直そうとした。
「……ということで、当該エリアにいる雌はすべて排除……ん?どうしました?」
と、ここでレオニーは彼女に気づいて声を掛けた。
「は、はい、レオニー様。実は官舎の件で……」
すると、部屋の空気的に何となく気まずそうな感じで事務官はそう言った。
「官舎?」
それを聞いたレオニーは怪訝な顔をした。
「はい、現在レオニー様は上級公務員で、しかもシュバリエでいらっしゃいます。ですので、指定の官舎にお住み頂く必要がありまして……と言ってもまだ専用の建物はありませんから、暫くは一般の物件を借り上げる形になりますが……」
そして、事務官は事情を説明した。
「え?私は別に今のままでも……」
だが、レオニーは自宅など寝るだけの場所程度に思っているので、固辞しようとした。
しかし。
「それでは困ります!組織の幹部たる者、これは必要なことなのです。下の者にも示しがつきませんし」
生真面目な若い事務官はそう言った。
「そうなのですか?……しかし、住む場所など、私は屋根さえあればどこでも……正直、この殿下の椅子と机に包まれている時間が一番安らぎますし……ん?」
と、少し困ったようにそう言ったレオニーだったが、ここで何かを思い付いた。
「住む場所?…………そうだ!住む場所!事務官!」
次の瞬間、レオニーは妙案を思い付き、顔を明るくしながらそう叫んだ。
「は、はい!」
事務官は突然テンションが爆上がりした上司に困惑した。
「官舎として借り上げる物件に条件はありますか?」
そして、レオニーは彼女にそう確認した。
「ええ、まあ……予算内で、宮殿から近ければ問題はないかと……」
「だったら私は……マクシミリアン殿下のお住まいの横にします!」
「「!?」」
これには事務官に加え、横にいたシャケ担当の情報局員もビックリだ。
「ええ!?しかし、レオニー様、それでは陛下や宰相閣下とのお約束に反するのでは!?」
そして、シャケ担当は慌ててそう言うが……。
「何を言っているのですか?禁止されているのはあくまで『私が仕事を完了する前に殿下に会いに行くこと』であり、横に住むことを禁止されている訳ではありません。そして、家を出た瞬間偶然顔を合わせてしまうのも、家の窓から偶然隣の家の中が見えてしまうことも全て仕方のないこと、不可抗力なのです!」
と、レオニーは拳を握りしめたまま、ドヤ顔でそう言い切ったのだった。
「「は、はぁ、左様で……(え?この人何言っちゃってるの?)」」
当然だが、そんな残念な姿を見せつけられた部下二人はドン引きすると同時に、最早かつての出来る上司は存在せず、シャケに魂を売った残念な物体があるだけなのだと悟った。
「つまり、偶然横に住んでいるだけならば何も問題はないのです!……ふふふ、これで毎日殿下のご尊顔を好きなだけ……うふふ」
だが、残念美人に成り下がったレオニーは部下達の視線には気付かず、そのまま妄想に耽りながら陶然としている。
「「……(この人、色々もうダメだ……)」」
そして、部下二人は残念な上司について、心をシンクロさせたのだった。
この後、ルンルン気分でこの件を進めようとしたレオニーは、早々にこの企みがおっさん達にバレて却下され、引き続きシャケの机を涙で濡らすことになる。
そして、レオニーは翌日から自らマフィア撲滅の指揮をとることになり、八つ当たり気味のそれは苛烈を極めることになった。
なお、このレオニーによるマフィア狩りはあまりに苛烈過ぎて、一部ではノルマに追われて焦った部下達が誤ってマフィンの店まで襲撃しそうになり、謝罪をする事態になったとか、ならなかったとか。
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